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酒樽骸骨と幽霊船の伝説

はじめに

こちらの作品は音声配信アプリSPOONにて個人企画「Halloween Monsters」用に書き下ろした作品となります。

幽霊船と酒樽骸骨の伝説

  この地域には伝わる話がある。

 それは、ハロウィンの夜に現れる幽霊船の話だ。それが海賊船なのか、それとも客船や商船なのか分からないが、帆を張り、沖の方からゆらゆらと幻影の様に現れて岬の方に消えていく姿を見た者は後を絶えず。噂では沈没した幽霊船だと言われているが、詳細は分からない。 ただ、その船が現れるのは決まって10月30日になるかならないかの深夜に現れ、10月31日の日付が変わる頃にはまた沖の方へと蜃気楼のように消えていくのだ。
 このハロウィンの前日に現れて、そしてハロウィンの夜に消えていくことから、ハロウィンに帰ってくる幽霊達を乗せた冥界の船ではないかと噂されている。
 元来ハロウィンとは冥界と現世(うつしよ)との隔たりとなる門が開き、先祖の霊が帰ってくる日。しかし、冥界の門が開くという事は先祖の霊だけでなく、悪霊や悪い精霊が人の魂や子供を攫いに来ると言われている。その悪霊達から身を守るために、仮装し、魔除けの香を炊くという風習が出来たのだ。では冥界はどこにあるのか?という所から水平線の向こうや、霧に覆われた海などから現れるこの幽霊船が海の向こうにある冥界の門を渡って現れているのではと考えられていた。
 そんなある年の事。ハロウィンの時期に差し掛かり、町はカボチャやカカシで彩られ、先祖の霊を迎える準備で賑わっていた。そしてそろそろ幽霊船が現れると皆が口々に噂している。そこに1人の少年が海を見つめ、幽霊船を今か今かと待ち構えていた。
 彼は家族を早くに亡くし、1人海に出ては魚を捕まえて日銭を稼ぐ孤独な少年。町の中で良くしてくれる人も居たが、親がいない事や愛想の無さが彼を孤立させ、時には同年代の子供達から迫害される事もあった。彼はそんな生活に嫌気をさしており、いつしかお金持ちになればと空想するようになっていた。
 そんな折、聞こえてきたのが幽霊船の噂だ。「財宝がたんまり積んである。」これは根も葉もない噂だ。しかし、彼にはこの生活から脱却するチャンスだと感じた。だから彼は幽霊船を虎視眈々と狙っている。その眼差しは力強く、決意に満ちていた。
 そして10月29日。彼はいつも幽霊船が現れる海に小舟を出して待っていた。風もなく、波も静か。それに大きな満月と満天の星。幽霊船が現れる岬の近くで彼は待ち構えていた。北極星と北斗七星を見る。それでおおよその時間を図る。彼はそろそろ頃合だと感じた。するといつの間にやら辺りに霧が立ち込めていく。それは徐々に濃くなる。そしてとうとう現れた幽霊船。ゆっくりと大きな船体が姿を現し、その姿ははっきりして行く。その幽霊船がゆっくりと岬の向こうへと帆を進める。彼は必死に小舟を漕いで幽霊船の行先を追いかけた。その船が進む先は普段、波が荒く、到底進めるような場所ではなかったが、その日はいつもよりおとなしく、小舟でも進入することが出来たのは幽霊船の持つ魔力なのだろうか。
 そのまま岬の裏に回った幽霊船は崖の下に空いた洞窟に吸い込まれるように消えていく。彼はこんな所に洞窟があるのかと感心した。普段、波のせいで人が寄り付かない場所だから誰にも見つからないはずだ。これはもしかしたらと期待が膨らむ。そうして彼は大きく開かれた闇の中に小舟を進めた。
 中は広い。しかし目がなれるまでは油断が出来ない。いや、目が慣れても油断は出来ない。何とか用意出来たランタンに火を灯す。頼りない火だ。しかし、それでも辺りを照らしてくれる灯りは貴重だ。灯りがあれば、ある程度、危険を回避も出来る。闇に紛れた岩にぶつかってひっくり返るなんてあった時には命に関わるかもしれない。だから、慎重に慎重に小舟を進める。
 しばらく辺りを気にしつつ漕ぎ進めた所でそれが目に付いた。それは近づくとほんの少しだけぼんやりと青く淡い光を放っていた。どういう理屈かは分からない。しかし、それは光っていたのだ。
 そう、そこにはまさしく“幽霊船”が居たのだ。近づくにつれ、その大きさはハッキリし、少年を圧倒した。その力強いフォルム、質素ながらも手の行き届いた装飾、そして廃れた船全体からくるもの寂しさ。これらを青く光る船体がもつ魅力となり、心を奪ったのだ。
 これはと思わせる魅力。
 今、彼の心には当初あった財宝を求めて居た自分とは違う心地良さがあった。彼がこんなに近くで帆船を見た事がないからというのもあったかもしれない。これを見れただけでも値打ちがあると。しかし、それではここまで来た目的は達成出来ぬと船の泊まる岸の近くへと小舟を進めた。
