リスキリングと芸術教室
この記事は2023/08/18に配信を行なったメルマガの転載です。
みなさん、こんにちは。エスノグラファーの神谷俊です。
皆さんは、夏休みはありましたか?お盆休みに旅行に出かけた方や帰省された方もいらっしゃるかと思います。我が家も、東海道新幹線を利用し、関西方面へと出かけました。
台風や大雨の影響で計画変更を余儀なくされたり、5時間も新幹線を待ったりして、なかなか過酷な旅路だったのですが、振り返れば「それもまた良い思い出だな」と思ってしまうのが不思議ですね。人間の脳は未来に向かうように出来ているのでしょう。
リスキリングとは
さて今回のメルマガのテーマは、リスキリング(Re-Skilling)です。
「環境変化に適応するために、新たな知識や技術を習得すること」を意味します。
第4次産業革命が到来しています。様々な技術革新が起こっているなか、新たな教育やスキル獲得が求められています。この時代背景を踏まえて、世界的に推奨・推進されているのがリスキリングです。
弊社のクライアントでも、人材開発方針にリスキリングを加えた企業がいます。シニアの社員を対象に、社内研修やe-learning講座の拡充を行う企業もいらっしゃいます。今後も、多くの企業がリスキリングをテーマに人材開発を進めていくのでしょう。
様々な取り組みが進む中で、私個人としては、些細な違和感や「これじゃない感」も抱きつつあります。今日はそのことについてお話をしたいと思います。
子供たちの芸術教室
その違和感についてお話する前に、1つエピソードを共有しておきたいと思います。
子供たちの芸術教室に関するお話です。このエピソードとリスキリングの話が、後ほど関連してきますので、それを念頭に一読ください。
私の子供は、芸術教室に毎週通っています。そこでは、アーティストの先生が子供に「つくること」について教えてくれます。「絵がうまくなる!」とか、「図工の成績が良くなる!」とかではなく、”つくるひと”になれたら、この子の人生はきっと幸せなものになるだろうと思い、その芸術教室に通うようになりました。
私は子供たちが創作活動している間、少し離れた場所に座って読書をしながら彼らの様子を見学しているのですが、これが非常に面白いのです。
ある時は、「画用紙で作品を作る」というテーマでしたが、様々なアプローチが見られます。デッサンが好きな子は、鉛筆を握り、モチーフを観察しながら黙々と描き続けています。紙を使った工作が好きな子はハサミを使って、チョキチョキといろいろな形を切り出し、それを組み合わせて画用紙に貼り付けています。うちの子供は色を使うのが好きなので、パレットに何色もの絵の具を出して、混ぜ合わせ、カラフルな絵を描いています。
彼らがある程度作品を仕上げてきた頃、先生が動き始めました。
デッサンが好きな子の近くに行って「今度はペン画に挑戦してみよう」と提案します。デッサンが好きな子は、勢いよくうなづき、鉛筆をペンに持ち替えました。ペン画はモチーフの輪郭を正確に捉える必要があり、また消しゴムで消すことができません。デッサンが好きな子は何枚も描き直しながらも、モチーフから目を逸らすことはありません。集中して1枚の作品を描き上げました。
次に先生は、紙を使った工作が好きな子のところに寄って「次はちぎってみよう」と提案します。その子は、ハサミを置いて、色画用紙を豪快に破り始めました。一通り、「ビリビリ!」を楽しんだ後に、今度は小さくちぎり始め、先ほどハサミで切り張りした絵に「花びら」や「星」を表現していきます。こちらも真剣です。
最後に、うちの子のもとへやってきて一枚目の絵が完成している(サインまで書いてある)ことを確認すると、今度は「にじみ絵をやってみよう」と提案してくれました。「にじみ絵」とは、濡れた画用紙に絵具を滲ませながら、色彩のグラデーションを活かして表現する絵のことです。子供は「ふぁー!」と言いながら、滲んでいく絵の具に驚いています。
ときおり、互いの作品を見やりながらも、子供たちの集中は途切れることなく、全員が2つの作品を仕上げました。作品紹介の時間は、皆が誇らしげな表情をしています。豊かな時間であったことが見て取れました。
シフトを楽しく
伝えたいことは、リスキリングを進めていく中で、子供たちが見せたような「楽しさ」や「フィット感」はあるのか?ということ。
リスキリングは、言ってみれば「ポジション」のシフトです。いま手掛けている業務内容やそれに関連して修得してきた知識や技術、人間関係や権限など......そのような「現在地」から別のフィールドに目を向け始めることです。今のままでは、自らの市場価値が相対的に低下してしまうので、別のポジションへお引越しする準備をしよう。それがリスキリングの本質だと私は考えます。
そのときに、真面目に義務感と切迫感でシフトをするのか?
それとも、子供たちが見せたような楽しさや集中を感じながらシフトしていくのか?
いずれのシフトが自らの充実感を高めるのかは、言わずもがなでしょう。
リスキリングを推進している幾つかの企業の施策を視察したときに、「教育」的な側面がやや強過ぎるのではないかと感じたことがあります。
「スキルを修得しなければまずい!」という危機感を刺激するレクチャーがあり、定期的に講座が開かれ、講師がトレーニングをする。それを受講者は「難しい」と連呼しながら適応できるように奮闘していく。「教室」のような空間がそこに広がっていました。「勉強しなければいけない」そんな切迫感や、義務感が漂っており、Person Job Fit(職務内容と個人のフィット感)が軽視されているような印象を受けました。
もちろん、子供たちの遊びのなかで生まれる学びと、ビジネスキャリアに関わる学びを同一視してしまうのはやや粗い論理展開ではありますが、基本的な構造としては似ているのではないかと思います。
デッサンが好きな子には、ペン画。
紙を切りたい子には、ちぎり絵。
色が好きな子には、にじみ絵。
それぞれの個性や“好き”を伸ばすような芸術教室の育成方針に、私たちが学べるところはあるのかもしれません。願わくば、自らの内に未知の可能性を感じながら、好奇心と冒険心で未知の領域に乗り出していく。そんな人が増えていく時代になっていったらと思います。
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