ギフト
最初に
配信アプリ「SPOON」にて行われた自主企画。
「ビターな大人の恋物語」用に書き下ろした作品になります。
サムネ:photoACよりshellisan様の作品
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こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
ご利用の際には以下のページを一読お願いします。
「ギフト」
鏡の前に立つ。ほうれい線や目尻の小じわが目立つようになってきた。そんなこと、もしかしたらあの人は何も気にしていないかもしれない。
それでも、少しでもあの人の気持ちをつなぎ止めたいと思い、化粧水に手を伸ばす。
あの人が仕事から帰ってくると、甘い香りがするようになったのはいつの頃か。それは私の知らない香り。
あの人が香水をつけることがあってもこんな匂いの香水はしない。ほのかに香る女の匂いだ。多分、若い女と過ごしているのだろう。確認する勇気は無い。
あの人は昔から優しくて、仕事もできた。人柄も良く、周りからも慕われている。そんな慕っていた1人が私だ。
社内恋愛だ。私は週末に彼の家に向かい、一緒に過ごし、そのままデートに行く。そうやって愛を育み、そしてそのまま一緒になり、二人の子供にも恵まれた。
今では子供たちも大きくなり、手がかからなくなると、自然と二人の時間も取れるようになって来た。だから、週末には彼を誘いカフェや公園、動物園など二人の時間を過ごす事も少しづつ増えてきた。まるで昔のように。だから私は安心していたし、彼の見せる優しい笑顔が歳を重ねても私に向けられるのが、彼の細くて綺麗な手を今でもこうやって繋いで過ごせるのが、私には幸せでならなかった。
しかし、いつしか週末の帰宅が遅くなる日が増え、そして彼からあの匂いが微かにするようになった。
少しづつ、少しづつ。あの匂いを意識するようになっていった。
私は子供たちにも、そして旦那にもいつもと変わらない素振りを続けた。
彼は素敵だ。そんな彼と築けた家庭が私は好きだ。子供たちも私達夫婦を慕ってくれている。絵に描いたような理想の夫婦じゃないか。それがこんな些細な匂いで壊したくない。だから私はその匂いに目をつぶった。目をつぶる事でこの幸せが守られるならいいじゃないか。
それでも彼と過ごす週末は楽しかった。家族サービス、と言ってしまえばそれだけなのかもしれないが。
そんなある日、彼のカバンに小さな箱を見つけた。綺麗にラッピングされたそれはアクセサリーブランドの名前が見えた。そこに添えられていたメッセージカード。そこには一言「お誕生日おめでとう。」と書き添えられていた。
それを見て私は胸がときめいた。もう少ししたら私の誕生日だ。彼が私のために誕生日プレゼントを用意してくれていたんだと思うと私は笑顔になり、期待に胸が膨らんだ。
素直に嬉しかった。嬉しかったから私はその箱を見なかった事にした。知らないまま、当日を迎えたかったから。
そして私の誕生日。この日は子供たちと主人が準備をしてくれて、美味しいものやケーキなど色々用意をしてくれていた。こんなに胸が踊る誕生日は久しぶりだった。
家族からの「お誕生日おめでとう!」と共に出てきたのはあの箱ではなく、それよりも大きな袋だった。
中を見てみると、それはマフラーだった。私は少しガッカリしたが、そんな素振りを見せるわけにはいかない。
「ありがとう」と私は満面の笑みを浮かべる。それを見て喜ぶ旦那と子供達。
私の誕生日はそれで終わった。期待したブランドの小さな箱が私の元に来る事はなかった。その時、あの匂いがした気がした。あの甘い香りが。私は1人泣いた。こんな姿、旦那にも子供にも見せられない。だから1人こっそりと泣いた。
私は母親として子供たちと過ごし、旦那と週末を共に過ごす。
その時間があるからいいじゃないか。彼は歳を重ねても素敵なんだから。あの人とだから築けた幸せじゃないか、と自分に言い聞かせても次から次へと涙が溢れた。
見なければ良かった、あんな箱。そこに書いていたメッセージが脳裏を過ぎる。
誕生日くらいは期待したかったのに。
それからはまたいつもの日常に戻る。妻として、母として、気丈に振る舞ういつもの日常。
私は今日も鏡に向かい、化粧水を手に取る。彼が私といつまでも過ごしてくれる事を願って。少しでも綺麗な自分でいることで彼が離れないことを願って。
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