異世界へ召喚された女子高生の話-36-
▼ミミング(Mimung)
夜のグレイロック村では、オリバー・ブラックウッドの馬車を囲んで緊迫した状況が続いていた。
「ちょっと待ってくれ、君たちは一体何者だ。私たちは、ただ行商にやって来ただけなんだ。」
オリバーは何とか被害を抑えようと必死に食い下がる。
荷台の中では、フィリップとエリナが中央の簡易ソファの上で様子を伺っている。
ケイリーは後部の出入り口に立っていた。
彼女は何とかしようと、フィリップたちの所へ駆け寄り、
「フィリップさん、エリナさんにお昼に使ったおまじないをかけてあげて。」
と急いで指示を出す。
「ケイリー、何か策があるのかい?」
フィリップは真剣な顔で尋ねる。
「私が囮になります。一番、相手の目を惹けると思うから。」
ケイリーの真剣な顔にエリナは頷くが、フィリップは
「そうだね。でも、その後どうするつもりだい?何のアテもないんじゃ、…ただケイリーを犠牲にするだけなんて納得できないよ。」
と懸念を示す。
「…でも」
とケイリーは何か言うべきことがありそうだったが、何と言ったら良いかが浮かばない。
そうこうしている間に、後部の扉を外から開けようとして、衝撃が走る。
「やめてくれ!」
前からはオリバー親子の悲痛な叫びも聞こえてくる。
(こんなのダメよ!)
ケイリーは意を決して、自ら後部の扉を解放して外に躍り出た。
荷馬車の後方には、3人の革の鎧で身を固めた盗賊がいた。
1人は扉を開けようとしていたので、ケイリーが飛び出した時に地面に倒れて尻をついている。
「何だ、コイツ?!」
フード付きのマントを着込んだ何者かの得体の知れない風体に、盗賊も驚いた。
「こんな事はやめなさい!私たちを解放して!」
澄んだ声が響くが、これにより
「なぁんだ?コイツ、女か?」
倒れていた男も立ち上がり、ケイリーに手に持った剣を向ける。
その様子を、床を這って後部出入り口から見ていたフィリップが
(ケイリーが危ない。何か役に立つ魔法は…)
と焦るが思いつかない。
ケイリーも…
(剣を向けられた。誰も退いてくれないのね。私にも何か武器があれば…)
と腰に手をやると巾着袋の口が開いて、そこに入った右手が何かを掴んだ。
(これは…?!)
それを掴んだ瞬間、力が溢れてくるようだった。
「おい、ヘタなマネしてみろ。首と胴体が泣き別れするぞ。」
ケイリーは向けられた剣を水平に薙ぎ払い、そのまま斜めに前の男を通り抜けた。
バドミントンで言うドライブの動きであったが、この場の誰もそれを知らない。
「オマエ、舐めやがって!」
通り抜けられた男は剣を振おうと思うが、何と鍔の数センチ上から刀身が切り落とされていた。
「げえ、なんじゃこりゃ?!」
ケイリーは後ろの男など気にせず、次の標的へランニングステップの要領で間合いを詰めて、手の剣をラケットのように軽く振って、剣を構えるより早く刀身を切り捨てる。
残りの1人が剣を振るって向かってくると、それに合わせて軽く両足を浮かせ、切先の向きを見極めて逆方向へ片足でステップして避け、そのまま振り下ろした刀身を切り飛ばす。
盗賊たちは武器がなくなり、この奇怪な動きをする剣士の登場に動揺する。
「何てこった…こいつ、普通じゃない!」
盗賊たちは動揺を隠せない。
その時、じっくりとケイリーの手元を見たフィリップが呟いた。
「あれは、ミミングだ。父さんの持ってたミミングじゃないか?何故、彼女が持っているんだ?」
ケイリーの手元には、父の所有品である剣があり、それが不思議な力を発揮しているようだった。
ミミングは、黒檀で誂えた六角形の柄に、球体の表面にソーラー・ディスクの彫刻が施され、中心に真紅の宝石が埋め込まれた柄頭が特徴的な剣だ。
青銅製の鍔にはトリスケリオンの紋章が刻まれ、刀身は直線的で、中央には深い血糸溝が彫られ、仄かに青白く輝いている。
…間違いなく、父の所持していたミミングだ。
しかし、盗賊たちの刀身を切り落とす切れ味や、ケイリーの細腕で軽々と振り回して扱える物だったか?
