
異世界へ召喚された女子高生の話-83-
▼高鳴る招待状
「モカリンにも言っといてよ。」と、美咲は言った。
「もう、タカミー(高橋美咲)は本当に…」
みのりんの声がノイズ混じりになり、コンビニの駐車場が見る間に溶けていく。
スマホを手にしたまま、美咲の体が揺さぶられ、尻もちをついたときには、もう森の中に戻っていた。
少しぼんやりするものの、行きのときに2時間も意識を失ったことを思えば、まだマシだ。
焚き火の前で、リリスが骨付きのモモ肉を頬張っていた。
「お帰り。どうだった? 私は失った魔力を少しでも取り戻そうと、とにかく何か食べてるの。本当は寝たいんだけど、安全じゃないからね。」
と、リリスは肉にかぶりついた。
「意外とワイルドなんですね…」
美咲は帰還魔法の前に、牡鹿を引きずっていたリリスの姿を思い出した。
疲労のたまった二人は、その後ゆっくりと歩を進め、グレイロック村に到着した。
メイクイーンの帰還に、朝の村はちょっとした騒ぎになった。
本来なら村長に挨拶すべきだが、とてもそんな気力はない。
ストーンハースト亭へ向かうことにした。
食堂で山田剛たちと会えるかと思ったが、姿が見当たらない。
「あ、ケイリー様、騎士団に連れられたと聞いてびっくりしましたよ。」
と、常連客が声をかけてくれる。
「おはようございます。色々あったけど、なんとか穏便に、帰宅を許してもらえました。」
と、美咲は笑顔を作って答えた。
「急にいなくなったって、ケイリー様のお友達が慌てて駆け回ってたんですが、村長から話を聞いてからは落ち着かれたようで…」
また皆に迷惑をかけてしまった、と美咲は心の中で思った。
「ところで、その私の友人たちが見当たらないのですが、何かご存知ですか?」
美咲は話の流れに乗って尋ねる。
「んー、なんでもオリバーさんの荷馬車で、エルヴァーナ集落へ行ったよ。二階の部屋に書き置きしたとか聞いたけど。」
そう言われ、美咲はすぐに確認のために駆け上がった。
女子共同部屋に入ると、左右の壁にベッドが三つずつ並んでいる。
美咲が使っていた左手中央のベッドに、書き置きが置かれていた。
「誰か一人でも、残らなかったの?酷いな、私、暴力振るわれて落ち込んでるのに…」
「まあ、何かあったのだろう。早う読んでみろ。」
と、リリスは隣のベッドに横たわりながら言う。
「ふぅ、やれやれ…」と、だいぶお疲れの様子だ。
書き置きにはこう書かれていた。
「なんと、父ロバートより、フィリップとの婚姻が正式に認められました。
急な話になりますが、一先ずフィリップを連れて、エルヴァーナに帰ります。
オリバーさんが行商の旅を再開すると聞き、他の皆も一緒に来ると言っています。
明日は、お義母さんとリナちゃんも来るそうで、忙しく準備する予定です。
どこかで楽しく過ごした美咲のお話も楽しみに、皆で待っています。」
エリナの興奮が伝わってくる。
「エリナとフィリップが結婚するんだって、リリスさん。これなら、ぞんざいに扱われても仕方ないか。あははっ。」
と、美咲は乾いた笑いをこぼした。
「フィリップ…取られるけど、大丈夫? あの、アイツ…山田で、本当にいいのか?」
と、リリスが肘枕をしながら美咲を見つめる。
「平気ですって。それに、山田さんの事好きなの、本気だもの。彼は私が初めて召喚されて戻った時に助けてくれた人なんですよ。」
そう言って、美咲は服を脱ぎ始めた。
「これ、マルタさんに返さないとね。」
リリスは仰向けになりながら
「それで、山田の自宅で一夜を明かしたの?…な、わけないか、生娘だもんね。」
と、からかうように言った。
「小鬼に襲われて、爪で体中引っかき回されてたんですよ、私。
そんな血まみれの女の子を、脱がせて手当てしてくれたんです。
服もポケットの中を丁寧に取り出してから洗濯してくれて、随分とお世話になったなあ。」
と、美咲は魔法の巾着袋から服を取り出し、着替え始めた。
「あの小鬼どもの汚い爪で裂かれたのに、きれいなお肌ね。普通はもっと、跡が残るはずよ。」
と美咲の肌を見ながら、リリスは不思議そうに言う。
「…山田さんの治療が丁寧だからかな?」美咲も、あの日は夜が明けてすぐに登校できるくらいに回復していたのは奇跡のようだと考えた。
