異世界へ召喚された女子高生の話-90-
▼その想いを背負って
「……あれ、フィリップはどこに?」
高橋美咲は、彼にとって悲劇となる事実を思い出し、仲間たちに尋ねた。
「あれ、さっきまで後ろにいなかったっけ?」山田剛が振り返る。
ゼルギウスも同様に後ろを見たが、部屋に入ってこなかったようだ。
美咲は外に出て声をかけた。
「フィリップ、私は無事よ。それから……」
彼女が駆け寄ると、フィリップの視線の先に目を奪われ、愕然とした。
「なんで……父さんが……こんな姿に……」
立ち尽くすフィリップは、腐敗してもなお動き続ける父の亡骸を見つめていた。
「まだ動いておったか、エドウィンめ。おっと、坊主も居たのか……あ、いや、スマンなぁ。はは…」
ロウェンもさすがに人情を感じたのか、フィリップを前にたじろいだ。
フィリップはただ、怒る気力もなく、悲しみだけが募って立ち尽くし、父にかける言葉も見つからなかった。
美咲はそんな彼に優しく声をかけた。
「フィリップの願いは何? あなたが私を召喚したとき、心の奥底で思っていたことを教えて…」
美咲の澄んだ声は、彼の悲しみを包み込むように響いた。
「僕の……願い……?? もちろん、それは……父さんと同じさ。
だって見てよ。あんな姿になっても……まだ動いてる。
やり残したって……無念に思ってるに違いない…」
フィリップは動く父の亡骸を抱きしめ、叫んだ。
「僕が、その想いを継ぐから、『魔の源』を断ってみせるから……眠ってくれよ。こんなの、母さんやリナに見せられないよっ!」
ーーフィリップは泣き出した。
さすがの藤井玲奈も彼に同情し、志那都比売神の力で風の防壁を張りながら、清風神社のお札をエドウィンの亡骸へ向けて飛ばした。
すると邪な力が祓われ、動きを止めた。
ーーエドウィンの亡骸は、気のせいか、柔和な表情になったように見えた。
フィリップは父の亡骸を抱いたまま、地面に膝をつき、嗚咽を漏らした。
ソナは優しく彼の背中を撫で、様子を見守った。
玲奈が美咲にお願いをする。
「済まないけど、ここへ来る入り口を開けたときに、かなりの数の異形のモノが外へ出ちゃったのよ……。
今のところ、あなたのミミングしか対抗できる手段がないわ。
…頼めるかしら?」
「分かった。私の願いも目的も決まったわ。フィリップの願いを叶える。
だから、ケジメをつけてくるねっ!」
美咲は微笑みながら答えた。
ロウェンは魔術解析で辺りを見回しながら言った。
「やはり地下の魔の源の暴走が原因のようだ。ミミングと使い手の美咲に反応している。どうやら、天敵のお前を追い出したいみたいだ。だとすると玲奈の言う通りだ。美咲、街の住人たちや、城内の我が弟子たちも救ってやってくれんか?」
「元は、あなたに呼ばれた勇者よ。任せてっ!」
美咲は微笑んで外へ向かう。
「あっ、山田さんはついて来て…」
「えっ?! 俺をご指名?」
山田は嬉しそうに彼女の後を追った。
---ここからの美咲の活躍は異常だった。
まずは城内を駆け回り、ロウェンの弟子たちがゴーレムの暴走に翻弄されているのを助けて回った。
彼の一番弟子のダナン・ティーマスもその中にいた。
「わあ、勇者殿っ?! 助かりましたぁ! ありがとうございます…」
余程、怖かったのだろう、あの頃の高圧的な姿はどこへやら。
美咲のミミングは、石のゴーレムすら簡単に両断し、無力化していく。
雷神トールの武器を切り落とし、戦意を削いだことも頷ける。
山田に任された役目は、彼女の右側に立ち、シーツが開いてもその大きな体で隠すことだった。
美咲も山田もスポーツを毎日嗜んでいるからか、以前リリスが言っていたように、ミミングの使い手と剣の従者ゆえか、軽やかに各地を転戦していく。
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城下の街に入ると、地下から飛び出した異形のモノが暴れ回っていた。
異形のモノは、形が様々で、黒い塊から蜘蛛のような足が複数伸びて歩き回るもの、蝙蝠の翼を羽ばたかせ、魚の尾を地に叩き付けて飛び跳ねて動くモノもいる。
人の姿に近いモノもいるが、兎に角、見境なく、周囲に腕や触手で破壊をもたらしている。
まさに、神話の悪魔、其の物の恐怖を感じさせる。
カラドール騎士団の剣や槍、メイスも通じていない。
疲弊するばかりで、絶望し、逃げようとしていた。
白いシーツを纏った美咲が駆けてきて、ミミングを振るうと、一振りごとに異形のモノは黒い靄となり霧散していく。
隣には山田が美咲の右半身をカバーしながら追従する。
