なんのまとまりもない独り言
もっと頑張りたいと思って、その時いた職場を飛び出して、勇気をもって、努力して、勉強しに行ったのに、「裏切り者」とか、「出ていった人」って言われるって、なんなんだろうなぁ。
また戻ってきて貢献してほしい、っていう考えにはならないんだなぁ。
もちろん、そういう考えの人がいるのはわかっているけれど。
やっと、泣かずに自分の事を話せるようになったのに、涙をこらえて話していると、泣きそうになった私をみて、少し笑って突っ込まれるの、今はすごく嫌。
「挫折した」「外国が合わなかったんだね」
なんて言葉で片付けないでほしい。
自分の意志とは違う行動を取らざるおえなかっただけだから。
それさえも、そのことを、「挫折」というのならば仕方ないけれど。
ずっと仕事中心で生きてきて、留学中は必死に勉強して、今何もせず生きていると、「自分が生きている意味」が分からなくなる。
仕事をしなければ好きなものも買えないし、仕事をしなければ自分で用事を作らなければ家にずっといるし、何もしないことに罪悪感を感じる。
自分の存在する意味をすごく探す。
自分はいなくてもいいんじゃないかなって時々思う。
ピアノは相変わらず弾きたいと思わない。
何もしないほうがいい、ゆっくり休んだ方がいい、と言われても、今までそういう時間の過ごし方をしてこなかったから、どうしたらいいのかわからないし、焦りばかり感じる。
時々、まなびのスイッチが入る。でも、長く続かない。
なかなか難しい。
誰にも会いたくない。
でも、時々会いたいって思う。
自分の話をしたくない。
でも、時々話したいって思う。
前の職場には、嫌な人もいるけれど、尊敬する上司も、大好きな上司も、恩返ししたい上司も、また会いたい上司もいて、またご縁があれば、一緒に仕事させてもらいたいと思う。
私が出来ることは、全力で貢献したいとも思う。
でも、私が努力した時間や、苦しかった時間、その中で得た技術や知識は正当に評価してもらいたい気持ちもある。
私がジュネーブで感じた「音楽」や、私が専門としているものを主張した時に、きちんと理解してくれて、理解できなくても否定してもらいたくない。
それは、私の知識量、人柄、話術、日ごろの行いで変わるだろうけれど。
ジュネーブで学んで大きな収穫は、絶対に譲れない、絶対に忘れてはならない「リトミックとは何か」がわかったことだと思う。
今なら、はっきりと、一言で言える。
それは、当たり前だし、学校の学科名になっているんだけど、結局それが全てだと思う。
次は、もうちょっと楽しい事書かなくちゃね。
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