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異世界へ召喚された女子高生の話-89-
▼異世界人それぞれの役割の中で
剣戟の音が、石造りの通路に響き渡る。
ゼルギウスと朝比奈九散が激しく刃を交えていた。
山田剛もゼルギウスを守ろうと、牽制の槍を放つが、九散にはすべて見切られている。
ソナはゼルギウスの身を案じ、組み合った手に力を込めた。
藤井玲奈は戦いの最中、どうしても九散が守る門から噴き出る黒い靄が気になっていた。
(あれは何?普通の状況じゃないわ!みんなには見えていないのかしら?)
ふと、九散の手にある剣、ティルヴィングに目をやると、同じ黒い靄が噴き出していることに気づいた。
(ティルヴィングにも同じ力の源が…これは一体何が見えているの?)
ティルヴィングはミミングと同じくドワーフの鍛冶師によって作られた名剣で、呪われた剣としても共通点がある。
そんな剣と、剣道という一対一なら最強とも言える技に圧され、ゼルギウスのショートソードが折れ、胸に鮮血が走った。
「くっ、しまった!」
とっさに下がり、致命傷は避けたものの、ゼルギウスは苦悶の表情を浮かべる。
「ふふ…、あんたたち、諦めなさい。美咲も裸でベッドの上なのよ。
もう、1回目は済んだんじゃないかしら。ロウェンの奴、なんか精力剤を飲んでたから、まだまだ沢山、楽しむんでしょうけどねぇ。ははは…」
九散は勝ち誇ったように笑う。
ーーすると、山田が背筋を正し、槍を構えて前へ進み出た。
足も大げさな役者のような動きだ。
ーー「人ん〜間ん~、五十ぅねぇ~ん、下天のうちをぉくらぶればぁ~…」
歌い出す山田に、ソナやゼルギウスは目を丸くしたが、玲奈と九散は違った。
「山田さん、早まっちゃだめよ!無茶しないで!」玲奈が金切り声を上げる。
ーー「…夢ぇ幻のぉ〜如くぅなりぃ〜…」山田、幽然と槍を構える。
「ぷっはははっ、傑作ね。『敦盛』とは、覚悟が決まったってこと?
お望み通り、仕留めてあげるわ…」
高笑いしながら、九散はティルヴィングを構え、山田に狙いを定める。
「美咲ちゃんの笑顔は守るっ!すっ、…好きだぁあ〜〜!」
と、山田は槍を九散に向ける。
山田も無謀な賭けに出たわけではない。
ゼルギウスに、短槍を勧められた頃のアドバイスを思い出していた。
(普段の突きは、構えのまま突き出す。しかし、ここぞという時は槍の石突きを掴み、最大のリーチを生かして突きをする。普段より長く伸びるので、間合いを見誤った相手を貫ける…)
しかし、そんな奇策も九散には通じなかった。
槍の切っ先を軽く躱し、ティルヴィングの突きを山田の胸元へ向ける。
ーーだが、その瞬間、思いがけないことが起きた。
九散は石のゴーレムの拳を受け、吹き飛ばされたのだ。
山田もその余波を受けて転がった。
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その地下で、ロウェン・アルディンは突如、扉を開けて飛び込んできた人物に驚愕した。
元師匠のエドウィン・アルステッドだった。
ーー美咲も目を見開く。
ロウェンにベッドに押さえ込まれながら見た「ソレ」は、皮膚が乾燥して頬骨が浮き出た骸骨のような容貌で、眼窩は真っ暗だ。
乱れたボサボサの髪。
動くたびにパキパキと乾いた音がし、…ぎこちなく振動しながら近づいてくる。
「エッ、…エドウィン・アルステッド…なぜ?…動ける…」
ロウェンの顔は青ざめている。
ーー美咲は姿は異常でも、フィリップの父だと思うと素っ裸なのを思い出して、手で身体を隠した。
