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小判鮫


初めに

こちらは配信アプリSPOONの自主朗読企画「サヨカラ物語」用に書いた作品になります。
フリー台本となってますので、ご利用の際には作者クレジット「タニーさん」をつけて頂きますようお願いします。

「小判鮫」


  小判鮫。

 それがいつしか私に付いたあだ名。
 いつも私はアキちゃんの後ろをついて走っていた。アキちゃんは小さい時からのお友達。
 男の子に負けないくらいお転婆で、元気が良くて、私には眩しくて仕方なかった。
 いつも向日葵みたいな笑顔で、走るのが大好きで、すらっと伸びた手足がカッコよかった。
 だから、中学生になって、アキちゃんに誘われて陸上を始めた時は嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、いつも一緒に練習してた。
 最初はアキちゃんにとてもじゃないけど着いていけなくて、置いていかれてた。置いていかれる度に寂しくて、それでいてアキちゃんの背中を追いかけるのが私の目標になっていた。
 アキちゃんは1年生の時から先輩に混ざっても負けないくらい早くて強かった。とりわけ、1500m走は誰にも負けないくらいに早くて、輝いていた。
 でも、私はあんなに早く走れない。走れないからいっぱい練習した。少しでいい、少しでいいからアキちゃんに近づきたくて頑張って練習してた。
 私は中学の陸上部で2年、3年と過ごすうちに、いつしかアキちゃんに並んで走れるくらいになっていた。
 それでもアキちゃんは早くて強い。だからアキちゃんが1位で、私はいつも2位だった。
 そんな時、先生に言われたのが「お前は、あいつに遠慮してるのか?」って言われた。前に出ろって言われたけど、私がアキちゃんに勝てるわけがない。だから先生に「アキちゃんが強いだけです。」と答えた。
 その頃から色んなところで聞こえてきた「小判鮫」というあだ名。
 アキちゃんを前にして風よけにして体力を温存する卑怯者と呼ばれた。私はただ、アキちゃんと走れて、そしてアキちゃんの背中を追いかけるだけで良かった。
 だから、私は前に出るなんて必要はなかった。
 そして3年生の夏。最後の大会。
 予選はアキちゃんと別々の組になった。私は先に予選を迎えるアキちゃんに声をかけに行くとアキちゃんから「決勝で勝負ね!」と笑顔で言われた。あの向日葵のような笑顔。アキちゃんからこう言われると私は負ける気がしない。私は頑張ると答えてガッツポーズを見せた。
 するとアキちゃんが「ねぇ、ユウはいつも私の後ろにいるけど、それって本気で走ってるの?」っていきなり言われた。
 私は困った。いつも一生懸命走っている。それに早いアキちゃんに勝てるわけがない。私はそう伝えた。
「私はユウが本気だとは思わない。最後くらい、私に勝ちに来て。」そういうとアキちゃんは行ってしまった。
 私はなんだかモヤモヤした。なんでそんなこと言うの?アキちゃんと一緒に走っているだけで楽しかったのに。
 それから予選を通過し、私はアキちゃんと走る事になった。
 1500m。トラック3周と4分の3。これが私たちの最後の競技。
 アキちゃんはまた、私に言った。「遠慮なんかしないで、私に勝ちに来て。」そういうアキちゃんの目は真剣そのものだった。「私は小判鮫のユウに勝っても嬉しくないの。」というアキちゃん。私は何も言えなかった。言えないまま、決勝のスタートラインに立っていた。
 他校の生徒も含めて、皆が一斉にスタートの合図を待つ。パァーンと合図がなり、私は走り始めた。アキちゃんの「小判鮫に勝っても嬉しくない」という言葉が頭を過ぎった。
 私はいつものように集団に紛れて走り出した。その先にいてるのはアキちゃん。アキちゃんが集団の先頭を走っている。私はいつものようにアキちゃんの背中を見て走る小判鮫だった。
最初のトラック4分の3を走り、そしてトラックの2周目が終わろうとした頃にアキちゃんが動いた。ペースを徐々に上げだしたのだ。私はそのまま引き剥がされそうな気がした。だからアキちゃんについて行くように私もペースを上げた。
 すると他の選手も同じようにペースを上げ始めた。そして最後の1周になった時に鐘がなる。
 そこからまたアキちゃんがペースを上げた。私はそのアキちゃんの背中を見て、アキちゃんの本気を感じた。
 どんどんとペースが上がるアキちゃん。それに食らいつく私。気づけば他の選手はいなくて、2人きりになっていた。
 トラックの第3コーナーに差し掛かった時にアキちゃんが本気で私に勝ちに来てると思った。そう思ったら「小判鮫」で居られなかった。だから私は第3から第4コーナーに抜けて直線に来た時にアキちゃんの横を抜けるように外に出た。
 その瞬間、目の前に広がったのは誰もいないコースだった。いつも見ていた背中の向こうが見えた気がした。
「これがアキちゃんの見ていた世界。」と思うと自然とゴールラインに向かって足が伸びていた。でもまだアキちゃんと並んでるだけ。少しでも、少しでも前に、前にって思って足を伸ばした。腕を振った。ラストスパートをお互い駆け抜けたー

 結果はアキちゃんの優勝。いつもと同じ。同じなのに私は悔しかった。悔しくて、悔しくて、こんな気持ち初めてだった。初めて見た、アキちゃんの背中の向こう。初めて並んだアキちゃんの横。そして、初めて感じた。

「アキちゃんに勝ちたい。」

 私はこの時初めて、アキちゃんのライバルになれた気がした。
 それから季節は巡って春。私はアキちゃんとは違う高校に行くことにした。そして、卒業式の後、アキちゃんにこう伝えた。
「高校行ったら、私達ライバルだね。私はアキちゃんに勝つ。もう小判鮫じゃない。」
 アキちゃんは向日葵のような笑顔で応えてくれた。

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