異世界へ召喚された女子高生の話-79-
▼真の5月祭り
高橋美咲は、急遽召集された女性騎士たちに連れられ、カラドール伯爵の城の一角、別の尖塔の階段を上がっていた。
彼女の隣には副騎士団長のエレナ・バレンタイン、第二小隊隊長のジーナ・ホークアイ、医療士官のエミリア・グリーンフィールド、そして通信士のフィオナ・スウィフトが付き添っている。
さらに、ソナも一緒だ。
無言の行進が続き、やがて彼女たちは用意された部屋に入った。
部屋は質素だが、必要な調度品は整っていた。
窓からは、城下町が見え、その向こうに広がる森まで視界が開けている。
だが、この景色に慰められることはなく、美咲は厳しい現実を受け入れるしかなかった。
女性騎士たちの緊張した空気が、その場に満ちていた。
「お身体を調べさせて頂きますので、ベッドの上で、横になってリラックスして下さい。」
エレナの命令のような丁寧な言葉に、美咲は従うしかなかった。
彼女たちは、伯爵の命令で、美咲の体を調べる任務を負っている。
美咲はベッドに横たわり、無防備な姿を晒すこととなる。
彼女たちの次の目的は、美咲が出産経験を持つかを確かめること。
エミリアは医療士官として、美咲の身体をくまなく調べ、他の騎士たちも不審げにその様子を見守った。
だが、彼女の身体にそんな痕跡はなかった。
「何だ、まるで処女みたいじゃないか…」誰かが小声で呟く。
美咲は羞恥と不安で心臓が高鳴るのを感じながらも、ただ耐えた。
次に、エミリアが美咲を起こし、彼女の胸元を露わにしながら、搾乳を試みた。
突然の行為に美咲は驚き
「ちょっと、やめてください。痛いっ!」と、抗議の声を上げた。
しかし、彼女は動きを封じられ、身動きが取れなかった。
「大人しくしてろ!」と、ジーナが声を荒げる。
彼女たちは、美咲が聖女として持ち上げられていることに対して、嫉妬と苛立ちを覚え、次第にその苛立ちが暴力的な形で発露されていく。
搾乳は続き、さらには彼女の身体を弄んで笑いものにする騎士たち。
美咲の顔は叩かれ、心身ともに傷つけられた。
***
数時間後、美咲は再びカラドール伯爵の前に立たされた。メイクイーンの衣装を纏い、花冠を握りしめた姿は、かつての威厳を感じさせたが、彼女の目は疲労と憔悴に満ちていた。
カラドール伯爵は、苛烈な表情で美咲を見つめ、盃を掲げた。
「汝が、我が子を救ったその奇跡の乳を、皆で味わってやるぞ。では乾杯だ。」
伯爵と臣下たちは、一斉に美咲の生乳を飲み干した。
瞬間、伯爵の体に温かな流れが走り、老いによって固まった関節が軽やかに動き出した。
肩を動かしてみると、長年苦しんだ痛みが消えていることに驚愕し、更に室内の詳細が、以前よりはっきりと見えることに気づいた。
他の臣下たちも同様にその奇跡を感じ、美咲の力に驚愕した。
「これは…本当に奇跡だ。」伯爵は震える声で呟いた。
だが、同時に恐怖が心の奥底から湧き上がってくる。
この少女の力は、単なる癒しを超えたものだ。
美咲の頬は赤く腫れ、髪は乱れている。伯爵はそれに気付き、怒鳴った。
「セレナ、これが聖女に対する扱いなのか?!」
「申し訳ありません…抵抗されたので、やむを得ず…」
伯爵は美咲に向き直り、尊大に告げた。
「メイクイーンとして現れた汝は、我が子マーキュリーを救った。神話の女神マイアと、その子マーキュリーの象徴のようだ。
更にメイデイとは、育成と繁殖の儀式であり、かの天空の神ヴォーダンと、愛と美と豊穣の女神フライアの結婚を祝うモノでもある。メイクイーンは全ての花嫁の象徴なのだ。
汝がメイクイーンとしてやってきた時より、定まった運命だったのだ。
