雪の中

はじめに

SPOONで行われた白在ハクアさんの「令和夢十夜」に書き下ろした作品になります。
フリー台本となりますので読んで頂けると嬉しいです。
クレジットに「作タニーさん」もしくは「作タニー」を入れて頂くようお願いします。
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「雪の中」

  こんな夢を見た。
 自分は雪の降る中を歩いている。ザッザッと歩く度に雪を踏みしめる音が、しんとした中に聞こえてくる。夜の闇の中を背中に弟をおぶって自分は歩いていた。
 弟は風邪だと思うがかなりの熱を出していた。氷枕を使ってはみたものの、熱は一向に下がる気配はない。
 こんな時に両親がいれば良かったのだが、両親は共に出稼ぎに出ているのですぐには帰ってこない。
 このまま看病をしても良かったのだが、それだと熱にうなされる弟が不憫に思えた。
自分は意を決して、1番近い医者の所まで弟をおぶって連れて行くことにした。
 背負った弟が背中で小さく「ごめんね。」と呟く。自分は気にするなと伝えた。背中で感じる弟は熱い。外は寒いと思い、着込んではみたがこれだと弟が可哀想だと思えた。しかし、そのまま着込んで外に出た。
 冷えるなと思っていたが、外は雪が少し積もっている。これは着込んできて良かったと思った。
「兄ちゃん、外は涼しいなぁ。」とまた背中で弟が呟く。自分はそうかと答えた。答えたらなんだか、弟は少し熱が下がった気がした。
 自分はこの雪の中をザッ、ザッと歩いた。途中、何度かずり落ちてくる弟を背負い直したりした。その都度、弟の軽さを感じた。
 弟は6つになる。小さい時から病弱で体は頑丈な方では無い。 それでもこんなに弱々しいと感じたのは初めてだ。それは背中の軽さだけではなく、耳元で感じる弱々しい呼吸からも感じ取れた。自分はなるべく急ごうと思ったが、足元を雪に取られて思ったように進めない。気ばかりが焦る。いつもならもう着いていてもいい頃合いのはずが、雪のせいか、それとも弟をおぶっているからか、恐らく全体の半分も進んでいないんじゃないかと思えた。
 自分は弟に寒くはないか、辛くはないかと聞いた。弟は弱々しく「大丈夫。」と答えた。それからも歩く。ザッ、ザッと雪の中を歩く音だけが響く。
 何度か足元を取られてこけそうになりながら、それでも踏ん張った。弟を下ろして休みたいとも思えた。弟に悪いと思いながら、しかし自分はここまで頑張ったし、弟もこの気温に晒されて少しは熱が下がって楽になったんじゃないか、少しくらい休んでもいいんじゃないか、と思えてきた。
自分は少し休んでいいかと聞いた。弟は答えない。答えないから自分は歩いた。ザッ、ザッと踏みしめる。その音だけが静かに響く。
 寒くないかい、しんどくないかいと背中の弟に聞く。しかし、返事はかえってこない。
 ザッ、ザッと雪の中を進む。心做しか先程よりも雪は深くなってる気がする。
 ザッ、ザッと雪の中を進む。度々、弟に大丈夫か話しかけた。しかし返事は無い。外が寒いからか、弟の体温は先程よりも冷たく感じた。
 こうして夜の道をザッザッと歩く。寂しく暗い夜道をいつまでも。
 そこで自分は目が覚めた。
 これはもう何十年と前の話。自分はこの後のことをよく覚えている。弟の体温は次第に冷たくなっていった。
自分はなんだが恐ろしくなって泣いていた。もしかしたら、もしかしたらと、怖くて泣いていた。
 それから自分は医者のところまでたどり着いた。自分は弟にやっと着いたぞ、頑張ったな、と声をかけた。しかし反応は無い。弟は熱でしんどくてそれどころでは無いと思ったので下ろしてみたが、弟は返事もなければ動かない。
 自分の心臓がドキンと大きく脈打った。
 医者も何かを感じたのか、急いで弟をどこかに連れていった。
 しかし、弟は冷たいまま、目を開ける事はなかった。
 自分は、この夢を冬になると必ず見る。なぜあの時、無理に連れ出したのか、自分があの時、弟を連れ出さなければ違っていたのか。
 自分はこの夢を見続けているうちは自分の事を許せないのだろう。
 もしかすると弟が自分を恨んでいるかもしれない。だから、自分はこの夢を見続けているのだろう。
 いや、見せられているのかもしれない。
 自分はあと何回、この夢を見ればいいのだろうか。

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