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異世界へ召喚された女子高生の話-64-

▼君を見守っているよ

ストーンハースト亭で談笑していると、ベルトラン・グレイロック村長がやって来た。

「やあ、皆様。お揃いそろいで何よりでございます。」

村長の登場に、客たちや亭主ウィルフレッド、そしてその妻メイベルまでもが話を聞きに顔を出した。

「ベルトラン村長、昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

高橋美咲みさきは立ち上がり、深々と頭を下げて謝罪をした。
ベルトラン村長は、美咲みさき楚々そそとしたブラウスとフレアスカートの装いをニヤニヤと満足そうに見回した。

「いやあ、お元気そうで何よりです。我らが英雄殿が傷物きずものになっては一大事ですからな。」
村長は「クヒヒッ…」と下品に笑った。

「ははは…」

美咲みさきは苦笑いを浮かべたが、その場の空気は不穏なままだ。
美咲みさきの取り巻きから村長に向けられる視線には、憎悪ぞうお滲んにじんでいた。

村長は慌てて話題を変えた。

「実は、英雄ケイリー殿に、メイクイーンをやって頂き、カラドール騎士団の到着をメイデーのお祭りでお迎えしようと思っております。」

村長が手揉みしながら美咲みさきの返事を伺うと、村民たちから
「それは素晴らしい!」
と、いう感嘆の声が上がった。

メイデーは春の到来を祝う、花と大地の女神フロマイアを讃えるたたえる祭りだ。

フィリップが口を開いた。
「美しく咲く華としては、適役じゃないか。」

さらに、同じようにテーブルに頬杖をついていたリリスが続けた。
みつ溢れんあふれんばりのお花だものね。」

二人の息の合った「推し方」に、美咲みさきは胸元を両手で隠して顔を赤らめた。

「二人とも変なこと、言わないでよ。」

「ち、違うよ?!この人と一緒にしないでくれ。」
フィリップは立ち上がり、慌ててリリスの言葉を否定する。

「坊やは、美咲みさきの胸ばかり見てたろうが。」
リリスは余裕の笑みでフィリップを見上げた。

「ははは、そう言えば、5月生まれの若者を主役に選ぶって、聞いたことがあるな。」
話をらすように、山田つよしが記憶を頼りに話した。

「えっ、私の誕生日は5月10日よ。」
美咲みさきは山田に近寄り、嬉しそうに話した。

「懸賞金の話はどうすんだよ。」
レオンが美咲みさきに尋ねる。

「あ、それそれ。村長、懸賞金の一部をカラドール騎士団のおもてなしに使ってもらおうと考えていたので、それもお祭りの費用に加えてください。」
美咲みさきは村長に付け加えた。

「それは、ありがたいですな。では、明日はメイクイーンの衣装の合わせなどありますので、担当の者をよこします。」

村長は満足げに頷き、帰って行った。

その夜はメイデーとはどんな祭りか、という話題で盛り上がった。
エルヴァーナの集落ではすでに終わっていたが、黒鴉くろがらすの戦団の占領によってグレイロック村は開催が遅れていたらしい。
エリナはメイクイーンの経験があるらしく、身振り手振りで美咲みさきに説明していた。

翌朝、まだ日の出ていない時間に、美咲みさきは寝巻きのTシャツとショートパンツのまま宿を飛び出し、ジョギングをして村外れの自然豊かな林にいた。

朝霧が立ちこめ、日本人の美咲みさきには幻想的に映る光景に心がときめいた。

草花が夜露よつゆれて輝いている。

しゃがみ込んでそのれた草花を見つめていると、目の前で声が聞こえた。

「夜明け前、太陽の光を浴びる前のつゆを顔に付けると、その草花の持つ力の恩恵が得られるよ。」
フードとマントを被った男性が話しかけてきた。

「きゃあ…ってフィリップ?え〜、こんな早い時間に珍しい。」
美咲みさきは彼の声に驚いおどろいた。

「君が走って行くのが窓から見えて、追いかけて来たよ。」

フィリップは笑いながら、隣にしゃがみ込む。
「この真珠のイヤリング…返しそびれたから…」

フィリップは懐から、美咲みさきが誘拐を知らせるために落とした真珠のイヤリングを取り出した。

「知ってる?真珠はお守りなんだって。だからそれは、フィリップが持っててよ。」
美咲みさきは、真珠を持つフィリップの手を両手でそっと包み込み、二人の顔の前でその手を掲げた。

フィリップは呆れたあきれた顔をした。

「せっかく機会を伺って返そうとしたのに…これは金貨20〜50枚の価値がある物だぞ。君は気前が良すぎるよ。」

「ふふふ、そうなんだ。じゃあ、大事にしないとね。」
美咲みさきは笑顔で答える。

「フィリップ…魔術解析で分かってるんでしょ、胸のこと?私の夢は、私の幸せな家族を作ることだから、むしろありがたいことなんだ。だから、気にしないでよ。」

昨日のフィリップの様子が気になっていた美咲みさきは、心配ないことを伝えたかったのだ。

フィリップは何も言わずに立ち上がり、近くの茂みから何かを探して持って来た。

「メイフラワーだよ。クイーンをやる君に相応ふさわしい花さ。そこで手折たおったもので悪いけど…」

フィリップは、白や淡いピンクの花を咲かせた小さく愛らしい房状ふさじょうの花を、ぶっきらぼうに差し出した。
珍しく動揺が見える彼の顔に美咲みさきは満足し、喜んでそのサンザシの花束を受け取った。

(確か、あの有名な魔法使いの少年のお話で、ライバルの少年から奪った杖がサンザシだったわね…)

そんな魔術とえんのある花が出てきて、彼らしく思えてとても愛おしく感じた。

「今日の準備は大変そうだなぁ…」

美咲みさきは悩ましげに明けかけた空を見上げた。

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えとん
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