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異世界へ召喚された女子高生の話-60-

▼美しく咲く華

東の城から走る石の荷馬車は、屈強な石の蜘蛛くもしたゴーレムに引かれ、森の中を疾走しっそうしていた。

石造りの荷台の中、魔法使いロウェンは機能しなくなった鏡を見つめ、絶句ぜっくしていた。
その後ろでは、フード付きのマントを羽織はおった少女が高らかな笑い声を上げている。


「アッハッハ! いきなり校歌を歌い出すなんて、最高ねぇ! 本当に高橋先輩勇者センパイゆうしゃは笑えるわっ。」


「笑い事じゃないだろう。見ろ、『眼』が使えなくなっている。これほどとは……」
ロウェンは目の前のただの鏡となった道具を見つめ、険しい表情を浮かべた。

手を拘束された少女が、あの後、男たちから逃れられるのかという不安が彼の胸に募っつのっていた。


一方、グレイロック村では、フィリップがなりふり構わずアルステッド家に救援を求めたものの、彼らの力をもってしても彼女の行方ゆくえはつかめず、夜になってしまっていた。
村中を捜索しても何の手がかりもなく、あるのはフィリップの手の中にある、真珠のイヤリングだけだった。

ストーンハースト亭の主人ウィルフレッドやメイベルも、目の前から村の英雄が連れ去られたショックを隠せない。
村長のベルトラン・グレイロックも狼狽ろうばいしていた。

対策本部と化した宿のホールでは、怒号どごうが飛び交っている。

「カラドール騎士団が来る前に、報告した村の『英雄ケイリー』を取り戻さねばならない!」

しかし、大人たちの面子メンツの話にすり替わり、大切な黒髪の少女の安否あんぴ蔑ろないがしろにされていた。
フィリップはその片隅で頭を抱えかかえ塞ぎ込んふさぎこんでいた。

守ると約束したはずの彼女が、もう二度とあの溌剌はつらつとした笑顔を見せてくれないのではないかという、重い不安に押しつぶされそうになっていた。


昼間に彼を叱咤しったしたソナでさえ、事態の深刻さに俯いうつむいて泣くしかなかった。

山田つよしやゼルギウス、リューク、カイン、レオン、エドガーはまだ必死に捜索を続けており、戻ってきていない。
大人同士がいがみ合う場所にいたくないのだろう。

父エドウィンの師であるリリスに期待していたが、彼女は
「エドウィンの帰りを待つ。」
との一点張りいってんばりで、捜索には参加してくれなかった。

エリナは、自責じせきの念にかられるフィリップを心配し、そばを離れず見守っている。

「あの……きっと大丈夫だよ。彼女の強さと賢さなら、何があっても切り抜けられるわ。フィリップ、元気を出して……」
エリナの声も力なく、トーンが落ちていく。

フィリップはアルステッド家を出発する際、不安そうにしていた彼女の姿を思い出していた。
あの時、彼女の言う通りにしていればよかった。

こんな連中なんてどうでもいい、彼女のんだ声が聞きたかった。
そう思った瞬間、どこからか歌声が聞こえてくる気がした。

フィリップはおもむろに立ち上がり、音の発生源を探ろうと辺りを見回す。

エリナとソナは、突然の彼の行動に目を見開みひらいた。

フィリップは右手を開くと、その中の真珠のイヤリングから微かかすかに歌声が流れていた。

その歌を聞いた、戻ってきた藤井玲奈れいな驚きおどろきの声を上げる。
「これは……清風せいふう学園の校歌? 美咲みさきが呼んでいるんだわ!」


フィリップは、昨日、新たに結んだきずなの力が糸を手繰るたぐるように、自分を引っ張る方向へと歩き始めた。

その動きに、喧騒けんそうを極めていた大人たちも静まり返り、彼の後を追う。

彼が歩き続け、北東の方向に開けひらけ大路おおじに出たとき、フィリップは立ち止まった。
北東の森から光が立ち上ってのぼっている。


「あれは、何だ?」


「確か、あそこは顔のない神様を祀るまつる教会跡きょうかいあとがある森だよな?」
後ろについてきたウィルフレッドが答える。

それを聞いたフィリップは一気に走り出した。
スポーツウェア姿の玲奈れいなや、エリナ、ソナたちも続く。


光の元へ向かって森を駆け抜け、光を放つ廃れすたれた教会にたどり着く。

扉を躊躇ちゅうちょなく開け放つはなつと、祭壇さいだんの女神像の前で腕を拘束されたまま、旗袍チーパオ襟元えりもとがはだけた少女が、ほのかな光をまといながら歌っていた。

誘拐犯と思われる三人の男たちは、毒気を抜かれたように呆然ぼうぜんと彼女を見つめて立ち尽くしている。

からすの姿はなかった。


「ケイリーっ!」


フィリップは大声で叫び、歌う彼女に駆け寄り抱きしめた。

「フィリップ……待っていたわ。信じてよかった……」


彼女はフィリップに体を預けあずけ、力なく項垂れうなだれた。
歌声が途切れても、光は美しい粒子を散らすように微かかすかに輝き続けている。

「フィリップ、私、…ラブ・ポーションを飲まされて、…まだ体が火照ほてって苦しいの…」

フィリップは、無事な彼女を見て安心し
「よく頑張ったね…。」と、その健闘けんとう称えたたたえた

「あの人たちが言ってたわ。『あの扉を開けて新郎が迎えに来てくれる』って……あなたで間違いないわよね?」

彼女は、熱い眼差しでフィリップを見つめる。
フィリップは、今になってエリナの言葉を思い出した。

——アンタがケダモノになっちゃう

(僕はなんて馬鹿な男なんだ。今さら、エリナや母や妹の言葉を理解するなんて……)

幾ついくつもの言葉を飲み込み、フィリップは静かに答えた。

「ごめんよ、ケイリー。僕は君の期待には応えこたえられないんだ。僕の相手はエリナと決めている。でも、薬草でも魔術でも、できる限りのことをして君の苦しみを癒しいやしてあげたい。」

わかってはいたけれど、聞くのが怖かった彼の言葉を、ケイリーと呼ばれた少女は静かに受け止めた。

「正直に答えてくれてありがとう、フィリップ。でも、私のことは明日から『美咲みさき』と呼んで。『美しく咲く華』という意味よ。ケイリーも素敵すてきだけど、両親がつけてくれた名前も素敵すてきでしょう?」

美咲みさきと名乗った少女は微笑ほほえみ、涙の粒をこぼした。

「……わかった。美咲みさき…君らしくて素敵すてきな名前だ。」

抱き合ったまま、二人は力尽ちからつきるようにその場にひざをついた。

一つの恋の終焉しゅうえんに立ち会った人々も、それぞれの思いで涙を浮かべていた。
夜空には皓々こうこうと月が輝き、二人を静かに見守っている。

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