夏祭り
小さい時の記憶というの意外と曖昧で、でも鮮明な記憶として残っている物もある。
僕の中で1番、古くて鮮明に覚えている記憶は夏祭りだと思う。祖母と母に連れられて行った田舎の夏祭りが、僕の中ではとても忘れられない思い出となって残っている。
その日は両親に連れられて、母方の祖父母の家に来ていた。その日を写真などを見ると浴衣を来てとてもはしゃいでいたらしい。
カランコロンとなる下駄を履いて、庭をずっと歩いていたと聞いている。また、祖父と一緒に縁側に座ってスイカを食べてもいた。スイカの汁でベタベタになって嬉しそうにスイカの種をプップッ、プップッ飛ばしては祖父と競い合っていたと母や祖母から聞かされた。
そして、庭先で初めて着た浴衣を見せびらかすように満面の笑みでヒーローのポーズを決めている自分の写真が可愛かった。
そしてその浴衣を着て僕は初めての夏祭りに落ち着きがなかったと聞かされている。ことある毎に母や祖母に「お祭りまだ?」と聞いていたそうだ。多分、お祭りという響きに何かしら惹かれるものがあったのだろう、僕の祭り好きはこの頃に出来上がったのかと思う。
日も沈み、家族で夏祭りに行こうとした時には父と祖父はもう出来上がっていてらしく、2人してビールを飲みながら野球中継に精を出していたと聞かされた。なので初めての夏祭りは祖母と母との思い出。後年、父と祖父はことある事にこの話を持ち出されては居心地の悪そうな顔をしていた。
ここまでは後年の母や祖母から聞かされた話で、写真などからついたイメージなのだが、今から話す部分はうっすらと僕の中で残っている記憶、つまり1番古い思い出になる。と言っても、母や祖母から聞かされて補完されている部分も大いにあるが。
祭りに出かけたのはまだ、日は明るい時間帯だったと思う。夕日で空はオレンジ色に染まり、反対側の空は暗く、夜の色を滲ませていた。先に話したように僕は浴衣で、祖母も母もそれぞれ浴衣を着ていた。それだけでもう胸の鼓動が早くなっていたのを覚えている。
僕は祖母の手を引いて一生懸命に祭りに急いだ。後ろで困ったように祖母が「祭りは逃げないよ」と優しく声をかけてくれていたが、それでも僕は少しづつ浴衣の人が増え、太鼓や笛の音が大きくなるのを聞いてワクワクが止まらなかった。
あまりにも急かすものだから、母が僕の空いている手を優しく握って、祖母と二人してゆっくり歩くから仕方なく僕もゆっくり歩かされた。僕は「早く行こうよ!祭りが終わっちゃうよ!」と2人を急かしたけど終わらない、終わらないと優しくたしなめられた。
僕は空の色がオレンジ色から薄い暗闇の空に変わっていくのがもどかしくて仕方なかったが、それと同時に聞こえてくる祭囃子と薄く暗い空を明るく染める賑やかな明かりがはっきり見えたのが印象的だった。
そしてもうはっきりと屋台が並んでいるのが見えると僕の気持ちは抑えきれなくなり「お祭りだ!」と大きな声を出していた。そして母の手を振りほどいて祖母を引っ張るように屋台の並ぶ人混みに駆け出していた。
初めて見る屋台の列に小さい僕は何もかもがキラキラして眩しかった。
初めてのお祭りを目の当たりにした僕は祖母に向かって、「あれは何してるの?」と指を指す。「あれは金魚をすくうのよ」と祖母が答える。「金魚をすくうの!やってみたーい!」とすぐに飛びつく僕。そして初めて金魚すくいの水槽を覗いた僕は鮮やかな金魚の中に黒くて目が大きいのがいるのが目についた。「おばあちゃん!黒くて目がデッカイのいるよ!」「あれはデメキンって言うのよ」「変なの!あれ欲しい!」と狙いを定める。
僕はポイを握り、そして先程のデメキンに狙いを定める。そして勢いよく水の中にポイを突っ込むがデメキンはおろか、普通の金魚すら捉える事が出来なかった。
「あぁ、逃げられた」としょげる僕に金魚すくいのおじさんが「残念だったな!」と豪快に笑っていた。なんだか悔しくてもう一度さっきのデメキンに狙いを定めるが、結局捕まえる事は出来ないどころかポイに張られた紙が破れてしまった。
「おばあちゃん。穴空いた」と情けない声を出したと思う。そして金魚すくいのおじさんが「坊っちゃん、まだあと2枚あるから頑張んな!」と豪快な笑顔で僕に言った。しかし、初めての金魚すくいでそう上手く行くはずもなく、2枚目もすぐ穴が空いてダメになった。僕はもう泣きそうになっていたと思う。そこで「あのデメキンでいいの?お母さんに貸してみて」と母が最後のポイを掴んだ。僕は祖母にしがみつきながら、母の金魚すくいを見ていた。
母がタイミングを見計らって、スっとポイを動かす。すると母は見事に先程のデメキンと赤い金魚を2匹まとめてすくってくれた。
僕は母が何をしたのか全く分からなかったが、それでも、僕が狙っていたデメキンともう1匹の金魚を捕まえた母がとてもカッコよかった。「お母さん、ありがとう!」と僕は満面の笑みでお礼を伝えると、母は「どう?お母さん、凄いでしょ!」と笑顔でガッツポーズをしてみせてくれた。
僕はそんな母がとてつもなくかっこよくて誇らしかった。金魚すくいのおじさんも「坊っちゃん、お母さん凄いね。」とあの豪快な笑顔で言ってくれたのが殊更嬉しかった。
その後も母は最後のポイを使って2~3匹の金魚を取ってくれたが、紙が破けてそれ以上は取れず終い。
その金魚を持って満面の笑顔でピースしてる僕とその横にいてる母とで撮ったもらった写真が残っている。
その金魚をずっと嬉しそうに眺めていたので母が「よそ見してると迷子になるよ」って言って金魚を預かってくれた。