エドウィンと呼ばれる、「ソレ」は、ロウェンに向かい、肉の落ちた鋭い爪を振り下ろした。
「やめろぉ、あっちへ行け!」
ロウェンは飛び退き、黒い魔力の塊を放つ。
確かにエドウィンに当たったが、少し押し返すだけで傷ついた様子はない。
流石のロウェンも狼狽する。
「エドウィン…そんなに私が憎いのか?!」
美咲はすかさず起き上がり、ロウェンが枕元に置いていた魔法の巾着袋からミミングを手に取り、斬りつける。
ミミングの刃を前に、エドウィンは距離をとった。
美咲はベッドのシーツを剥ぎ取り、身体に纏う。
バスタオルのように巻いて胸元で留めようとしたが、右肩の上で硬く結び直した。
これから剣を振るうことを考えると、側面が開いてしまうが、シーツが落ちるよりはマシだ。
その間にも、さらに奥の扉から別の黒い…、不定形な生物が次々と現れてくる。
「一体どうなっているんだ?!私にも理解できない…」
ロウェンは再び黒い魔力の塊を放つが、やはり効果が見られない。
「下がってロウェン。私がやってみるわっ!」
美咲が黒い塊から蜘蛛の脚のようなものが上に二本伸び、地面には人の腕のような足が四本生えている異形の胴体を斬り裂く。
すると、それは黒い靄となり霧散する。
「ミミングなら倒せるみたい。任せて、斬れるだけ斬ってみせるわ。」
おかしな状況だが、美咲はロウェンを守りながら戦い続けた。
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一方、九散はパニックになっていた。
石のゴーレムが自分を殴ってくるなんて信じられない。
弟子の誰かが操作を誤ったのだろうか。
異世界への移動で「御物」となった、東桜台高校の制服のおかげでダメージは少ないものの、状況が掴めない。
何とか立ち上がり、ティルヴィングを構える。
「ダナンか? それとも他の誰かさん? 何やってんのよ、私を攻撃させるなんて!」
九散はゴーレムに向かって怒鳴る。
しかし誰も答えず、またゴーレムが襲いかかってくる。
「ちょっと、ちょっと、どうなってんの?」
ティルヴィングで受けるが、重い石の拳の方が力強い。
ーーかろうじて命拾いした山田も起き上がり、混乱した状況を確認する。
ソナはゼルギウスの胸の傷の手当てをしている。
命に別状はなさそうだが、動くと傷口が開き痛みが走る。
玲奈は何かをじっと見つめており、少し様子が変だ。
「藤井さん、何か、おかしなものでもあるの?」
山田が問いかけるが、その瞬間、玲奈は突然飛び出し、石のゴーレムへ向かって行った。
「待ってよ、藤井さん?!」山田が、驚きの声を上げる。
「よせ、玲奈。無茶するな!」ゼルギウスも叫ぶ。
ティルヴィングで石の拳を凌いでいる九散も、玲奈が向かってくるので戸惑っている。
「何がしたいのよ、あんたはっ?!」
玲奈は、その石のゴーレムからも黒い靄が渦巻き、全体を支配しつつあるのが見えていた。
「祓ってあげるわ。」
御幣を取り出し、ゴーレムに打ち付ける。
すると、石のゴーレムは機能を停止し、大人しくなる。
ただの石像と化した。
「…どういうこと? そんな紙束でやっつけられるの?」
九散は、ますます訳がわからなくなる。
「説明してあげるわ。
このゴーレムは黒い靄に覆われていたの。黒い…魔の力?…悪しき邪悪な感じよ。
それから、あなたの持っているティルヴィングにも同じものを感じる。
同系統の力では、太刀打ちできないわよ。
そして、門の扉からも同じ黒い靄が噴き出している。あそこが全ての元凶かもしれない。」
玲奈が一息に語る。
「何よこれ、役に立たないっての?」
