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雨が嫌い ~対象喪失~

その人は、雨が嫌いでした。

嫌いというより、苦手でした。

頭が痛くなる。体がだるい、疲れる。起き上がるのも信じられないぐらい辛い。

そう言っていました。

その人は数年前大切な人をなくしていました。とても好きな人だったそうです。でも、結婚はできません。不倫だからです。

10年以上そばにいて、顔を見ただけでお互いの気持ちが手に取るようにわかりました。同じものを見て同じように感動し、言葉を交わさなくても伝わる老夫婦のように、お互いがお互いを穏やかにしていきます。

そんな関係がある日突然続けていけなくなりました。

彼が、ガンにかかったからです。

彼と奥様が別れることをその人は望みませんでした。

そのため、奥様に見つからないように何度もメールのやり取りはあったそうですが、それ以上のことは入院してからなくなりました。メールのやり取りも入院して半年後からやめました。毎日、メールを見つからないように消している彼を思い、それが難しくなるんじゃないかとの心配をしたからでした。

『ガンダムみたいなマスクを受けて治療を受けてます。まだ、生きています』

それが最後のメールでした。

その半年後、彼はなくなりました。

娘さんの結婚式にも出席し、とても幸せそうな写真がお葬式に並びました。彼の配慮のおかげで、その人はお葬式に行くこともできました。

でも、その人は言います。

「会えなくても、どんなでも生きていてくれさえすればそれでよかった」

10年以上の付き合いの中には、会えない数年があったりもしていたからの言葉です。

そんなふうにいうその人は雨が嫌いです。

彼の仕事は水道管工事をする人だったので、雨になると昼間のデートができます。また、雨をこよなく愛する彼だったこともあり、雨の日は心地が良かったそうです。

彼が死んでいらい「雨の日は頭痛がする、体調が悪い、だるい」などの症状が出るようになりました。

その人は彼が原因だなんて一つも思っていませんでした。

しかし、これが対象喪失という現象で、彼を喪失したことによるストレスで身体にまで症状を出した、そういうことになります。

その人に、

思い出していいんだよ。忘れていないことを受け入れていいんだよ。もういない、淋しい。それでいいんだよ。自然と薄れていくまで、身の上に彼を乗せていていいんだよ。大丈夫、それだけ雨の日に一緒にいたんだね。雨の閉ざされた空間の中に、二人きりでいたんだね。調子が悪くなったら、彼を思っているんだねって心に言ってごらん。そしたら、自然と薄れていくから。

そういう風に、伝えました。

対象喪失は愛する人を失うことで起きる精神の動きの一つだけれど、それ以外で起きることもあります。ただ、今回のその人のように若くして、気持ちの疎通ができる相手を失うと、どうしても重くなる傾向があるように思います。

この方は、彼から「生きなさい。俺のためになんて死ぬな」と言われていて後追い自殺すらできなかったそうなので大丈夫ですが、お年を召した方でパートナーが死ぬのと数年の間に残されたパートナーが亡くなることがよくあります。これは後追い自殺の一種です。

あなたがいないと生きる気力がない、張り合いがない、どんどん弱っていってしまいます。

最近だと、樹木希林さんのご夫婦がそんな感じでしたね。

ちゃんと自分の気持ちを話して、相手の死と向き合うことはとても大切だなと、今回の話を通じて改めて思わされるエピソードでした。


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