異世界へ召喚された女子高生の話-76-
▼春雷一閃す
「カラドール伯爵様、恐れながら発言してもよろしいでしょうか。」
サイラスは、中庭の余興を観覧するために特等席へ向かう伯爵の背中に追いつき、声をかけた。
「どうした、サイラス?」
伯爵は歩みを止めずに答える。
サイラスは一瞬ためらったが、意を決して進言した。
「ケイリー殿は村でも慕われている英雄です。もし決闘で何かあれば、大事になります。ご覧の通り、華奢な小娘です。クラウスに、ケイリー殿に華を持たせるようご指示をいただけませんか?」
伯爵は微かに笑みを浮かべたが、振り向くことなく答えた。
「サイラス、心配はいらん。娘はこの後、勝敗にかかわらず、今晩は共に過ごす予定だ。手加減するよう伝えてある。ドレスを裂くか、組み伏せるかするであろう。」
伯爵の言葉に、サイラスは言葉を失った。
決闘で命を落とすことはないにしても、彼女に自由がないことを知り、胸が締め付けられる思いだった。
あの心優しい少女を守りたい。
しかし、それは主人との対立を意味する。
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決闘の場となった中庭は、騎士たちが訓練を行うのに十分な広さを持つ。
石畳の地面が広がり、その中心で二人は対峙することになる。
周囲には美しい庭園が広がり、夜の闇に包まれた城壁がそれを囲んでいる。
城壁の二階、三階には中庭を見下ろせる回廊があり、貴族や騎士たちが見守るバルコニーやベンチが設置されている。
彼らは興味深そうに集まり、これから始まる異色の対戦に胸を躍らせていた。
剣を持つ者が怪我や死を恐れるなど、以ての外だ。
それは、たとえ可憐な少女であっても、その覚悟はあるに違いない。
同じ剣士として、彼女がどんな闘いを見せるのか、その興味が全てを勝っていた。
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中庭に足を踏み入れた高橋美咲は、胸の奥で戸惑いを感じていた。
まるでローマのコロッセオのように、完全に見せ物にされている。
中心にある石畳の上には、すでに対戦相手が仁王立ちしている。
美咲はまだ距離を置き、どうすべきか悩んでいた。
彼女はメイクイーンの衣装――クリームホワイトの膝下まで伸びるワンピースを着ており、戦うには不向きだ。
リボンベルトで魔法の巾着袋を持っているので武器はあるが、不安が募る。
スカートを持ち上げて動きを確かめていると、視界の端にソナの姿が映った。
「中庭までついて来ちゃったの?危ないよ…」
美咲がそう言うと、ソナは呆れ顔で答えないまま、美咲の頭の花冠からサンザシの枝を一本抜き取った。
彼女はその枝を掴み、美咲の服に軽く触れる。
「さあ、魔術はイメージが大事よ。あなたの一番の戦闘服は何?」
ソナの問いに、美咲の頭に浮かんだのは、何度も汗を吸わせたバドミントンのユニフォームだった。
すると、メイクイーンの衣装が形を変え、清風学園バドミントン部のTシャツとスコート、その下はショートパンツへと変化した。
「何これ?魔法?」
美咲は驚きに目を見開いた。
その様子を見ていた見物人たちからも、ざわめきが起こる。
「いいから、早う行け!相手が待ちくたびれてるぞ。」
ソナが急かすように言う。
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クラウス・ヘルマンは短い茶髪で頑強な体つきをした騎士だ。
160センチほどの美咲だが、180センチを超える彼の前では小さく見える。
彼はアレクサンドル卿の忠実な部下で、主人同様に女性を軽視しており、負ける気など微塵もなかった。
ホーバーグに紋章入りのタブレットをまとい、脚にはグリーブ、腕にはガントレットと、それぞれ金属の鎧を着けている。
手にはアーミングソード…刀身が二等辺三角形の形状の重厚な片手剣を構えていて、ミミング対策と思われる。
「恐れをなしたかと思いましたよ、お嬢さん。で、それは何かのサービスかな?」
クラウスは美咲を舐め回すように見下ろした。
「お待たせして失礼しました。この姿なら、鉱山の時より速いですよ。お見逃しのないように。」
美咲は巾着袋からグリップ(柄)を取り出し、しっかりと握った。
(居合いのように、一振りで剣を切り落として勝負を決めよう。)
たがしかし、真剣勝負であった鉱山の時は、お互い斬り殺される可能性から降伏となるが、今回は違う。
首筋に刃を突きつけても、力ずくで押し切られたらどうする?
不安が一瞬、美咲の心をよぎった。
その時、頭の中に低い声が響いた。
「剣を持つ者よ……力を貸すぞ……身を委ねろ……」
クラウスが剣を振りかぶるのが見えた瞬間、美咲の右手は自然とミミングを巾着袋から抜き取り、上段でクラウスの剣を受け止めた。
受けた瞬間、その勢いを利用してミミングでクラウスの剣を石畳の床に叩きつける。
さらに、黒のショートブーツで切先を踏みつけた。
「なっ!?」
クラウスが驚愕の声を上げた時、美咲はすでに彼の首筋にミミングのブレイド(刃)を当てていた。
(勝負あったわね。早く済んでよかった…)
美咲は内心ほっとした。
しかし、クラウスはこのままでは不名誉な罵りを受けることを恐れた。
彼は負けを認めず、左手で腰のダガーを握り、反撃しようとした。
そのイメージが美咲の頭に浮かんだ瞬間、彼女の右手は自然と動き、首に当てていたミミングを返し、クラウスの腰へと刃を向けた。そして、彼の左手の平をガントレット諸共、一瞬で貫いた。
「ぎゃあっ!?」
クラウスの悲鳴が中庭に響き渡る。
見物人たちからも悲鳴と、どよめきが起こった。
美咲は吹き出した血液を浴び、生温かい感触に凍りついた。
「やめろっ、降参する!降参するぅ!」
クラウスは痛みで叫ぶ。
しかし、美咲はショックで身体が硬直し、ミミングを握る手が震えていた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
と、うわ言のように繰り返している。
その時、ソナが信じられない速さで駆け寄り、小柄な体で美咲を抱きしめた。
同時にミミングを持つ手を握り、クラウスから離れさせる。
ミミングの刃は青白く光り、こびりついた血肉を分解して塵にしていく。
ソナはそれを見届けてから、素早くミミングを美咲の巾着袋に戻した。
負傷したクラウスと、様子のおかしい美咲のもとへ、騎士たちが駆けつけてくる。
ラッパが鳴り響き、ケイリーの勝利を高らかに宣言した。
しかし、その結果は後味の悪いものとなった。
多くの者は何が起こったのか理解できず、不満や混乱の声が上がっていた。
美咲は勝利したものの、初めて自分の手で人を傷つけてしまった事実に心を痛めていた。
クラウスもまた、これ以上ないほどの敗北を喫し、アレクサンドル卿ともども言葉を失っていた。
冷たい夜風が中庭を吹き抜け、重苦しい沈黙が場を包んだ。
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