煙草

何気ない瞬間に君を思い出す。
もう2年も前のはずなのに、今でも君の幻影(かげ)がチラつく。
ほんとにふとした瞬間に君が僕の中に姿を表す。
でも、少しづつ、君の顔は不鮮明になり、思い出せなくなって来てる。
それが少し切なくて悲しい。
だから、少しでも五感に働きかけてみようと思って、君の吸ってた煙草を買ってみる。と言っても、煙草の銘柄に自信はない。
なんとなく、記憶を頼りに煙草を買ってみる。ライターと灰皿も用意した。
僕が吸えない煙草。
緑の箱をフィルムで覆っている。
部屋に戻り、フィルムを剥がすと、メンソールの匂いが鼻をくすぐる。
だけど、残念ながら君のことは思い出せない。
箱から1本、煙草を取りだしてみる。
それを見よう見まねで口につけて、煙草に火をつけ、吸いこむ。
なれない煙にむせて、すぐ口から離す。もう、君どころじゃなかった。
換気扇をつけて、口の中ゆすいで、落ち着くのを待つ。
あぁ、そういえば換気扇の下で煙草を吸う君の横でビールを飲んだっけ。
君と飲んだ銘柄は覚えている。
だから、冷蔵庫からそれを取りだした。
部屋の中を少し燻らす煙が、煙草の匂いが、僕の部屋を満たす。
それでも君の顔ははっきりと思い出せない。
換気扇の下で、煙草の煙と匂いを感じ、吸えない煙草を見つめながら、君の横で飲んでた時のように缶ビールを飲んでみる。いつものビールと違って変な味がした。たぶん煙草のせいだと思う。
少しだけでも、あの時の君を感じれたらって、煙草に期待したけど、短くなるだけ。
君を感じる事はない。
それが少し寂しかった。
二口目の缶ビールを口にする。
お酒が好きな僕と君。
煙草とビールが記憶を蘇らせることを期待したけど、思い出すのは一緒に行った居酒屋のメニューばかり。
味は思い出せないのに、メニューだけが頭を過ぎる。情けない。
スマホに君の写真がひとつでもあれば、こんな事しなくても君の顔を思い出せるのにと今更の後悔をする。
気が付けば、火をつけていた煙草は燃え尽きようとしていた。
煙草の先から昇る煙が儚く揺らめいている。
まるで、君の顔が消えるように煙草の煙はか細く消えていく。




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こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
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