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たっぷりと鰹節をかけよう

展望台は4、5台停められる駐車場から階段を10段ほど上った芝生にあった。ベンチがふたつ、望遠鏡がひとつ、ほとんど利用者がいない地域活性化の施設がひとつ。誰もいない夜中にひとり、座ってセブンイレブンで買ったホットコーヒー(ラージサイズ180円)をひとくち含んだ。

みかん畑に囲まれた台地で、海と空を遮るものはなにもない。月が真下の海に銀色の帯をつくる。白く染められた筋雲が低く不気味にのしかかるようだったがそれでも空は星たちが支配していて、死んだら星になるなんて嘘だと思った。

展望台の照明灯がふつりと消えた。0時21分。去年は0時19分だった。海に何かが点滅していたので望遠鏡で覗いてみた。密漁者かもしれないから。遠くでトラックの音がする。日野かいすゞだろう。

周りに人の気配はなく、三種類の秋虫が三種類に鳴いた。アオサギがぎゃあと鳴く。紺色のTシャツを脱ぐと仰向けにベンチに寝そべる。夏の大三角形ってどれのことなんだ。人工衛星がゆっくりと過ぎゆき、飛行機が点滅しながら西へ向かった。友はパイロットとして日本航空に入社したが、風の噂に辞めたと聞いた。

バンと銃声のような破裂音がした。みかん畑に侵入するイノシシを追い払うため定期的に鳴らす仕組みである。獣肉を加工する施設を継がないかと電話が掛かってきたことがあった。ワシは次にやらねばならんことがある。彼はかつて、風俗店の経営者だった。

思いがけず長く流れ星がはしった。願い事もできず、願い事もなかった。サン・テグジュベリに『人間の土地』という著書があったことを想い出して図書館の蔵書をスマホで調べたが、そこにはなかった。

台風が近づいている。東風がさっと吹き、蚊を遠ざける。気持ちよく放屁するとさっきまで私であった気体は流されて夜に消えた。立ち上がると、月に照らされた影が芝生に落ちた。少し腹に肉がついたな。でも、首から肩にかけての筋肉はまだある。私は影を見ながらシャドウピッチングをはじめる。ストレート、スライダー、シンカー。

明日はあの直売所で採れたてのゴーヤを買って、味噌と麺つゆで炒めよう。そのうえからたっぷりと鰹節をかけよう。
  

  


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