 岸に泊めた小舟が流れていかない様に、しっかり引き上げたのを確認した上で、幽霊船へ向かう。その幽霊船からスロープが降りている。
 そこには椅子に座った男が樽に入った酒を汲んでは飲んで、汲んでは飲んでいる。
 彼は恐る恐るその男に近づき、彼の姿を見てギョッとした。それは目に青い光を宿したボロ布を身にまとった骸骨であった。酒樽の上に上半身を乗せた骸骨。
 その骸骨が手に持ったコップで酒を掬い、口に持っていくが飲んだ横から顎の骨の間から酒がこぼれ、樽に戻るのである。それを延々と繰り返すのだ。
「よぉ、ボウズ。」そう骸骨は喋る。「人と会うなんてどれくらいぶりか。もう少しで話し方すら忘れるとこだった。」とカタカタ顎の骨を鳴らした。少年は骸骨に恐る恐る尋ねてみた。「アンタはここで何やってるんだ?」「あぁ、これかい?ずっと酒が飲みたいって言ったらこのザマさ。」と青い光の目がどこか悲しそうに見えた。「これはな、昔に…あぁ、そうそう。昔に海賊をしていたんだ。」と彼は思い出しながら語る。
 色んな国の商船や客船を襲ったこと、金銀財宝を手に入れたこと、色んな人を手にかけたこと。そうポツリポツリと語って聞かせてくれた。「その時に乗ってたのがこのオンボロよ。」と彼は手に持ったコップを幽霊船に向ける。「俺はな、いつしか狂気に囚われてたらしい。酒を飲んでバカ騒ぎをする。ついでに人も殺す。そんな生活をしてたんだ。」と彼はまたコップに酒をついで口に運び、そして酒はこぼれて樽に戻った。
「いつの頃か、ここにアジトを作ったんだよ。そしたら魔術師なんてやつがこういったんだ。一つだけ願いを叶えてやる。その願いがお前への呪いだってな。」少年は黙って聞いていた。「だから言ってやったのよ。呪いなんてそんなもん、酒と一緒に飲んでやるさってな。それからは…それから、どうしたっけ?覚えてないがずっとこうしてる気がする。」そう言ってまた酒を掬い、そしてこぼした。「そういやな、アイツ言いやがったんだ。ハロウィンの日だけチャンスだって。酒が無くなったらこの呪いは解けるって。」そう言ってまた酒に手をつける。少年は言った。「アンタはずっとここで酒を飲んでるのか?何年も何年も。」「あぁ、そうだ。こんな事ずっと続けてるよ。しかし、酒が無くならない。無くならないから飲むしかないじゃないか。」そう言って酒を汲む。
「なぁ、俺がアンタの酒を無くしたらアンタの財宝は俺にくれるかい?」「あぁ、いいとも。どこに置いたか忘れたがお前にくれてやるよ。」と骸骨はカタカタ笑った。「じゃ、遠慮なくいくぜ。」と少年は小舟に積んである櫂を持ってきて、思い切り酒樽を殴りつけた。
 すると酒樽は簡単に穴が空き、中に入っていた酒はドバドバ流れていく。
「あぁ、やってくれるじゃねぇか。しかし、酒は確かに無くなった。」そういった骸骨は笑ったように見えた。少年が言う。「これでアンタのお宝は俺のもんだな。」「あぁ、くれてやる。俺が持ってても仕方ねぇからな。」そう言って骸骨は壊れた樽から体を離し、幽霊船へとヨタヨタ歩き出した。
「おい、骸骨。お宝はどのにあるんだ!」そう問い質しても無視して骸骨は歩く。そして、いちばん大きなメインマストにたどり着くとそこに取り付けられたタラップを登り、そして1番上まで来て「ボウズ、ありがとよ!これで俺はあの世に行ける。このオンボロと共にな!」
 そう叫ぶや否や、オンボロ布を広げるように両手を広げた。
 そのオンボロの布は広がり、メインマストの1番上の帆のように、いやまさしく帆になり、動かなくなった。
 そして船が、幽霊船が動き出した。
「おい、まて骸骨!お宝、お宝はどこにあるんだ!」しかしもう骸骨は答えない。
 幽霊船が放っていた青い光は尚更強くなってそのまま岸から離れていく。まるで意思でもあるかのように。
 そうして幽霊船が動いた先には岩壁があり、そこが突然崩れると朝日が差し込んで来た。そのまま空いた壁から幽霊船は旅立ち、朝靄の中を消えていくのだった。
 それからその地域では幽霊船を見る事はなくなり、いつしかこの幽霊船も忘れられていくのだろう。
 少年は後年、こう語ったという。幽霊船は多分、毎年呪われた骸骨を迎えに来てたんじゃないかと。だからアレから幽霊船はみないんだと。

 そう語った彼は日に焼けた屈強な海の男として魚を取り続けていたとか。

最後に

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こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
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