
異世界へ召喚された女子高生の話-61-
▼大切な思い出
ようやく高橋美咲、は自分自身を取り戻した。
藤井玲奈、ソナ、エリナ、メアリー、そしてメイベルたちの女性たちに囲まれながら、彼女は教会の祭壇からゆっくりと歩き始めた。
汗と汚れにまみれ、襟元が乱れた姿を男性たちの目から隠すため、彼女たちは自然と美咲を囲むように歩いた。
ソナは美咲の旗袍の乱れを直しながら、そっと寄り添う。
髪に挿した藤の花の簪は、今では白い花だけが揺れていた。
かつて愛に酔っていた彼女は、もういない。
「美咲、本当に無事でよかった…」と玲奈が抱きつくと、その強い刺激に美咲は再び不快感が湧き上がるのを感じた。
(まだ完全には治っていないのね…)
と心の中で思い、美咲は
「玲奈ちゃん、ごめんね。ラブ・ポーションを飲まされて誘拐されたから、強い刺激はまだ困るの。」
と、優しく伝えた。
「えっ?!そんな酷い事をされたの?」
と、玲奈は驚きの声を上げた。
「ケイリーさんがどうして、さらわれたのかと思ったけど…そんなことが…」
と、エリナも憤りを隠せない。
「本当にひどいわね。」
とメアリーもつぶやき、大人しく捕縛された男たちを鋭い目つきで睨んだ。
カランたちは縄で拘束されながら
「少しあの子を見させてくださいよ。」と、最後の願いを口にした。
サムやロークも同様に、先ほどまで光を帯びた旗袍で澄んだ歌声を響かせた美咲を見つめ
「あの子を大切にしてあげてくれよな。」と言い残し、鉱山の幽閉先へと連行されていった。
彼らの表情からは、初めの頃の悪意は消え失せていた。
玲奈が「早く宿に戻って、私に介抱させて。」
と言い出す前に、美咲は人々の間に見つけた「あの人」の姿に目を留めた。
「ごめん、少し話したい人がいるの。」
とだけ言い残し、その場を離れた。
山田剛は、召喚されてから美咲に何もしてあげられなかった無力さを感じ、廃教会から少し離れた場所でゼルギウスと共に立っていた。
ゼルギウスは「自分を責めることはない。」と思いつつも、山田の気持ちを察してそばに寄り添っていた。
しかし、美咲がこちらに向かって一直線に走ってくるのを見て、ゼルギウスは山田の背を押しながら低い声で囁いた。
「頑張れよ。今のあの子を癒してあげられるのは、お前しかいないんだからな。」
美咲が近づくと、山田は久しぶりに見る彼女の姿に思わず言葉を漏らした。
「…なんでチャイナ服、着てるの?」
美咲はその素直すぎる言葉に、張り詰めていた感情がほぐれ、思わず笑ってしまった。
「あははっ、もっと気の利いたこと言ってくれないんですか?」
と簪の白い藤を揺らしながら笑う。
「ごめん、ここでそれは違和感が大きくてつい…でも、美咲ちゃんの笑った顔が、また見られて嬉しいよ。」
と、山田も笑顔を返した。
「ゴールデンウィークを一緒に楽しもうと思って、公園管理局を出た後に買い物したんですよ。私も休日前で浮かれてて、変なもの買っちゃったかなって…」
と、美咲は召喚前の思い出を語り、懐かしさに目を細めた。
「セクシーで可愛いよ。…休日の予定が狂っちゃって残念だったね。」
と山田が褒めると、美咲の頬はほんのりと紅く染まった。
「まだ、時間はありますよ。これからね。」
と美咲は微笑みながら、スマートフォンの写真を山田に見せた。
「これって…『あの時』の写真だよね?いつ撮ったの?!」
と、初めて出会った日の給湯室で眠る自分の姿を見て、山田は驚いた。
「だって、私のために奔走して疲れてる姿を見たら、キュンとしちゃって、思わず撮っちゃったの。」
と、美咲は今まで秘密にしていた写真を見せて、恥ずかしがる。
それを受けて山田もスマホを取り出し、同じ様に写真を見せた。
(これは彼女、ドン引きレベルの物だけど、もしそうだとしても、この瞬間が白状するのにベストだ。)
と、山田は決意していた。
美咲はスマホの中の下着にキャミソール だけの自分姿を見て、ほくそ笑んだ。
その表情の意味が分からず、山田は不安になり
「ごめん、気持ち悪いよね。…削除しておくよ。」
と、肩を落として項垂れる。
「何でっ?!消さなくて良いよ。山田さんでも、私を性的に見てくれてたんですね。子供扱いされてたと思ってましたから、私、安心しました。」
と、美咲が言うから山田は驚く。
「いいの?」
「うん、山田さんならいいよ。…ねぇ、それだけ?意識のない女の子のアラレもない姿ないの?」
と、美咲が意地悪く追求するので…
「これだけだよ。あとは、一番最初の怪我してる姿の『現場写真』はあるよ。これは、俺の言い訳用だね。」
二人はお互いの思い出を語り合いながら、静かな時間を共有した。
白い藤の花は「大切な思い出」の意味があり、簪の飾りは2人の邂逅を象徴しているかのようだった。
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その後、夜になって美咲は胸の張りを宿屋のメイベルに相談した。
瓶2本と小瓶1つを満たして、ようやく美咲は不快感から解放されることができた。
美咲は小瓶だけ取って、残りはメイベルに預けた。
これを一口飲んだ事で、立ち上がる力を得た事を伝える。
メイベルも、試しにひと舐めすると濃厚で複雑な味わいと体の奥から力が漲るのが感じられる。
その価値に驚き遠慮するメイベルに
「本日の迷惑料だと思って、内緒でとっておいて。」
と美咲は言って部屋に戻った。
こうしてようやく、高橋美咲に戻った少女の、長く辛い一日が終わった。
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