「怒り」について考えてみる
みなさん、こんにちは!
今日は「怒り」について最近の気付きを書いてみようと思います。
みなさんは、怒りの感情ってありますか?
みなさんには、「怒り」の感情ってありますか?みんなどんなときに、喜怒哀楽の「怒」を感じるんだろう…
「怒り」が人よりないと思っていた
実はわたし、この「怒り」の感情が人よりないと本気で思っていました。もちろん、母親に「なんでそんなこと言うの?」とお年頃あるあるの逆切れをしたり、上司にイライラしてお昼休みに同期に愚痴を言ったりしたことはあります。
皆無であると思っているわけではないのです。でも、やっぱり、自分は怒りがないタイプの人間なのだと思っていました。日常生活でも、「なんでこの人こんなにイライラしているんだろう」「もうちょっと楽しく生きればよいのに」なんて思って、友人に「悟りを開くんか?」と言われていたこともありましたね。
「怒」を「哀」に変えていただけなのかも
でも、なんだかここ最近「怒」をちゃんと感じられるようになってきた気がします。
そして、今までわたしは「怒」の感情を「哀」に無意識に変換してきただけなのかもって。
たとえば、友人から陰口を言われていることを知ったとします。そのときわたしはこう考えます。「たしかに、そうなのかも。そうやって言われるのって哀しいな。自分のここってよくないだな」と。
でも、「そんな陰口言うなんてひどい!ありえん!」といわば友人のせいにして怒りを感じる人だっているはずです。
わたしは前者のような「哀」に偏り過ぎて生きてきたと自覚しています。
「怒」との付き合い方がよく分からない
最近「怒」をちゃんと感じられるようになってきた気がするのは、カウンセリングの影響が大きいです。
一度メンタルが潰れて大変だったから、予防のためにと思い始めたカウンセリング。2週間に1度、定期的に通って3か月ほど、なんだか久々に心の奥底のフタが外されて自分の奥の奥にある心と自分の脳を結ぶセンサーがかなり過敏に稼働している今日この頃です。
メンタルが潰れた時もそういう状態だったのですが、もっと奥底のものと繋がっている感じがします。(一度のメンタル崩壊でもまだ閉ざされていた扉があるようです)
そして、昔に起きたことにも今起きていることにも「怒り」を認識するようになりました。
今までの「怒り」の蓄積が一機にドバっと外に出ようとしていて、それが言い換えれば、一度に「怒り」の出来事が大量発生しているかのように感じられて辛いのだと思います。
感情って難しい、正直しんどいです。
すぱっと「怒り」だけで終わればよいのですが、「怒り」からの自己否定、「怒り」からの不安、「怒り」からの悩み、自分の思考が複雑すぎて今はとりあえず「怒り」を感じている自分を受け入れることに専念しています。
怒りを哀しみに変換し続けると自分が苦しい
それで、「自分、ごめんね」って思いました。すべてを他人とか外的要因のせいにするのもきついだろうけど、すべてを自分のせいにするのもきついです。
もうちょっと誰かのせいにしてよかったし、怒ってよかったし、それを発してよかったよねって。全部を自分のせいにする必要はなかったよねって。
ごめんよ、自分。もっと自分を丁寧に扱ってあげなきゃね。
哀しみっていわば自己否定
哀しみっていわば自己否定だと思います。
鬱などの精神疾患になる大きな原因は、「否定されること」だといいます。こう聞くと、「いじめ」「パワハラ」「言葉の暴力」など人から受ける否定を思い浮かべるかもしれませんが、意外と多いのが自分が自分を否定すること。
常に一緒にいる自分が無意識的に自分を否定する思考を繰り返していくと、それは自分がボロボロになっていきます。
「自分ってやっぱだめだな、頑張らないと」
「自分にはこれが足りないんだ」
こういう思考がすぎるとそりゃいつか詰みますよね。
怒った自分は本当の自分なんだよねと腑に落ちる
数日前、皮膚科に行きました。そこは、平日でも数時間待ちが普通。受付を済ませ、「3時間後にまたお越しください。ちょっとだけ早まる場合もあるので、その場合は電話をしますね。そしたら20分程度でお戻り頂きたいです」と言われ、「近くのカフェにいるので大丈夫です」と答えました。
受付を済ませたあと、数駅先の本屋に行きたくなり、「1時間もかからず帰ってこれるし先に行こう」と向かいました。
そして、まさかの本屋に着いて病院から電話が。「お戻りいただけますか?」と。「え、まだ30分もたっていないよ」と内心思いつつ、20分では戻れないと言うと、「さっき仰ったことと違くないですか?」と強めに言われ…
で、突発的にちょっと強めに言いかえしていました(笑)「3時間後にって言われたので」と。言い返した自分にちょっとだけびっくりしました。
これが本当の自分なのです。
ちなみに、病院に戻ってからは、何人かの他の受付の方に対応の仕方を謝られました。電話の相手は、新人さんだったのかも。そして、わたしも謝りました。こちらも、カッとなってごめんなさい。
怒りは悪
わたしが「怒り」の感情が人よりないと思っていた原因の一つが、育ってきた家庭環境です。
よく父が怒っていたのですよね。いや、よくというか、怒るのがもうとんでもなく怖かったのです。それが、嫌で怖くて「怒り」ってだめなものだという固定観念が根強く芽生えました。
あとは、愚痴っぽい人も嫌いでした。「そんなグチグチ言わなくてもよいんじゃない?自分にだって何か悪いところがあると思うよ」って今まで何度思ったことか。
でも、そうじゃないと気付きました。「怒り」がよいわけではないけれど、「怒り」って人間だれしもに備わっている感情で、それと上手に付き合うべきなのです。
「怒り」を抑圧していたら、それは本来の自分を否定してしまっているのと同じなんだと思います。
今多分ちょっと辛い時期
「怒り」について書きましたが、今ちょっと辛い時期です。
「怒り」を含めて、自分と自分の感情との付き合い方を改めて見直している時期だから。自分と向き合うってこういうことなんだろうなと俯瞰して見られている自分もいます。
もし、同じようにちょっと辛い時期を過ごしている方がいたら、一緒に乗り越えましょうね。急に寒くなって来たし、たくさん食べてたくさん寝て、頑張りすぎずに乗り越えましょう。
大丈夫、辛いけど、でもデトックス期間なのです。デトックスされたら、自分自身との付き合い方もちょっとクリアになってまた調子のよい日々がやってきます。だから、大丈夫!
わたしは今日はあたたかいご飯をたくさん食べて、明日からの旅行に備えてゆったりしたいなと思っています!
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