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LANY Good Girl を聴いて

 
 私が初めてLANYのGood Girlを聴いたのは、ショートフィルム『ティファニー・ブルー』がYouTubeの広告として流れたときだった。

そのとき私がYouTubeで何を見ようとしていたのかは全く思い出せない。が、『ティファニー・ブルー』が流されると、私は広告スキップボタンの存在を忘れ映像に釘付けになる。理由は、彼らのやりとりのツールが、LINEであったからだ。

「今度の休み、旅行とかどうかな」
「いいかもね」

男性のLINEの文面は、常に素っ気ない。
映像は、彼女のいないところで起こる男性の日常を流す。

「おはよう」
朝、彼が彼女にLINEを送ったところで、LANYのGood Girlが流れ始め、物語が始まる。

二人は仕事の忙しさ故になかなか会えずLINEでやりとりをしているが、その時間がお互いにとってとても大切なものであることがひしひしと伝わってくる。

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 中学生のとき、ずっとLINEでやりとりをしている男の子がいた。彼とは半年くらい付き合ったが、別れた後も数年毎日やりとりをしていた。今日学校で起きたこと、綺麗な夕焼けの景色、読んだ本のこと、おはようとおやすみ。私がお勧めした本を、彼は買って部室で読んだと言い、このシーンが面白かった、ここはどうかと思った、などと送ってくれた。

高校三年生になると私は受験勉強が忙しくなり、彼は「受験が終わるまで」と言って連絡を閉ざした。彼の文面はいつも短く、素っ気なかったが、どこか暖かかった。何か通じ合っている気がした。

受験が終わると再び、私は「受験終わった!行きたいところ受かった!」と言って、またやりとりは再開した。それぞれ大学に入学して、彼は「女子とうまく話せない」だの、「こういう部活に入った」だの、たくさんの話をしてくれた。

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 ある日、彼は「歓迎会で女装をするから、私のスカーフを貸して欲しい」と送ってきた。
私たちは新宿に待ち合わせて、スカーフを渡した。
彼は、
「ドコモタワー好きでしょ?あっち歩こうよ」
とサザンテラスの方を指して言った。
「うん」

気付いたら、代々木駅に着いていた。

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 夏休みになって、私は山に行きたいと思った。雑誌で見た湖とそこに囲まれた森林のある風景に魅了され、「なんとなく」彼を誘った。なんとなく、その景色には彼が相応しいと思ったからだ。

私たちは湖を一周して、山の空気をいっぱい吸い、電車で新宿まで帰った。彼は帰り道、とても静かだった。
そして別れ際に、
「これあげる」と綺麗に包まれたお菓子を渡して、「LINEするね」と言った。
何かを迷っている様子だった。

分かれて30分くらい経ったとき、LINEが来た。
「言い出す勇気なくてLINEになっちゃうんだけど、俺、彼女できたんだ」

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 怒りのような感情を覚えた。それは好きだったからでもなく、彼女がいるのに二人で出かけたからというわけでもない。

羨ましかった。

LINEのやりとりでつくられてきた<私たちの世界>から先に彼が抜け出せたことが、とても羨ましかった。

大学に入って、好意を寄せられたり、気になる人もできた。それでも、彼と私でつくってきた架空の世界からどうも抜け出せず、「何かが違う」と常に恋愛をできずにいた。 彼は、とっくに抜け出せていたのかもしれない。

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大学に入って二年目の夏休みも終わりに差し掛かったとき、私は好きになると確信した人に出会った。

彼は山手線の中で、
「好きな曲は何?」と聞いた。
私は、
「LANYのGood Girlという曲が好きですよ」と言った。

彼は私にイヤフォンの片方を渡し、自分のiPhoneでGood Girlを流した。

「一緒に聴こう」

山手線の、かたんことんといういかにも電車らしい音、循環してゆく人の動き、寒すぎるすぎる冷房。彼と一緒にGood Girlを聴き終わると私は、

あ、抜け出せる。

そう確信した。

                 2020/05/21

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