異世界へ召喚された女子高生の話-71-
▼ハートに火をつけて
高橋美咲の歌声が広場を包み込み、穏やかな空気が漂っていた。
人々はその余韻に浸り、心地よい静寂が一瞬訪れる。
「急に変わった音が聞こえてびっくりしたが、良い歌だな。」
誰かがつぶやき、その声に周囲の人々もうなずく。
美咲のサプライズは大成功だったようだ。
彼女は満足げに微笑み、これで自分の役目は終わったと思っていた。
しかし、まだ大切なメイポールダンスが残っていることを思い出す。
その時、痩せた背の高い男性、トマス・グレンがリュートを抱えて壇上に現れた。
風になびく長い髪が彼の情熱を物語っている。
トマスは深呼吸を一つし、指先でリュートの弦を弾き始めた。
軽快なメロディが広場に広がり、人々の心を再び躍らせる。
(あの知らない音楽には驚かされたが、負けてはいられない。)
音楽家としてのプライドが、彼の演奏に力を与える。
他の楽団員たちも次々と参加し、太鼓やフルートが加わってリズムが一層華やかになる。
その音楽に誘われ、美咲は再び舞台へと上がった。
彼女はメイポールから垂れ下がる、色とりどりのリボンの一つを手に取り、軽やかなステップで踊り始める。
白いドレスが風に舞い、花冠が陽の光を受けて輝く。
美咲の後に、子供たちが楽しげにリボンを手に取り、彼女の動きを真似て柱の周りを回る。
時折、逆方向に回ってリボンを編み込み、美しい模様がメイポールに描かれていく。
「カラドール騎士団の皆様も、よろしければご参加ください。どうですか、ガレス・ストーンブリッジ第一小隊隊長殿?」
美咲は貴賓席に向かって、微笑みながら声をかけた。
名指しされたガレスは、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに立ち上がった。
彼は戦場でグレートソードを振るう大男であり、その逞しい体格は誰もが認めるところだ。
美咲の指名から逃げることなど、彼の誇りが許さない。
「メイクイーンのご指名とあらば、致し方ない。」
ガレスは微笑を浮かべながら、美咲からリボンを受け取った。
間近で見る彼女は、まるで華奢な花の妖精のようで、その美しさに一瞬見惚れてしまう。
心を落ち着かせ、彼はリズムに合わせてぎこちなくも一生懸命にステップを踏み、リボンを柱に巻いていく。
逆回りでやって来た少女とすれ違うとき、ガレスは外側に身を引き、優しい笑顔を向けた。
彼のその紳士的な態度に、少女は赤面しながらも嬉しそうに微笑み返す。
女子供に優しく接するのが騎士道だと、彼は常に心に留めているのだ。
他の騎士たちも、美咲の誘いに応じてリボンを手に取った。
しかし、その無垢な乙女の姿を目の当たりにし、彼女があのゴルバスを下したとは、到底信じられず、困惑した表情を隠せない。
やがて、メイポールの頂点から垂れ下がった全てのリボンが美しく絡み合い、柱を彩る華麗な模様が完成した。
音楽も徐々にフェードアウトし、人々の拍手と歓声が広場を包む。
次なる余興として、力自慢のゲームが始まることになった。
ーーー綱引きである。
騎士団と村人たちが対決するということで、広場は一層盛り上がりを見せる。
村人チームには、木こりのラルフ、逞しいゼルギウス、そして山田が加わった。
対する騎士団からは、サイラス団長、ガレス第一小隊隊長、工兵のオーウェン・ブラックスミスが参戦する。
両チームが綱を握りしめ、緊張感が漂う中、美咲は壇上からその様子を見守っていた。
突然、美咲は手を口元に当て、可愛らしい声で叫んだ。
「山田さ〜ん、勝ったらキスしてあげるね!」
ーーーその言葉に、広場は一瞬、静まり返った。
山田は驚いて顔を赤らめ
「美咲ちゃん、それはやめた方が…」と、慌てて手を振る。
しかし、その言葉はサイラス団長の耳にもしっかり届いていた。
「メイクイーンの唇は、我々が頂くぞっ!」
サイラス団長は声、高らかに宣言し
「オーウェン、音頭を取れ! 皆、力を合わせるぞ!」
と、騎士団の士気を高める。
騎士たちは一斉に
「おぉ〜〜っ!」と声を上げ、その団結力を見せつけた。
「これはまずいな…」と、山田は苦笑いを浮かべる。
ゼルギウスは綱を握りしめ
「負けてられないなっ!」と、目を光らせた。
「せーの!」
双方が力いっぱいに綱を引く。
騎士団は統率の取れた動きで一気に引っ張り、村人チームも負けじと踏ん張る。
ゼルギウスの筋肉が隆起し、ラルフも歯を食いしばっている。
しかし、山田が
「オーエス、オーエス…」
と掛け声をかけるも、リズムが合わずにチームはバラバラだ。
「頑張って、皆さん!」
美咲の声援も届くが、その差は歴然だった。
騎士団の猛攻に耐えきれず、村人チームはついに綱を引き込まれてしまった。
「え〜、そんなぁ…」
美咲はがっかりした表情で肩を落とす。
しかし、約束は約束だ。
彼女は意を決して、サイラス団長の前に歩み寄った。
「おめでとうございます、団長様。」
そう言って、彼の頬にそっとキスをする。
団長は満面の笑みを浮かべ
「これは光栄だ。」と、胸を張った。
他の騎士たちにも順番にキスをしていく美咲。
その姿は恥じらいと礼儀正しさが混ざり合い、周囲の人々を魅了した。
山田はその様子を遠目に見ながら
「ははは…、俺たち、なんか上手くいかないものだよね。」
と、微笑む。
隣にいたゼルギウスが肩をすくめて
「美咲も、あんなにタップリ紅を塗ってたのになぁ。残念だろうに。」
と、冗談めかして言う。
ーーーその証拠に、一番目のサイラス団長の頬には真っ赤なキスマークが残った。
広場は再び笑い声と歓声で満たされ、祭りは最高潮に達していた。
美咲は頬を赤らめながらも、皆の笑顔を見て心から嬉しく思った。