さあ、今こそ選択せよ、我が、フライアとして永遠に我が側に仕えるか、或いは薬を出す家畜…いや聴こえが悪いので、国母マイアとして我が城に飼われるか。これ以外の選択肢は死を意味するぞ。」
美咲は深呼吸し、伯爵を堂々と見据えた。
彼女の瞳には決意が宿っていた。
「伯爵様、私はメイクイーンとして選ばれ、自然の芽生えの力を祝う儀式で、天の王と象徴的な結婚を行いました。この力は私個人のものではなく、全ての人々と自然のために使うべきものです。
私の身体は、他人の欲望の対象でも、単なる道具でもありません。私を解放して下さい。異世界から呼ばれた私には、まだやるべき事が、他にあるはずです。」
伯爵は、苦々しい笑みを浮かべた。
「なるほど、汝が浮世離れしているのは異世界人ゆえか。しかし解放などあり得ん、それは家畜を選んだと言う事だ。…エレナ、家畜の扱いは得意そうだな?」
すると突然、城の扉が打ち破られ、美咲を支持する騎士たちが現れた。
当然、サイラス騎士団長もいる。
あのクラウスまで混ざっていた。
騎士の中には、美咲を一目で信じ、彼女の真摯な姿勢に心を打たれた者たちもいた。
彼らは美咲のもとへ駆け寄り、伯爵に向かって剣を向けた。
「我々は、ケイリー様を慕う者です。その剣は我らをも凌駕し、その無垢なお心は、貴方の御子息をも救ったではありませんか?それが何故、この様に罪人の如く辱められるのでしょうか?彼女を不当に扱う者は、我々、騎士団の敵ですっ!」
と、一人の騎士が叫んだ。
サイラスも前に進み出て
「伯爵、私も自身の信念を守りたいと思います。それは、可憐な乙女を蔑ろにする者を許さぬと言う事。如何なさいますか?!」
皆、伯爵の前であるが、剣を構えて交戦の決意を見せた。
伯爵は苦悶の表情を浮かべたが、伯爵も居並ぶ臣下も、たじろぐばかりで、場は凍りついたままだった。
そこにカタリーナ第二夫人が現れ、胸に息子マークを抱いていた。
ついでエレオノーラ第一夫人、ソフィア第三夫人が駆けつけた。
イザベラ、マルガレータ、ベアトリスと娘3人までついて来ている。
その後を、小さな少女ソナが不敵な笑みを浮かべて現れる。
「馬鹿なマネはおやめ下さい。恩人に対して、なんて酷い…。」
とカタリーナが、枯れ果てたはずの涙を、再び流して叫ぶ。
それでもまだ、ハッキリとは伯爵は口に出せなかった。
あの娘を手放す事も恐ろしい。
だが、これでは取り押さえられて、2歳児のマークを主人とした暫定政権ができかねない。
ソナが美咲の前に進み出て
「これで懲りただろう?もう行くぞ。」と、手を引く。
「ソナちゃん、あなた、意外と凄い子なのね…」
と、美咲は呟く。
「おまえ、まだわかっとらんのか?!わ・た・し・だよっ、リリスだっ!」
とソナは言い、その姿をみるみると、大きな翼のある、上半身が大鷲で下半身がライオンの異形な形に変える。
「さあ、乗れ。」と、美咲に促す。
美咲は鷲の首筋に手をかけて、その背に横座りする。
「サイラス騎士団長に騎士団の皆様、ありがとうございます。私は、お気持ちだけで十分ですので、剣はお納め下さい。」
と、殺気立つ騎士を諌める。
それから伯爵に向かい
「伯爵様、私は心に決めた男性がいます。伯爵様のお気持ちに応えられなくて申し訳ありません。では、このような形ですが、皆さま失礼します。」
と美咲が言うかどうかで、グリフィンと化したソナが…もといリリスが翼を羽ばたき飛び立った。
あまりの出来事に、誰もが言葉を失い、その飛び立った異形を見つめていた。
ただ、伯爵だけは密偵を呼び、跡をつけるように指示を出していた。
あの娘を諦めたくない。