お好み焼き
香ばしい。これが匂う…いや、似合うのは色々あるけどお店ならやっぱこれだ。
お好み焼き屋。
ソースが鉄板に熱せられた時の香り。あれがもうたまらない。ほら、換気扇から漏れてくる匂い。こっち来い! こっち来い! って誘ってくる。ふらりふらりとつられて入ってしまった。
店内には香ばしいソースの焦げる匂いが充満していた。食欲がそそられる!メニューに期待が高まる。
パッと目を通していく。豚玉イカ玉にモダン焼き。ホルモンにキムチが入ったスタミナ玉とか魚介が入ったシーフードなんかもある。垂涎(すいぜん)のラインナップだ。
これはもう、浜辺でビキニの美女を見つけて眺めてる以上に眺めがいのある景色である。
さぁ、ここで選ぶのはなにか。この選択が天国と地獄の分かれ道。地獄の三丁目に行くか、天国でおしゃかしゃまと抱き合うか、それが決まる重大な決断。
ンンンン…君に決めた!ミックス!
豚もイカも入ったボリューム満点なミックス!さながらこのボリューム感はパッキンのボンキュッボンなおねーちゃん!さぁ、君を美味しく頂こうじゃないか、ミックスちゃん。
という訳で「すいませーん」と元気よく呼んでバシッと「ミックス一つ! あとご飯も!」と注文。「ついでに生中もお願いします!」
さぁこれが最強の布陣。白い砂浜をイメージさせる「ご飯」砂浜に打ち寄せる波の如く「生中」そして熱々の鉄板が夏の浜辺の熱気を現す。
こんな最強のシチュエーションに迎え入れるは「ミックスちゃん」
あぁ、ダメだ。ここはお好み焼き屋ではない。夏の浜辺!そう、楽園ベイベーだ!
よし、お好み焼きのタネががボウルに入って送られてきた。コレをしっかり掻き回して行く。
ふんわりして欲しくて空気を含むようにかき混ぜる。そして油を敷いた熱々の鉄板にタネを流し込む。
ジュ~~~
聞いた?鉄板の上でいい音鳴らすミックスちゃん!これはもうアレだ。産声だ。
ミックスちゃんが素敵な大人のボンキュッボンになるためにあげた産声なのだ。
この横で砂時計をひっくり返す。三分間。片面が焼き上がるまで待つ。
ミックスちゃんの白い素肌。穢れのない純新無垢な白いミックスちゃん。これから君は大人の階段を上がる。それをただ、ビールを飲みながら待つ。こんな贅沢な三分間は中々ない。
じっくりと焼き上がる君を見つめていると砂時計は全て砂を落としていた。人生は儚い。一瞬のうちに君は子供から少女へと成長したかのようだ。
そして片面がしっかり焼けたミックスちゃんをひっくり返す。
あぁ、健康的に、そして小麦色に焼けた肌。あんなに白かった彼女は日焼けをして健康的な小麦色の肌が似合う少女へと成長していた。
まだだ、まだ、手を出すには早い。
もう食べてしまいたい衝動に駆られながら傍らにある砂時計をひっくり返す。
彼女の成長は目まぐるしい。この瞬間瞬間を逃さないようにしっかりと目に焼き付けておこう。
そう、人生は儚いんだ。一瞬で成長する彼女をしっかり育て上げる。それが大人の嗜みってもんじゃないか。
そしてグラスに手を伸ばす。今すぐにでも彼女を食べてしまいたい衝動に駆られる自分を抑えるためにもグラスに残った酒を一気に煽った。
「生中おかわり!」と威勢よく頼む。
そしてその時は来た。とうとう来てしまった。ひっくり返した砂時計の全ての砂が落ちていたのだ。
あぁ、この時が来たぞ。
今すぐにでもかぶりつきたい気持ちに駆られつつ、それでも最後に彼女をしっかり美しいレディに仕上げる必要があった。
カウンターに備え付けられたソースを塗る。
まるでお化粧の下地を塗るように全体にソースを馴染ませる。そしてマヨネーズで可愛く彩る。さらにカツオ節をまぶせるとユラユラとそれはダンスをする。最後の仕上げに、彼女に、ミックスちゃんに青のりをふりかけた。
これ以上ない美人に育て上げた。もう、我慢する必要は無い。
私は手に持ったヘラで容赦なく、ミックスちゃんを切り裂いた。流れ落ちるソースとマヨネーズがまるで断末魔の如く叫ぶようにジューっと鳴る。それでも容赦なく、食べやすいサイズへと切り分ける。
私は多分、この時とてつもない光悦な表情をしていただろう。それだけ、このミックスに愛情を注いだのだ。
私は一口サイズになったミックスちゃんをヘラで掬い、そして口に運ぶ。
熱い! さすが焼きたて!
口に入れたミックスちゃんをホフホフ言いながら噛み、そして食す。
口の中に広がるソースとマヨネーズの二重奏!
美味い、美味すぎる!しかし、忘れてはならないのがご飯の存在だ。
小皿に小分けしたミックスちゃんをのせ、そしてお箸でご飯の上に乗せる。
そして私はご飯ごとお好み焼きを口に放り込む。
あ、あぁ…美味い。ソースとマヨがご飯に混ざり、お好み焼きの味をご飯が引き立てる。
口の中で幸せなカルテットが奏でられている。
ミックスちゃん、ありがとう。こんなに美味しく育ってくれて。もう、満足なんて言葉じゃ足りない。
私は余韻に浸るようにオカワリしたビールに口をつけた。
こちらは配信アプリSPOON似て行われな自主企画『銀匙食堂』に投稿した作品になります。
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