「言葉で表現できないものに声を」ノーベル文学賞ヨン・フォッセ
[語注]
award ~ for ~
~を称えて〔賞などを〕与える[授与する]
innovative
〔アイデア・手法などが従来のものとは異なり〕革新的な、創造力に富む
play
戯曲、脚本
prose
散文
unsayable
言葉で言い表せないこと
戯曲作家・詩人であるヨン・フォッセは、1959年にノルウェー西海岸のハウゲスン( Haugesund)で生れました。詩、童話、小説、戯曲と作品は多岐に渡ります。戯曲だけでも40篇を超え、世界の50か国以上の言語に翻訳されています。
作品上演が最も多いのはフランス語圏(フランス、ベルギー、スイス)とドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)。
日本では『だれか、来る』『名前』『眠れ、よい子よ』『ある夏の一日』、『死のヴァリエーション』、『スザンナ』等の戯曲が上演されています。
2007年に『死のヴァリエーション』(アントワーヌ・コーベ演出・照明)に出演した長塚京三氏は、今回の受賞に際して、談話を寄せています。
作品は全てニューノルシュク(nynorsk、新ノルウェー語)という言語で書かれています。
ノルウェーには、大きく分けて二つの言語があります。一つは、首都オスロ―を中心とした地域で使われるボークモール(bokmål)。これは一般言語で、学校でもこの言語が使われています。
もうひとつがニューノルシュクで、フォッセ氏が現在住んでいるベルゲン(Bergen)を中心とする西海岸で使われる書き言葉です。19世紀中ごろにイーヴァル・オーセン(Ivar Aasen)という言語学者が、西海岸地域にたくさんある各種方言を集め、それらを古いノルウェー語と合わせて作り上げました。
当時のノルウェーは400年を超えるデンマークの支配から政治的に独立したばかり。文化的にもデンマークから独立しようとする運動が活発な時期でした。ニューノルシュクは、デンマークの影響が強いノルウェー語を排して、古来からあるノルウェー独自の言語を復活させようとする動きの中から生まれた言葉です。
フォッセ氏がニューノルシュクで作品を書く理由は、この言語が彼の地方の言語であり、ローカル性のベースになっているから。田舎臭い響きのあるニューノルシュクは、フォッセ氏の素朴さや飾らない人柄によく合っている、と評されることもあります。
フォッセ氏が7歳の時、作家の道を進み始めるきっかけとなる出来事がありました。
フォッセ氏は朦朧とした意識のなかで初めて、言葉では説明できない「何か」を見ました。自分を外部から見ているもうひとりの自分がいました。死がすぐ傍にありました。この距離感、自分を外部からみる目線。これは作家の根本的要素だと、フォッセ氏は振り返り、この時から自分は作家なんだと思うようになりました。
フォッセ氏の作風は、必要のない情報を削り取った詩的な文章が特徴です。また、何度も繰り返されるフレーズが、頻繁に登場する「間」と合わさり、音楽のような特殊なリズムを刻んでいます。その内容は、神秘的で、この世とあの世の空間などが登場し、日本の能にも通じると言われることもあります。
ノーベル賞受賞直後のインタビューで、フォッセ氏の作品を初めて読む人へのお薦めを聞かれ、彼は次のように答えています。
[語注]
rather
多少、少々、わりに、まあまあ◆veryの控えめな表現
suggest
〔人に適切な物や人を〕推薦する
『朝と夕』(英題 “Morning and Night”、原題”Morgon og kveld”)には、ヨハネスという人の一生が描かれています。第一部がヨハネスという子どもが生まれる日の物語。そして、第2部はヨハネスという老人が死ぬ日の話です。
ヨハネスはもう亡くなっていますが、本人は気づかずに目を覚まします。ベッドから起き上がり、服を着て、台所でコーヒーを飲み、たばこに火をつけますが、味がしません。「おかしいな。でも身体が楽だな」と感じます。
友人と釣りに出かけ、釣り針を海に投げますが海面に浮いたまま。友人から「海は君をもう受け入れてくれないね」と言われます。この第2部では、ヨハネスはもうこの世にいない、と読者が徐々に分かるようなヒントを、誌的に面白く表現しています。
年内に初の日本語の翻訳本が出版される予定とのこと。今から待ち遠しいですが、それまではETC英会話の先生と一緒に、英語版でフォッセ氏の作品を味わってみてはいかがでしょうか。
(*)参照資料等
The Nobel Prize, Press release
※First reactions | Jon Fosse, Nobel Prize in Literature 2023 | Telephone interview
下記は長塚京三氏が出演した舞台「死のバリエーション」のレビューです。作品の内容についても、詳しく解説されており、フォッセ氏の戯曲の特徴を知る上でも興味深いです)
※ 夢幻能の世界観も感じさせる戯曲 時間、空間の交錯を具象化する演出
(今井克佳(東洋学園大学准教授)、2007年7月15日)
※長塚京三さん「日本上演増えて」 ノーベル賞ヨン・フォッセ氏を語る
(朝日新聞、2023年10月5日)
※「Death Variations」(『死のヴァリエーション』英文訳、抜粋と思われます)
※「Dødsvariasjonar」(上記のノルウェー語版)
※『北欧の舞台芸術』
※Nobel prize winner Jon Fosse: ‘It took years before I dared to write again
※産経新聞本紙、11月1日
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