それから、もしもの時に備えて、少し頑張った下着を選んだ。
「山田、ミミングに触れたのだな?」静かにリリスが問いかけた。
「そりゃそうよ。私を建物まで運んで、ミミングや私の所持品はテーブルに置いていたわ。そういえば、あのとき付いてた血や肉片、きれいになってたけど、山田さんが拭いてくれたのかしら。」
ふと美咲も疑問に思った。
「ミミングには自浄機能がある。そうやって長い年月、存在し続けているのだ。」と、リリスは答えた。
「だからきれいな刀身のままなんだね。便利〜っ♪」
と、言いながら、美咲はブラウスのボタンを留めていく。
ふとリリスは思いついたように口を開いた。
「そうか、なら私が山田を引き当てたのは、そのときできた縁によるものだろう。」
「えっ?!…私のせい?」
その言葉はつまり、美咲が山田を巻き込んだということになる。
美咲はその事実に驚き、考え込んだ。
「お互いに惹かれるものがあるのかもね。それでそのときに、あなたを救おうとする山田に、『剣の従者』の能力が生まれたに違いない。」
と、リリスは聞き慣れない言葉を口にした。
「なにそれ、従者って?」
「ミミングの使い手をサポートする者だよ。あいつがいると、なんとなくでも楽だろう? ひょっとすると、それを恋とか愛とかと勘違いしてるかも。
もう一度、考え直したほうがいいかもねぇ。」
と、リリスの言葉は美咲を惑わせた。
(ええっ?!…剣に私、操作されてるってこと?)
美咲の手が止まる。
リリスがとどめを刺すように、一言付け加えた。
「フィリップがまだ言ってないみたいだから、私から言っておくね。
ミミングって、呪いの剣だから、気をつけて。
その持ち主は、ことごとく不幸に見舞われるの。」
それを聞いて、美咲はクラウスとの決闘のときに頭に響いた声を思い出した。
「決闘のとき、声を聞いたの。『我に身を委ねよ』って…」
美咲は指を震わせてつぶやいた。
「あら、すごい。そこまでミミング…ミーミルとうまくやってるのね。」
と、また見知らぬ言葉をリリスが口にする。
「また、妙なことを…。いいことなの?」
美咲はスカートを履きながら尋ねた
「神話の主神の知恵袋ミーミルは、知恵の象徴であり、彼の知恵と力がミミングに宿っているという伝説があるのよ。」
と、リリスはサラリと話した。
「インテリジェンスソードって、知らないの?」
と、リリスが付け加えるが、そんな物は知らない。
ブレザーを羽織り、「結婚式なら、学生は制服でしょ。」と言いながら着替えを終えた美咲は、マルタにメイクイーンの衣装を返してからエルヴァーナに向かった。
再びリリスが姿を変える。今度は飛行するのは疲れると、黒い豹の姿になり、美咲を乗せて街道を疾走する。
「エリナちゃんのドレスどんなのかな。私の時の参考にさせてもらおうっと♪」
美咲は楽しそうに言う。
「私、かなり疲れてるんだけど、はぁはぁ…」リリスの息が苦しそうだ。
---
昼には到着できたが、何かがおかしい。
「リリスさん、どうしたのかしら? 婚姻の準備のはずなのに、集落が静まりかえってるなんて…」
以前のような活気はまったく感じられず、人の気配もない。
「気をつけろ。どうも匂うぞ。あいつの匂いが…」
リリスは元のローブをまとった女性の姿に戻り、銀色の長い髪をなびかせる。
集落の広場まで来ると、人々の塊が見えた。
その奥に見知った嫌な奴、ロウェンがいる。
エルヴァーナの住人やフィリップ、ゼルギウス、ソナや玲奈、山田剛にエドガー、リューク、カインまで、膝をつかされ腕を拘束されていた。
周囲には土塊の人形たちがうごめいている。
「これは一体、どういうことよっ!」
美咲は一段高い、石の大きな蜘蛛のようなものの上に座っているロウェンに向かって叫んだ。
すると、ロウェンの後ろに控えていたフードを被りマントをまとった人影が、蜘蛛の上から飛び降りて美咲の前に立った。
風でマントが揺れると、その下に見覚えのあるブレザーの制服が見えた。
「高橋美咲、いざ尋常に勝負よっ!」
凶々しい剣を上段に構え、その女子高生は叫んだ。
いいなと思ったら応援しよう!
