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小説【間法物語】4 オトの秘密

【間法物語】
日本語人が古来より持っている「魔法」がある。 それは「間法」。
「間」の中にあるチカラを扱えるようになった時、「未知なる世界」の扉が開かれ、「未知」は、いつしか「道」となって導かれていく。

「間法使いへの道」を歩き始める僕の物語。

【PROFILE】
イエオカズキ 「間」と「日本語」の世界を探求し続けるストーリーエディター。エッセンシャル出版社価値創造部員。



誰かのことを音にして話すというのは、その人にエネルギーを与えてあげることになるんだ。
誰かの名前を出して話しているとき、その人を頭の中でイメージしているだろう。そこには、その人に向けたエネルギーが生まれているんだ。
ちゃんと声に出して、人の名前を音にしてあげること。
これは、音の秘密なんだよ。

本当に好きなものを、「好き」と声に出していう時、コトバはエネルギーを持つ。
「好き」って言えないと、そこには、代わりに、『隙』間が出来ちゃう。
どんなに思いを募らせて、イメージでは、もう完璧な人生のソウルメイトになっている、片思いの彼女のことも、「好き」って、声に出してエネルギー化してあげないと、ココロの中では、『スキ』はいつの間にか、『隙間』に変わり果ててしまう。
『スキ』は、音にするから、「好き」になるんで、ココロにしまっているだけだと、『隙』だらけになってしまうんだ。

なんて、そんな偉そうなことを、僕が音にしているのも、この僕自身が、さんざん、『スキ』『透き』通っているからと、見えないのをいいことに、「スキ」を「好き」にするのを後回しにして、ほったらかしにしたおかげで、あっという間に、ココロには『隙』という『空き間』が生まれて、そこからは、決してよろしいとは言えない風が吹き出しまくっていたことがよくあったから。
内側で、邪険な風が吹けば、ココロはすぐに風邪を引いてしまう。
そんな、音の経験をさんざんしてきたからなんだ。

風は、長い期間をかけて、ゆっくりと静かに、しかし、着実に、生命の体系に多様性というエネルギーを運び、風の味は、あっさりと控えめに、しかし、確実に、人間のスタイルに個性という影響をもたらす。
風は、無色透明なのに、生命や人間に、いろとりどりの光を授けてくれる。風というのは、どこから起こってくるのかわからない。
風は自然の産物なのに、人工的に風をつくらない限り、自然に風はつくれない。
自然にとって、風はつくるものではなく、風はあるものだから。
自然なものは、何の『手間』もなく、生きていけるが、人工のものは、手間をかけないと、生きていけない。やはり、『間』が必要なのは、人間のようだ。
風が、地球を揺らし続けてくれるおかげで、生命のゆらぎが鳴り響き、世界に音があふれ出してくる。風は、世界中を駆け巡り、エネルギーというメッセージを配達する、目には見えない気ままな旅人のようだ。

『すきま風』は、決して、悲しいものではない。裏を返せば、人に、楽しい喜びを与えるポジティブな起動のエンジンになりうるものだ。
『向かい風』は、決して、つらいものではない。うまく活かせば、最高の『追い風』になる。
風に立ち向かえば、最悪の日々を過ごすことになるが、風に吹かれれば、人生を、気持ちよく生きていくことが出来る。

僕は、風のような旅人になりたい。「風来坊」ならぬ「風来人」のような旅人に。タネおじさんのイニシエーションのせいかもしれないけど、『間法』という、世界のシステムをつかむためには、世界を旅して回ることが、どうしても必要だと思う。

今まで、僕は、自分の好きなものを好きって言うのを恐れていたんだ。
だって、自分の好きなものを音にすることは、どうみたって、やばそうだったから。
だって、自分の好きなことを手に入れることは、どう考えたって、まずいことになりそうだったから。

やばいことになったら、やばいじゃないか。
まずいことになったら、まずいじゃないか。


だから、ずっと、自分の『スキ』に蓋をして、ほんのちょっとだけ、おそるおそる、たまに覗いてみたりしていたんだ。

本当に好きなこと。そこにたどり着くことが、大変なのだと考えていた。
向かい風が、強すぎて、たどり着くことなど出来ないと思っていた。
風が激しいから、今はダメでも、いつかきっと、たどり着こう、そう願って歩いてきた。
風に流され続けて、自分の意志とは別の、随分遠い場所へ来てしまったと感じていた。

僕は、風を味方にはしていなかった。
風に流されてはいけないと思って、僕は必死に頑張っていたんだ。
風の向こう側にではなくて、風の向かう先にこそ、本当にスキなことは、あった。
風は、僕の好きなことをするための障害ではなく、風は、僕にスキなことのありかをずっと伝えてくれていたんだ。風の見方を変えて、風を味方につけたとき、もう、風に流されているのではなく、風に委ねている自分に気づいた。

ココロからスキなことをするために、本当に好きなことを諦めた。
話すことは、音を開放すること。
『話す』ことは、『放す』こと。
僕は、ようやく、本当に好きなことを、手放すことが出来たんだ。
そのを突いて、ココロからスキなことが、見えてきた。

今まで好きだと思っていたことは、数奇な話だが、隙だった。
本当にスキなことを決めた時、うっとうしい向かい風は、一瞬にして、うれしい追い風となった。

コトバは、風を停止する装置なのだ。
コトバは、音にした瞬間、風を固定してしまう装置なのだ。
風を固めることで、僕らは、心を決めることが出来る。
次の瞬間、風は、その場所にとどまったままだ。
だけど、僕らは生きているから、時間という流れに沿って、どんどんどんどん進んでいく。
固定された風は、そこから全く動いていない。
風が止まったままでは、その場所に、生命の輝きはない。

コトバは、風を開放する装置でもある。
コトバは、音にした次の瞬間、風を駆動させてしまう装置でもある。
風が流れることで、僕らは、心地よく決めたことを話せるようになる。

コトバは、自然の風にオン・オフを入れる、魔法のスイッチなのだ。
コトバで、風を止めたり動かしたり自在に扱うことが出来たとき、
世界はスイッチひとつでスイッチする。

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こうして、僕は、ついに、バランスジェネレーターになりたいことを諦めた。
そして、僕は、ようやく、バランスジェネレーターになることを決めた。
それは、僕が、バランスジェネレーターになるための、最初で最大で最後の最小の一歩だった。


(つづく)

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