「おお〜っ! ケイリー様だぁ! 花飾りはないが、あの純白の乙女の姿は、見紛うことなく英雄ケイリー様に違いないっ!」
人々は湧き立ち、勇気を取り戻した。
「サイラス様、サイラス騎士団長様はどこにいらっしゃいますか?」
美咲は叫びながら、異形のモノを斬り、次々と場所を移動していく。
「美咲ちゃん、疲れたら休んでいいんだよ。走り続けてて平気?」
並走する山田が不安そうに尋ねる。
「なんでだろう?平気なのよ。山田さんの存在が力をくれる気がするわ。リリスさんが言ってたけど、ミミングに触れて、私を介抱した山田さんは、剣の従者の役割があるそうよ。」
「それで俺を選んだの?」
「あはは、でも切迫なのは、右半身が見えちゃうでしょ。山田さんなら、平気だから選んだの。特等席で見ててよっ♪」
山田は嬉しいのだが、美しい彼女を見続けるのも、少し恥ずかしかった。
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美咲の姿は、白いシーツを纏い、黒い異形のモノを次々と斬り捨てていく。
その勇姿は、空を飛ぶ風の使いとワイバーンからもはっきりと確認できた。
「ねえ、あれって美咲姉ちゃんと山田さんじゃないかな?」
カインが真っ先に気づいて叫ぶ。
「本当だ! あの黒いのをやっつけてるのか? すごい!」
リュークも驚きを隠せない。
彼らが乗る風の使いから放つアルテミス特製のディスラプト・オーブも通じなかった敵を、美咲は軽々と斬り伏せているのだ。
一方、ワイバーンに乗って空の移動を楽しんでいたエリナも、美咲の姿に気づいた。
「嘘でしょ、あれ美咲じゃない? 一体何やってるのよ!」
エリナは驚きながら、ワイバーンを美咲の側へと近づけた。
美咲は空から迫るワイバーンに気づき、警戒の色を見せる。
「うわあ、今度は竜が来たよっ?! これも斬っちゃう?」
対処に困惑する美咲は、隣の山田に視線を送る。
「大丈夫だよ。これはフィリップ君が召喚したワイバーンだ。ね、エリナさん!」山田は美咲を落ち着かせるように言った。
エリナはワイバーンの背から声をかける。
「どうしたの、二人だけで? フィリップたちは一緒じゃないの?」
その言葉に、美咲と山田は一瞬言葉に詰まった。
フィリップの悲しみに沈む姿を思い出し、どう答えるべきか迷う。
ーー美咲は決心したように口を開く。
「山田さん、エリナをフィリップのところへ連れて行ってあげて。彼を支えてあげて、エリナ…」
美咲の真剣な瞳に何かを察したエリナは、ワイバーンの背から素早く飛び降りた。
「どこなの、フィリップは? 早く、案内して!」
エリナは山田を急かし、彼よりも先に走り出す。
「わかった、ついてきて!」
山田はエリナの後を追いながら振り返る。
「美咲ちゃん、気をつけて!」
「うん、大丈夫。リューク、カイン!」
美咲は空を見上げ、風の使いに乗る二人に声をかけた。
「サイラス騎士団長を探してもらえる? 伝えたいことがあるの」
「了解! 任せて、美咲姉ちゃん!」
カインが元気よく答え、リュークと共に風の使いを操って飛び去った。
美咲は一人になったが、その表情には迷いがない。
ミミングをしっかりと握り締め、再び黒い異形のモノたちに立ち向かう。
---これでサイラス騎士団長との合流への展開が整った。
山田も戻り、ようやくサイラスに合流できた。
「騎士団長様、ゴーレムの暴走も、黒い異形のモノたちも、城の地下にある魔の源によって引き起こされたものです。斬るには私のミミングが必要になります。
騎士団や他の同志の方々には、街の住人たちや、己が身を守ることを優先してください。
私が、全て、片付けます。それまで辛抱していただきたいのです。」
美咲は懇願した。
「全て、貴女にお任せするようで、剣を持つ者として恥ずかしい限りです。御身を大事になさってください、ケイリー殿。」
サイラスは敬礼し、二人を見送った。
「美咲ちゃんは、立派で本当に美しいよ…」
山田は惚れ惚れと呟く。
「私も、山田さんが一緒で何より嬉しい。全部終わったら、まだGWの最後の日でも、どこか連れてってよっ♪」
「ああ、今度は俺が、君を連れて回るよ。」
山田は美咲と過ごす日々を想像して心躍らせた。
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宣言通りに美咲は街中を縦横無尽に駆け回り、飛び出した全てを片付けて、あの地下へと戻る。
ミミングが「残るはあの場所」と告げているのだ。
「選択をせよ……剣を持つ者よ……最期の時は近い……」
ミミングの声が美咲の中で響いている。