タクシー運転手 約束は海を越えて
「タクシー運転手」という映画のタイトルを聞いて、まず思いつくのはマーティン・スコセッシ監督、ロバート・デニーロ主演のダメ男がひとりテロを起こすまでを描いたメンヘラ映画「タクシー・ドライバー」じゃないですか。で、その"ドライバー"のところが"運転手"ってなってて、更にサブタイトルに「約束は海を越えて」なんて、感動させようって魂胆みえみえの文言がついて、ポスター見たら冴えないおっさんが青空バックに満面の笑みで写ってたら、これ、邦画だったら間違いなく地雷案件ですよね。まあ、観ないですよ。それが、「ソン・ガンホ主演か。観てみるか。」と(邦題のつけ方には再考の余地有りだと思いますが、)思ってしまえるのが僕の韓国映画に対する信頼感です。というわけで、「高地戦」のチャン・フン監督が1980年に韓国の光州(クァンジュ)で実際にあった、民主化運動の中での政府と市民の対立(というか、政府の市民に対する虐殺ですね。もう、これは。)をソウルのタクシー運転手という外側からの視点で描いたフィクション、ノンフィクション入り混じるジャンルレス映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」の感想です。
はい、という様に、なぜ韓国映画をそんなに信頼しているのかというと、単純に毎回期待を上回る物を観せてくれてるからなんですけど、(去年観た中だけでも、「お嬢さん」、「コクソン」、「新感染」とそれぞれに先鋭的で面白かったですよね。)まず、言っておきますと、今回も軽く期待値超えしてるんですが、映画の内容が政府が行った人殺しの話なので、それを面白いと言っていいのかっていうのがあってですね。つまり、そういう内容のものが映画として最高に面白くなってるから困ると言いますか、これをここまで面白くしたのはなぜなんだってのがこの映画の肝だと思うんです。(面白いことに異議を唱えるのもどうかと思いますが。)えーと、つまりこれって、ちゃんと撮りたいテーマがあって、それをどう撮ろうかというアイデアがあった上で映画にしてるってことだと思うんですね。(映画なんていう莫大なお金も時間も浪費するものを作ろうと思ったら当たり前のことだと思うんですけど、そうじゃない映画も数多くあるわけで…)で、そのどう撮るかというアイデアの部分が凄まじく先鋭的で豊富なのが今の韓国映画だと思うんです。それで、この「タクシー運転手」も映画を面白く見せるというアイデアの部分が凄く充実していてですね。充実しているだけなら、まぁ、それほど驚かないんですが、この映画の凄いのはこれが実際にあった話というところなんです。しかも、1980年というたかだか38年前の出来事で政治的にも凄く重要な事件なんです。(あの、「サニー 永遠の仲間たち」って韓国映画を観た時に、1980年代後半が舞台だったんですけど、主人公と僕は同い年で、その青春期を描いた話だったので、流行っているものとか、その頃の時代の空気感とか、ほぼ日本と一緒だなって思いながら観てたんです。そしたら、いきなり学生運動の描写が出て来て。日本で学生運動って言ったら60年代末の話なので、そこだけ凄く違和感があったんですね。それで、韓国の民主化運動っていうのが80年代にあったってことを知るんですけど、この「タクシー運転手」が描いてるのは、そのとっかかりの様な事件のことなんです。)主人公も実在の人物だし、事件の内容もとても悲惨なものなんですけど、そういう話を語るのに映画のジャンルごと変わって行く様なエクストリームな作りにしているんですね。だから、あれなんですよ、面白くしたはいいけど、その一番大事な伝えるべきところの根幹の部分がブレちゃったり、曖昧になってたら意味ないわけじゃないですか。(実際にあった話を伝えようっていうんだから。)それが、全くブレてないというか。観てる間は様々なエピソードが次から次へと出て来て、それが映画的面白味に溢れているので各エピソードごとにワクワクしながら観れるんですけど、観終わると、その各エピソードはこのことを伝える為にあったのかってなるんです。つまり、映画的な演出部分よりも実際に起こったことの恐ろしさや理不尽さの方が圧倒的に頭に残るんです。民主化運動の悲惨な事件を描くのに、ソウル市のノンポリなタクシー運転手を主人公にした意味とか、まぁ、これは実話なので、この人有りきの話ではあるんですが、(あとから知った話なんですが、主人公のモデルになった実在のタクシー運転手の方は、実際はちゃんと政治的思想があって行動してた人らしいですね。つまり、ここは映画的なウソの部分なんですけど、より一般の観客に近い感覚でストーリーを伝えるという意味ではこの描き方は有りだと思います。)その人の日常や人となりから描いていく意味みたいなのが観終わった後に繋がって来て、映画を面白く見せる為に入ってると思ってたエピソードも全部そこに行き着く為のフリに見えてくるんです。(なので、もしかしたら邦題のダサさもその為なのかもしれないんですよね。よくある感動が売りの映画を装うというか。ま、にしてもですが。)