九散は地面にティルヴィングを叩きつけ、通路を走り去った。
「…これ、今のうちに中に入ってもいいってことかな?」
山田が言って門に手を触れるが、開かない。
ゼルギウスも加わり、力任せに押したり引いたり試すも徒労に終わる。
「ハァ、駄目だ。もう、時間がないのに…」
「魔法の封がしてあるのか?誰か魔術師を呼ばないと…」
山田とゼルギウスがへたり込む。
玲奈は、そっと魔法の巾着袋から青銅の手鏡を取り出し逡巡する。
いつもリリスと連絡を取り合っていた魔具だ。
ーーーあの、美咲に噛みついた化け物に助けを求めるのは癪だ。
悩んでいると、フィリップがやって来た。
ワイバーンはエリナ一人に任せてきたのか。
「みんな無事か?何か様子が変化しているんだ。ゴーレムが暴走して、見境なく暴れ始めている。しかも、なぜかパワーが上がっているんだ。なんらかの魔力の暴走のような靄が見えるけど…」
フィリップは状況の変化を伝える。
(何だ、ノッポか。でもリリスよりはマシね…)
と玲奈は思い…
「私ははっきり見えるけど、何か邪な力がこの門の内から出ているの。邪な力の発生源は地下みたい。その影響で、ロウェンの魔法の暴走が見られるわ。」
「この地下に発生源があるのか?…よし、開錠してみよう。ちょっと、みんな下がってもらえるかな。」
フィリップは杖を振るい、コツンコツンと扉をノックして詠唱すると、鈍い音を立ててゆっくり開いていく。
すると、中から黒い異形の生物たちが噴き出し、通路を次々と四散していく。
「うわっ何だ、これは?!」
フィリップは思わず身体を庇う。
玲奈は両手を広げて咄嗟に仲間を守ろうとし、志那都比売神の力、風の防壁がフィリップや仲間たちを異形から守る。
ーー間欠泉のように、まだまだ飛び出してくる。
「しまった。迂闊に、考えなしで開けるべきではなかったか?」
すると玲奈が仁王立ちになり、風の障壁を広げてこれ以上の外への飛び出しを封じる。
風の力で門の内へ、階段から下へ下へと押し込んで進んでいく。
「…玲奈、凄いな…。見直したぞっ!」
ゼルギウスが興奮して言うが、玲奈にとっては特に感慨はない。
「このまま地下へ行くわよ。飛び出したのは後で考えることにしましょう。今は、美咲が何より大事だから!」
玲奈が進んで行く。
それに四人が続いた。
降りた先に小部屋が見え、そこへも異形の黒いモノが入り込んでいくので、玲奈はさらに風の障壁を広げ、部屋の異形と、奥から向かって来るモノをその場で押し留める。
「私、ここで防いでるから、部屋の中の確認お願い。」
今日の玲奈は獅子奮迅の大活躍だ。
「藤井さん、ありがとう。」と山田。
「玲奈、無理するなよ。」とゼルギウス。
「君、凄い魔術が使えるんだな。」とフィリップ。
「玲奈様、カッコいいです。」とソナ。
ーーそれぞれが部屋へ向かう。
中では美咲がミミングを振るい、部屋の中の異形と戦っていた。
「あら、圧が減ったわね?」
「何か来たようだ。…油断するなよ。」と、ロウェンが杖を構える。
扉から山田剛が一番に飛び込んで、美咲と目が合う。
「あ、山田さん?!」
「美咲ちゃん、大丈夫…って、なんて格好?!ろ、ロウェン、貴様ぁ〜!」
と、山田が珍しく憤慨する。
それから、ゼルギウスやソナが続き、美咲の心はすっかり緩んだ。
昨日までの張り詰めた覚悟が消し飛んだようだ。
「みんな〜、あっ、ロウェンとは今は共同戦線を張ってるから、許してあげて…」と、美咲は付け加えた。
…かくして、奇妙なチームが結成されて、未知なる敵と向かい合う。
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