異世界へ召喚された女子高生の話-48-
▼激情家の父と家族の劇場
エドガー・フィッツジェラルドが馬をゆっくりとエルヴァーナ集落に戻ると、目にしたのは、怒り狂った父ロバートの姿だった。
「マーカス、貴様、許さんぞっ!」
と怒鳴りながら暴れるロバートを、鍛冶屋のグレゴリー・アッシュフォードが必死で宥めていた。
「もう、よさんか。アンタの怒りはもっともだが、少し落ち着いてくれ。」
と、鍛治で鍛えられた体のグレゴリーでも、かつて狩猟で名を馳せたロバートを抑えるのは容易ではなかった。
地べたに這いつくばって震えるマーカスは、血だらけの口から
「済まんかった。もう勘弁してくれ。」
と、震え声で謝罪していた。
そこへ、農婦のマーガレットがロバートの妻キャサリンを連れて来た。
「あなた、もういい加減になさい。集落の長が私情で私刑なんてしたら、信頼を失うわよ!」
と、キャサリンは血相を変えてロバートを諭す。
しかし、ロバートは憤怒が収まらない。
「こいつが…、エリナにした事を許せというのか!」
と吠え、キャサリンに詰め寄る。
エドガーはその様子を見て、何がどうなっているのか理解できずにいた。
ロバートは、エドガーにエリナがアルステッド家にまだいると思い、様子を見に行かせたが、エドガーがいつまで経っても戻らず、不安になっていたのだ。
そして今日になり、集落の広場でマーガレットから、昨日の昼頃にフィリップが現れたことや、エリナがフィリップの魔術で集落に迷惑をかけるペナルティを受けるという話を聞いたという。
しかし、マーガレットがそんな話は初耳だと言うと、ロバートはフィリップに疑問を抱いた。
そこで、フィリップをよく思わないラルフやマーカスたちを問い詰めると、彼らは白状し、さらにマーカスのポケットからエリナの衣服の切れ端が出てきたのだ。
ロバートはその切れ端について尋問すると、マーカスは泣きながら白状した。
「湖で泳いでいたエリナを覗いていて、近くに置いてあった衣服を見て、イタズラしようと思ったんだ…」
と告白した瞬間、ロバートの怒りは爆発したのだった。
エドガーは一連の話を聞き、少し安心したが、事態の深刻さを感じ、父に話すべきか悩んだ。
しかし、このままでは父が収まらないと感じたエドガーは
「父さん、言うか迷っていた事があるんだ。聞いてくれるかい?」
と、尋ねた。
「お前も、俺に隠し事をしているのか?」
と、ロバートは再び怒り出しそうになる。
「父さんがそんなだから…感情的過ぎるから言うか迷ったんじゃないか!落ち着いて聞いてくれよっ!」
と、エドガーは父を叱責する。
グレゴリーは
「ほらみろ。冷静にならんと、信頼を失うぞ。息子に教えられたな。」
と、言って宥めた。
ロバートはエドガーの方を向き
「済まない、教えてくれ。」と、ようやく大人しくなる。
エドガーは
「フィリップさんは、マーカスさんたちの話を利用して遠くへ行くために、オリバーさんの行商に紛れ込んだんだ。一昨日の魔術で手違いで、黒髪の女の子を召喚してしまって、その子を狙う魔法使いから逃げるためにね。だから、マーカスも許してやってよ。フィリップさんの役に立ったんだからさ。」
と、話した。
ロバートの顔つきは険しいままだが、少しずつ落ち着いていく。
すると、キャサリンが
「それじゃあ、エリナはその女の子に、フィリップを取られないように着いて行ったのね?」
と、驚きの声を上げた。
ロバートはその言葉を聞き
「私がフィリップ君との結婚を早く認めていれば、こんな事にはならなかったのに…」
と、今度は涙を流し始める。
エドガーは苦笑いしながら
「姉さんはそんなこと考えてないよ。フィリップさんと協力して、その女の子、ケイリーさんを助けて逃がそうとしているんだ。」
と、説明する。
さらに、「今、アルステッド家は物々しいことになっていて、そのケイリーさんを探しに来た人たちで大変なことになってたよ。エドウィンさんの師匠のリリスさんまで来てたんだ。」
と、話すと、ロバートは
「リリス様か、まだご健在とは…あの時は70代だったから、今は100歳くらいか?」
と、不思議そうに言った。
エドガーはキョトンとした表情で
「何、言ってるの?20代の銀髪の美人だったよ?」
と答える。
ロバートはさらに混乱し
「エリー(エリザベス)は何て言ってる?彼女は10歳の時にリリス様に会ってるんだぞ。20代だと計算が合わんだろ?」と驚く。
エドガーは
「エリザベス叔母さんはリリス様と、エドウィンさんの昔話をして、懐かしんでたよ。」と伝える。
ロバートは不思議そうにしながらも
「まあ、エリーが納得しているなら間違いないだろう。よし、やはり私が行って挨拶しないとな。」
と言って、すぐに飛び出しそうになる。
エドガーたちは呆れて
「だから、落ち着いて。エルヴァーナ集落の長として、もっとどっしり構えてよ!」
と苦笑いしていた。