これはミミングが、剣以上の関係で使い手に干渉していそうだ。
ケイリーは、ミミングに認められた使い手という事だ。
先頭で馬車を止めた男、ドーガン・バルクは後ろの荷台の出入り口に向かった手下の様子がおかしいと感じた。
この御者台にいる男も降りて明け渡す気がないし、この「黒鴉の戦団」始まって以来の失態だ。
「おい、オマエ!何かヤベエもんを載せてんじゃねえよな?」
と確認する。
しかしオリバーは
(フィリップ君が何かしてるのか?)
と思いつつも
「いや、至って普通の集落で採れた作物などを積んで来てるだけだ。」
としれっと答えた。
(後ろで上手くやってるなら、このリーダー格の男をどうにか、私がやれば助かるかもしれない。)
そんな風に考えていた。
そこへ刀身のない剣を持った手下たちが3人、馬車の前方にいるドーガンの元へ逃げて来た。
「ドーガン、後ろにヤベエ奴がいる。こんなの聞いてねえぞ。」
と話していると、ケイリーも彼らを追って、ドーガンの方へ来た。
「もう、こんなのはやめましょう。無益な血は流したくないの。」
とケイリーは早期の解決を願った。
「えぇ?!あのお姉ちゃん、剣士だったの?」
レオンは御者台から身を乗り出してケイリーを見る。
(フィリップ君じゃなかったのか?)
フィリップとエリナも荷台の御者席側のカーテンを開けて、前に回ったケイリーの姿を追った。
エリナは隠蔽の魔法をかけてもらってるので黙って注視してる。
まだ2人残っていた手下が、剣を持ちケイリーへ斬りかかる。
また、フッと、両足を浮かせてから、タタンと、リズミカルにステップを踏んで躱して、ドライブの動きで水平に振るった刀身が、2人の剣の鍔の上の刀身を切り落とした。
「ひいーいいっ?!なんてヤツだあ!」
「いっぺんに2人の剣を?」
武器を失った2人は、地面に倒れ込み腰を抜かした。
それを見たドーガンは、得意の大型のメイスを持ちケイリーへ対峙する。
メイスは出縁を持った同形の金属片を放射状に取り付けた先端に、持ち手の長い棒を組み合わせた打撃用の戦場の武器だ。
ケイリーのフードが風で飛び、白い肌と黒く長い艶のある髪と黒い瞳が現れた。
「ひゅ〜うっ、面白いじゃないか、オマエ。異国の美人剣士とは楽しめそうだ。」
「お願いですから、もうお終いにしましょう。」
ケイリーは髪を靡かせ懇願する。
ドーガンは、ここぞとメイスを振り上げるが、その瞬間に先端をあっさりと、ケイリーが切り落とす。
しかし、そんな事ではドーガンは引き下がらない。
「まだだっ!」
ケイリーを組み伏せて動きを封じようと、メイスの持ち手を投げ捨て、剣を振り切り背を向けたケイリーを狙った。
たがケイリーは返すその手で、ドーガンの鳩尾に柄頭を打ち付けた。
流石のドーガンも息を詰まらせその場に倒れた。
(まさか、あの異国の少女にそんな力があるなんて思わなかった。)
オリバーは御者台から、懐の小石をスリングショットで撃ち、援護するアテが外れ物足りなかった。
オリバーはその場の全員を見渡し、安堵の息をついた。
ケイリーの勇気と機転によって、彼らは無事に危機を脱したのだ。
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