しかも、それが、1980年に韓国でこんなことがあったっていう事実をただ事実として伝える為だけに機能していると思うんですよ。だから、特に政治に興味のない(どちらかというと政府のやってることに間違いなんかないんだから適当に従っておけばいんだよという考え方の)タクシー運転手が、お金欲しさにドイツのジャーナリストを光州まで連れて行くっていう、そのシチュエーションを出発点にしてるのも、要するに、この事実を全く知らずに映画を観る観客と同じ視点で伝える為なんだと思うんですね。(さっきも書きましたが、実在の方は違う思想を持ってる方でした。)で、その中で、ソン・ガンホ演じるタクシー運転手に同調して、この先どうなってしまうのか分からないっていう恐怖とか、それが徐々に明らかになることによって感じる困惑や怒りを追体験出来る様になっていて。(例えば「プライベート・ライアン」の戦場とか、「ドーン・オブ・ザ・デッド」のショッピングモールみたいなところにいきなり放り出されたらみたいな感覚を、僕らと同じ様な生活や思考をしてる主人公を通して体感するみたいな感じなんです。こういう映画的体験とそれによってよりリアルに現実を感じるみたいなことが同時に出来る様になってるんです。この映画。)で、その中で、人間というのはこういう時に何を感じるかっていうのに、じつは一番重点を置いて描いていて。(個人的には、この描き方がこの映画を映画たらしめていると思っているんですが。)例えば、光州で、学生運動をしている学生と地元のタクシー会社の社員と出会うんですが、危険な状況の中でも一緒にご飯を食べて楽しく過ごすっていう場面があるんです。(緊迫した状況の中のこういうシーンの描き方、「この世界の片隅に」を思い出しました。)この場面なんかは明らかにこの後に来る悲惨な状況へのフリだと思うんですね。なんですけど、その後の場面で主人公の気持ちにどういう変化があったのかっていうこと(引いては、この状況の理不尽さを表すこと)の方のフリになっていて、単なるお涙頂戴の為のシーンにはなっていないんです。つまり、観ている僕らは、シチュエーションではなく、それによって人の考えに変化が起こったってところにグッと来るんです。そういう一番描くべきところはなんなのかっていうのがブレないので、いくら映画的面白さを入れても納得出来るんだと思うんですね。つまり、民主化運動の暴動はあくまで物語の背景という描き方になってるんです。なのに、最後に残るのは事実の方の恐怖や理不尽さっていう。どんだけ面白く描いても事実の悲惨さに適わないっていう逆転現象が起こるんですよ。(この辺も「この世界の片隅に」的ですよね。)
でですね、最後の方に明らかに演出過剰なシーンがあるんですけど。(言ってみれば、この映画の最大のカタルシス場面なんです。)ここ、やり過ぎなんじゃないかと思う人もいると思うんですよ。(なぜなら、凄く面白いからなんですね。面白過ぎて実際の話だっていうのを逸脱しちゃうんです。)これ、個人的には全然有りだと思います。(だって、映画だから。面白くていいんですよ映画なんだから。)これって、監督の事実への挑戦だと思うんですよね。どれだけ面白く描いたらこれはフィクションになるのかっていう。確かにこのシーンだけそれまでのシーンと違って(ちょっと「西部警察」くらいのフィクション感なんですね。)フィクション全快なんですけど、でも、ここまで物語を追って来た身としては、ここで「よし、いったれ!」って気持ちになりたいわけなんです。それを叶えてくれようとしてるんじゃないかと思うんです。映画が。なんですけど、はっきり、ここで映画は事実に負けるんです。(だから、ラストは割としゅんとして終わって行くんです。)でもですね、そういうことを伝える為の映画なんじゃないかなと思うんですよ。どんなに面白く描いても現実のヤバさに適わなかったっていう。現実のヤバさを伝える為に勝負を挑んで負けてみせるっていう潔さというか、事実と全うに向き合ってヘタに感動に逃げない感じとかね。こういうところ、韓国は相変わらず信用出来る映画作ってるなって思いました。
映画の冒頭、粒子の荒いフィルムで撮った感じとか、凄く80年代的な映像になっていて、そういうリアルに事実を描いていく様な映画なのかなと思ってたら、いきなりドローンで撮ったであろう、80年代では容易に撮れない様な映像が出て来て、変わったバランスの映画だなと思ったんですけど、観終わってみたら正にそういう映画でしたね。とにかく、映画の作りにも実際の事件の顛末にも翻弄されまくる面白い映画でした。
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