ハロウィンの夜には


ハロウィンの夜には

     トリックオアトリート!と元気で可愛らしい声がする。
 玄関を開けると、魔女に狼男にお化けなどなど、子供たちがそれぞれ思い思いの格好をしている。
「イタズラされちゃ堪らんからな、これで勘弁しておくれ」と私は用意していたキャンディーを子供たちの前に出す。
 子供たちは満面の笑みでキャンディーを掴んで帰る。
 私にもあんな頃があったな、と思うとともに思い出すことがある。
 それは私がまだ小さい、それこそ先程の子供たちのような年頃の話だ。
 
 アレは隣町へのお使いの帰りだったか。ハロウィンを間近に控えた時期だったと思う。用事を済ませて帰ろうと思ったら雨に見舞われ、雨宿りを強いられた。
 すぐ止むだろうと思っていた雨がなかなか止まず、雨がやんだと思ったら日は傾いていた。
 私は急いで帰る為に近道をする事にした。隣町との間に大きな森があり、それを迂回するのが通常なのだが、昼間の森を抜けた事があった私は大丈夫だろうと思って森を抜けることにした。
 しかし、森は昼間こそ木漏れ日で視界は確保出来たものの、夕方から夜にかけてどんどん闇が深くなる。
 闇が深くなる中を私は一生懸命走った。
 走って走って早く帰ろうと必死になっていた。
 しかし、雨に濡れてぬかるんだ地面と木の根に足を取られて転んでしまい、そして周りを見る。
 真っ暗闇だ。
 真っ暗な夜の森の闇はただただ怖かった。恐ろしかった。
 だから私は近くの木の幹に体を預けて小さく小さくなって震えていた。
 そんな時だ。どこからともなく話し声が聞こえてきた。
 すがるような気持ちでそちらを見ると、あかりが見える。私は急いで走り出した。
 走れば走るほど、その声は、あかりは大きくなる。
 心細く寂しい私は必死だったのだろう。
 その異形さに気づいたのはかなり近くに来てからだった。
 あかりはランタンから漏れる光で、その影が大きく照らしたり、小さくなったりと安定していない。そして聞こえてくる声は話し声であったが見える影は一人の影だけだった。
 もしかしたら普段ならその異様さに気づいたかもしれない。
 しかし、不安で仕方なかった私は藁をも掴むつもりで彼に近づいた。ほんとに藁を掴むことになるとは。
 その人影はずっと独り言を喋ってるいようだった。
「しかし、お前はほんとに喋らねぇなぁ! しかも覚えも悪い。」
 と甲高い声で喋っている。
「それでまた返事もないんだから呆れて物もいえねぇ。」
「とは言うがジャックよ。お前が喋るのが早いんだよ。」とさっきとは違ったくぐもった声が聞こえた。
「へっ! そりゃお前みたいにちんたらしてたら火が消えて息が詰まっちまう!」
 私はこの不思議なやり取りに不思議に思ったが、声をかけて見た。
「す、すいません。道に迷ってしまって…」
 すると、その人影はピタッと止まり、さっきまで軽快に話していた声も聞こえなくなった。
「あ、あの。すいません。もし良ければ…」と私は続け、男の顔を覗き込んだ。
 その顔を見て私はギョッとした。それはずた袋にボタンや刺繍などで作られたマスクをしていたからだ。あまりの異様さに私はその場で尻もちを着いてしまった。
「プッ…ブハハハハハ…」と笑い声がする。その笑い声はマスクの男からではなく違うところから聞こえた。
「おい! スケアクロウ! お前の顔見てこいつ、腰抜かしやがったぞ!」と聞こえた声はあの甲高い声だった。
「そうか、そうか! ハハッ、こいつの顔見て腰抜かすやつがいるのか!」と人を小馬鹿にしたようにその声は言う。「なあ、スケアクロウ! 良かったじゃねぇか! この後の集会で土産話ができたぞ!」とさっきから喋っている声を探ると、これまた驚いた。
 ランタンが喋っているのだ! このスケアクロウと呼ばれたずた袋の男が持つランタンがケタケタと笑い飛ばし、唾を飛ばすように火の粉や口の中の蝋を飛ばしている。
「なぁ、ジャック。そう馬鹿にしたように喋るな。この子供が可哀想じゃぁないか。」とずた袋が言う。
「ハァ? そんなもん知るか! 俺たちは人間脅かしてなんぼじゃないか!」とランタンが言う。よく見るとこれはカボチャのランタンだった。カボチャを顔の形にくり抜いて中に蝋燭が灯されている。
「大体な、お前みたい薄気味悪いマスクをした見た目して、カラスを追っ払うしか能がないんだ。こんな夜に人間脅かした! なんていやぁアイツらもお前の事見直してくれんだろうが!」とそのカボチャのランタンは喋る事に口や目のところが表情豊かに動く。