僕は少し寂しかったが次に目に付いたのがわたがしだった。わたがしに目がいったというよりもわたがしをつつむ袋がヒーロー柄で気になったのが本音だった。「おばあちゃん、あれ!」と指さして「あぁ、わたがしだね。」とわたがし屋さんに向かう。
祖母がおひとつお願いします、と伝えるわたがし屋さんが棒をひとつ取り出した。
その様子が気になった僕を母が抱っこしてくれて、わたがしが出来上がる様子を僕に見せてくれた。
わたがし屋さんがクルクルと円を描くとまるで魔法の様に棒の先に雲ができ上がり、どんどんと大きくなっていく。
多分、僕は目を大きくてその様子を眺めていたと思う。母から「あの時のアンタの顔、ほんとに可愛かったよ。目をキラキラさせながらわたがし覗いてたもん」と後年聞かされていた。
僕はその魔法の棒が不思議でならなくて「どうして雲が出来るの?」とわたがし屋さんに聞いていた。わたがし屋さんは「おじさんが魔法使いだからだよ」と言うと僕は殊更目をキラキラさせていたらしい。そんな魔法使いのおじさんが「ボク、いいかい。その魔法のわたがしはいい子にしてないと貰えないんだよ。だから、今日はお母さんとおばあちゃんの言うことちゃんと聞いて、困らせないようにな?でないと、その魔法は消えてしまうからね。」と念を押された。僕は大きく「はい!」と答えるとおじさんが「いいお返事だね。」と優しく笑って出来上がったわたがしをヒーローの袋に入れてくれた。
僕はそのヒーローの袋を眺めていると、今度はそのヒーローの顔が目に飛び込んできた。いや、正確にはヒーローのお面が目に飛び込んで来たのだ。 僕はそのヒーローのお面が気になって「おばあちゃん、あれ!」と指さして、ヒーローのおめんも買って貰えた。僕は本当に、本当にヒーローになった気でいた。
その後も射的やくじ引きなどを楽しんだ僕なんだけど、ふとした瞬間に祖母と母からはぐれてしまった。(後年、聞かされたところによると母が祖母になんでもやらせすぎと話している時に少しだけ目を離してしまったらしい)
僕は目に飛び込んでくる色んなものに気を取られすぎて、気づいたらひとりぼっちになっていた。「おばーちゃーん!おかーさーん!」と大きな声で呼んだが返事はない。僕は不安になって大きな声で何度も何度も祖母と母を呼んだ。じっとしていられなくて、2人を探しに走り出した。走り出したは良いけど人混みに遮られ、祖母も母も見当たらない。僕はわたがしを無くさないように大事に大事に抱えて声の限りに叫んだ。叫べば叫ぶほど不安が募り、どこまで行っても出会えない。とうとう僕は我慢できなくて泣き出してしまった。
寂しくて泣いていたら、大事に抱えていたわたがしの袋がぺちゃんこにしぼんでしまっていた。僕はわたがし屋さんの「困らせたら魔法が消える」の言葉を思い出した。2人とはぐれて困らせてしまった、だからわたがしがなくなってしまったのだと。
そう思うとなおさら寂しくなってさらにわんわん泣いてしまった。もう1歩も動けなくてその場に立ち尽くし、祖母と母とこの先会えないんじゃないかと思いだしていた。
その時、急に大きな音が聞こえ、空が明るくなった。僕は驚いてその音がした方を向くと夜空に大きな光の花が咲いて、そして消えていった。僕はその大きな空に咲いた花を見て寂しい気持ちも2人を探すことも吹っ飛んでしまった。花火に見とれていたんだ。
そんな僕を優しく誰かが抱きしめた。
僕はハッとしたが、すぐにそれが祖母である事に気づき、安心したらまたわんわん泣いていた。僕はそのまま祖母にしがみつき、気づくと祖母の家に帰っていた。
祖母が見つけてくれた後、僕は泣き疲れて眠っていたらしい。
もちろん全てちゃんと覚えていた訳じゃなく、断片的に覚えている記憶だけど、母が金魚すくいをしてくれた事、おめんやわたがしの事、そして何よりも、優しく抱きしめてくれた祖母の事は今でもはっきり覚えている。
その祖母も去年亡くなり、もう一緒に夏祭りに行く事は出来ないが、今は妻と息子が居て、実家の両親と一緒に地元の夏祭りに向かおうとしている。
息子は初めてのお祭りにときめいている様子で落ち着きがない。多分、あの日の僕もこんな風に落ち着きがなかったのかなと思うと口元が緩む。そして、もう1人、落ち着きないのがいる。父だ。父曰く、また酒飲んで野球見てたら何言われるかわかんねぇからな、と余程僕の時に行かなかった事でずっと言われ続けたのが堪えているらしい。それに初孫だ、可愛いのもあるんだろうと思う。さっきからずっと息子と一緒に遊んでいるがデレデレしているのを見ると自分の父ながら可愛いと思えてくる。
そして夕方、妻と母に手を引かれてお祭りに向かう息子の姿を見るとあの日の自分もこうだったのかなと重ねてしまう。記憶の中の祖母と母が重なって見えた。なんだか、目頭が熱くなって来た。
その時、肩を叩かれ、「嫁さんの浴衣姿に見とれてねぇで、ちゃんと自分の子供を見てやんな!でないとお前もずっと言われるぞ」と父が豪快に笑った。
僕の息子の初めての夏祭り。オレンジ色に染まった空を背景に僕は3人の後ろ姿を目に焼き付けた。
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こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
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