ショートショート002【初めての手料理】
「ウチな、ひろちゃんに手料理作ってあげたいねん」
事の始まりは彼女の言葉だった。
僕に手料理をご馳走してくれると言う。
こんなことは初めてだ。嬉しかった。
僕は期待に胸を膨らませ、彼女の家に招待された。
「張り切ってシェフみたいな帽子買うたんや」
そう言って長めの帽子をかぶり、下準備をしている。
ヒョウ柄のエプロンを着こなし、「オカンから借りてん、大阪は皆これやで」と自慢気に話す彼女。
「ところでさ、何作ってくれるの?」
出てくるまでのお楽しみにとっておきたかったが、彼女に手料理を作ってもらうのは初めてなので、思わず口走った。
「フグ刺しや」
僕は耳を疑った。
「フグ刺し!?」
すぐにオウム返しをした。人間は、ビックリすると同じ言葉を繰り返すことしかできないのかもしれない。
「なんでそんなこと聞くねん、聞いたらあかんで。フグ刺しに決まってるやろ。」
不思議な注意を受けた。決まっているのか。
「フグって…その…毒抜くのに…免許とかいるんじゃなかったっけ?」
僕はまず安心したかった。頼むから免許を持っていてくれ。頼む。
「なにが?いらんやん」
安心を諦めた。あと、なんでちょっとキレ気味なんだよ。
「いや素人が…毒危ないし…やったことあるの?」
僕は毒が危ないことを彼女に教えた。僕が育てていかないとダメだと思った。
「ないやんか(笑)初めてに決まってるやろ(笑)」
手に負えないことが分かった。その決まっているのはなんなんだ。
「この洋服とこの洋服どっちがいいかな?」が実はすでに彼女の中では決まっているトラップをこれからも仕掛けてきそうだ。
「フグ刺しやってみたかってん、なんかな、できそうな気がすんねん」
彼女は初めての無免許フグ刺しを、無根拠度胸で僕に振る舞おうとしている。
だいたいこのフグはどこから仕入れたんだ。
「えっと…なんやこれ」
なんやこれじゃない。フグの毒袋だよ。理解外のことばかりするなよ。
僕は彼女から目が離せなくなっていた。
それは、愛だとかそういうことではない。監視だ。
今この家で、調理史上最も危険な調理が行われようとしている。
「フグのさばき方」をYouTubeで観ている彼女が恐ろしい。
しばらくすると彼女が僕にゆっくり声をかけてくる。
「あかん、失敗したわ…」
え??やっぱり免許なしではダメだったのか??一応、聞いてみる。
「どうしたの?」
彼女は申し訳なさそうに、こう言った。
「ウチな…魚食べられへんねん、苦手やった…」
僕は彼女が愛おしくなって後ろから抱きしめた。