「なぁ人間! お前も言ってやれよ! こいつの顔みて腰抜かしたって! そしたらこいつももっと堂々とできるってもんさ! ほら、ほら!」とまくし立てて来る。
「なぁ、ジャック。人間を困らせてやるな。」とたしなめるずた袋。
「はぁ? なぁ聞いたか人間! 俺たちが人間を困らせないでどうするっていうんだ? モンスターが人間を脅かさないなら何を脅かすって言うんだ!」
 私はこの不思議なランタンと不気味なマスクマンとの会話を聞いてるうちになんだか安心してしまった。多分、それだけこの森の中にいるのが不安だったのと、誰かと居るという安心感が強かったんだと思う。
 気づけば私は笑っていた。二人のやり取りを聞いて笑っていたのだ。
「そうだよ! 人間の僕を脅かさないで何を脅かすんだよ!」とつい言ってしまった。
「ほら見ろ! スケアクロウ! 人間も言ってるぞ! ここぞとばかりに脅かしてやんなよ! …あれ? なんで人間笑ってんだ?」とカボチャのランタンが不思議そうに言った。
「だって、あんた達の会話聞いてたらおかしいんだもん!」と私は素直に答えた。
「おかしいって? むぅ…こりゃまた、魔女のカラスに馬鹿にされちまう…」とカボチャは眉をしかめた。
「魔女!? 魔女っているの?」と私は素直に聞いてみた。
「そんなもん決まってんだろ! いるいる!」とカボチャが言う。「アイツ、いつも俺を捕まえようとするんだよ。あの鍋に入れて煮込ませようとするんだぜ! グツグツの中に入れられたらドロドロに溶けるっつうの! まじ勘弁してくれっつうの! それにな、アイツの連れてるカラスがまた…」とまくし立てるように魔女の文句を言う。それがおかしくておかしくて私は怖いのも忘れて聞き入ってしまっていた。
「なぁ、ジャック。人間がずっと笑っているが、これは俺が舐められてるんじゃなくてお前が笑わせているんじゃないか?」「はぁ? そんなわけないだろ! お前は能無しな上に頭の中は藁だらけ! 能無しの脳無しがそんなこと分かるわけないだろ!」
「でもな、ジャック。お前が喋れば喋る程人間はケタケタ笑っているぞ?」と言うとランタンはぐぬぬと言わんばかりに顔をしかめていた。
「おい、人間! お前はなんでまたこんなところにいるんだ! 普通はこんな時間にこんな森を通ることなんかないだろ!」と話を変えて来た。
「あ、そうだった。僕、早くうちに帰りたくて、この森を抜けようとしたんだ。でも真っ暗で道が分からなくなって…」と言うと急に私は寂しくなってきた。
「はぁ、なんだよ。お前そんなら早く言えよ。家はどっちなんだ? 北にある街か? それとも南の町か?」
 南の町、と応えると「なぁ、ジャック。こいつを町の近くまで連れて行ってやってもいいんじゃないか?」
「はぁ? なんで俺たちが! …まぁ、仕方ねぇか。おい人間! 近くまで連れて行ってやるよ!」
 私はほんとに嬉しかった。だから私は彼に抱きついた。するとガサッ音がして、埃っぽくてカビ臭い臭いがして私はすぐに体を離した。
「ゲホッゲホッ、すごいカビ臭い。ゲホッゲホッ」
「そりゃお前、藁で出来たスケアクロウだぜ? カカシ男だぜ? 年がら年中畑に突っ立ってるんだからそりゃカビ臭のも仕方ねぇや。」とケタケタカボチャが言う。
「なぁ、ジャック。そんなに臭いか?」「そんなもん、鼻のない俺がわかるか!」「それもそうか。」「いや、納得すんなよ!」
 こんな感じで二人は終始喋ってくれていた。
 特にモンスターの話は面白かった。
 狼男は凶暴そうに見えてすごく懐っこいし、ゾンビは意外と動ける様で集団で踊り出すし、ゴーストは死んでるのにめちゃくちゃ陽気で一番人を怖がらせて喜んでるから怖がるなとか色々教えてくれた。
 そんな話が楽しくて気づけば森の入口まで来ていた。
「あ! 町のあかりが見えた! ありがとう!」と振り返るともう二人の姿はなかった。
 私は急に寂しくなり、そして深々と頭を下げた。
 
 それから毎年、ハロウィンの時期になるとあの二人を思い出す。カボチャのランタンを作ってはカカシの元に供えるようになった。
 またいつか、彼らに会えるのではと思っていたが、どんどん森は小さくなり、今ではもう彼らはもう居ないと感じるようになっいた。
 それでも、特別な夜である事には変わらない。
 ハロウィンになると思い出す、不思議な思い出の夜。


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こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
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