「体力がない」って公言していこ!
昔から体が弱かった私。喘息持ちだったから、少し走るだけでゼーゼーとして苦しかったし、旅行などで標高の高い場所に行くと、呼吸がしにくくなっていた。
風邪もよくひいたし、胃腸も弱かったし、肺炎にも何度もなっていた。母は、私が小さい頃、何度救急病院に連れていったことかと言う。体も小さくて体重も極端になかったため、ちょっと押したら倒れてしまいそうな体の作りをしていたと思っている。
そんな私も、中学生から運動部に入り、運動をするようになったからか、食べる量も徐々に増えていって、風邪をひくこともかなり減り、走ってもすぐにゼーゼーとしていた症状もだいぶ緩和されていった。
運動部に入る時は、主治医の先生にNGを出された記憶があるけれど、そこは相談を重ねて入部してよかったなって思っている。
最近ホリエモンさんのYouTubeを紹介された。体の弱いと言う女性と対談をする内容なのだが、ホリエモンさんが言う言葉が何だかとってもしっくりときたのだ。
「体が弱い人は鍛えても治らない」と言っているのに対しては、自分がそこは頑張っているところだからか、「体力は努力で向上できるものだ」とちょっと反論したいと思う気持ちもある。
ランニングを始めて半年ほどが経つが、少しずつ長時間長距離を走れるようになってきている。そうやって継続をしていると明らかに走れる数値が伸びてくることを体感して、体って変わるのだと実感している最中だ。
でも、基礎代謝がおばあちゃん並みなところはランニングをやったところで半年以上経っても変わらない。それはやはり生まれつきの体力はほぼ変わらないということなのだろうか、と考えると少し悲しくはなってしまう。
兎にも角にも、私は「体力がない」ということを自覚して、受け入れて今後は生活をしていきたい。そのほうが、自分に優しいし、無理しすぎることもないし、いろんなことが腑に落とせる気がしているからだ。
体力がないのがダメなわけでもなく、そんな自分に価値がないわけでもない。体力がないのであれば、ないなりに工夫して生きていくことをすれば良いだけのこと。
この三角形は何を表しているかというと、人間は「体力」が基盤となっていて、気力と能力の多い少ないは体力の有る無しとダイレクトに関係してくるということだ。体力をUPさせるとそれに付随して能力も気力も大きくなる。つまり、何事においても「体力」はとんでもなく重要だということだ。
この図を知ってから、私は体力をもっと上げようと試行錯誤をしてきた。根本的な体力が上がったかというと、実際のところよくわからないが、それでも筋トレによって筋肉量が上がったり、ランニングによって持久力が上がったり、変化はしていることを感じている。
それでも、その努力も自分で認めたうえで、自分には「体力がない」とそろそろ認めて、それをまるっと受け入れて、だからどうすればいいか、ただがむしゃらに頑張るのではなく、どうしたら体力がない部分を補えるのかをもっと考えてみたいと思っているし、その必要性を今痛感している。
サポートいただきまことにありがとうございます。 読者の方の日常を少しでも彩ることができるよう、精進して参ります。 引き続き、よろしくお願いします🍀