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異世界へ召喚された女子高生の話-67-

▼怪我の功名

お昼には、衣装合わせの仲間たちとともに、農業区にある集会所で食事をとることになった。
周辺の農家の人々が持ち寄った料理がテーブルに並び、その場はなごやかな雰囲気に包まれていた。

高橋美咲みさきは何の迷いもなく、出された料理を喜んで口に運ぶ。
一方、潔癖症けっぺきしょうの藤井玲奈れいなは苦笑いを浮かべながら、様子を見つつ慎重に食べていた。

食器はスープの器くらいで、基本的には素手か各自が持つナイフで食事をする。
パンは黒くて硬いライ麦パンで、パン職人という専門家がまとめて焼いているらしい。

昼食後、美咲みさきたちは集会所から森へと向かった。
今度はメイポールという祭りの象徴となる木を採ってくるのだという。

先導するのは、がっしりとした体格の42歳の木こり、ラルフ・ハードウッドだ。

美咲みさきの今日の衣装は、五分丈のVネックの白いブラウスに、花柄の膝丈フレアスカート。
ウエストにはリボンベルトを締め、いつもの巾着袋を腰に下げている。
さらにエプロンを借りて、村娘風に装っていた。
足元は歩きやすいフラットシューズ。髪にはサンザシの花をあしらい、メイクイーンらしさを演出している。

周囲には約20人の、運搬要員としての男性たちが加わり、なんとも物々しい雰囲気だ。

その中にゼルギウスの姿を見つけた美咲みさきは、嬉しそうに駆け寄った。

「ゼルギウスさん、午前中はどうでした?」

「俺は広場で舞台の設営を手伝っていた。山田は少年たちと買い出しに行っている。……気になるのか?」

ゼルギウスの低い声に、美咲みさきは少し頬を染めて答える。
「朝一緒だったのに、もう寂しくなっちゃって。でも、メイポールの切り出しは大事な仕事だから、頑張らないとね。」

「俺が山田の代わりに、しっかり見守っていてやる。そして、それを後で伝えてやるさ。」
ゼルギウスはグッドサインを見せ、美咲みさきもそれに応える。

ーーーやる気がみなぎってきた。

スポーツウェアでスタイルの良さを隠す藤井玲奈れいなと、自前で村娘風にアレンジしたソナも、朝から一緒に行動している。
そういえば、ゼルギウスは力仕事のためか、普段より露出の多いノースリーブのシャツを着ており、逞しいたくましい腕が際立っている。

一行が到着したのは、あの顔のない女神像のある廃教会の近くだった。

この場の白樺しらかばの木は、あの時光をびて、村にまで輝きが伝わっていたらしい。
木こりのラルフや男性たちは、適切な若木を見つけ、精霊に敬意を表していた。

美咲みさきは巾着袋からミミングを引き抜き
「この木で良いの?」
と確認すると、一振りで2、30センチの太さのある若木を両断した。

「おほぉっ、危ねぇ! おめえらぁ、早く離れろぉ!」
ラルフは驚いておどろいて叫ぶ。

美咲みさきも「あ、やっちゃった……」
と青ざめるが、倒れる若木を見つめるしかできない。

「きゃあっ!」

逃げ遅れたソナに、ゼルギウスが素早く駆け寄り、その巨体で倒木を受け止めた。

「っ…大丈夫か? 足を挫いくじいたりしていないか?」

ソナは自分が助かったことに気づくと、その目の前で、20メートルはある倒木を支える、ゼルギウスの姿に驚愕きょうがくする。

「ゼルギウス様こそ、大丈夫なのですか? 私のせいでごめんなさい。」

美咲みさきも駆け寄り
「ソナちゃん、ゼルギウスさん、大丈夫?」
と、心配そうに声をかける。
その頃には、ラルフや他の男たちが倒木を支え、ゼルギウスは解放された。

「俺はいつもこんなもんだ。怪我けがなんて日常茶飯事さはんじさ。」
ゼルギウスは再び、グッドサインを見せる。

美咲みさきはお騒がせしてしまったと周囲に謝罪をして回る。
しかし男性たちは、倒木の見た事もない綺麗な切断面と、それを為した少女に神秘を感じ、今年の祭りへの期待が高まった。

若木は縄をかけられ、ゼルギウスやラルフを含む約20名の男たちによって、時間をかけて日没までに広場へと運ばれた。

飾り付けを終えたメイポールが立ち上がると、美咲みさきはそれを見守りながら、準備が一段落したことに安堵あんどした。

「俺はまだ片付けがあるから、ここで失礼する。」
ゼルギウスはそう言って広場に残った。

別れた後、ソナは何だか寂しそうな表情を浮かべている。

「私が初めてリリス様の元に行ったとき、最初に声をかけてくださったのがゼルギウス様だったのです。」

ソナはストーンハースト亭へ戻る道すがら、静かに語り始めた。

「あの人、意外とマメよね。私にも声かけてきたわ。ガン無視したけど…」
玲奈れいなが肩をすくめる。

「私も、傷がたくさんある顔に、大きな体が怖くって、お話しできなかったんですよ。」と、ソナも同意する。

「でも、段々と慣れてお話しできるようになったんですよ。山田さんとお二人で、無事に書架から戻って来られるのを楽しみにするようになってました。」
ソナは珍しく、ずっと語り続けた。

「ふんふん、どうしてそう思ったの?」
美咲みさきは、興味津々しんしんで尋ねる。

「私の作った料理を『美味しい』って、いつも喜んでくださるんですよ。それが嬉しくって、帰ってこられるのを、待ち遠しく感じるようになりました。」
ソナはほほを赤らめながら話す。

その様子を見て、玲奈れいなは心の中で
(大男のゼルギウスとでは、サイズが合わないんじゃない?)
と思ったが、野暮やぼな気がして言うのはやめた。

ーーーソナもこれから成長するかもしれない。

白樺しらかばの倒木のとき、ソナちゃん、何か感じたのね?」
美咲みさきは、微笑ほほえみながら問いかける。

「何だか、あの時から胸が苦しいんですよ。どうしたらいいんでしょうか?」
ソナは不安そうに、美咲みさきを見つめる。

「ソナちゃん、私が一肌脱ぐわ! ねえ、玲奈れいなちゃん?」

美咲みさきは真剣な表情で、ソナの肩に手を置く。
そのとばっちりで玲奈れいなにも視線が向けられる。

「私も何かするの?!」
玲奈れいなは困惑した表情を浮かべる。

宿での食事はまだ先になりそうだ。
三人は作戦会議をしながら、ゆっくりと帰路についた。

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