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【ふつうじゃない子】改め【星の子】

いつも読んでいただき、ありがとうございます。私は現在、未完成の物語を公開し、みんなの感想や意見を元に再創作をしています。前回いただいたコメントを元に書き直した物語を掲載します。自分が何を伝えたかったのか見つめ直し、大幅に書き換えました。タイトルも「ふつうじゃない子」から「星の子」に変わりました。以前読んだ方もそうでない方もぜひ読んでいただけたら嬉しいです。なぜこのような物語に変わったのかは次回のまとめ回に詳しく書きます。まずは前知識なしで、読んでいただきたいです。ぜひ感想をお寄せください。一言だけでも嬉しいです。よろしくお願いいたします。

ちいさな村のちいさな家に男の子が生まれました。ずっと子どもがほしかったお父さんは大喜びで、「生まれただけで金星だ」とお母さんに言い、男の子を、きんぼしと名付けました。

きんぼしが物心ついたころには、お父さんはいませんでした。きんぼしが三つのとき、川でおぼれたきんぼしを岸に上げたあと、沈んでしまったのです。お母さんは、なぐさめてくれましたが、きんぼしは、ぼくのせいだと自分を責めました。

 優しかったお母さんも、きんぼしが七つの年に亡くなり、幼い妹と二人暮らしになりました。妹は名前をうたと言いました。きんぼしは、まだミルクの匂いのするうたが好きでした。うたの額にある小さな赤い痣も、かわいいと思いました。産毛の生えた桃の実みたいなうたのほっぺをずっと守りたいと思いました。 

村では額に痣のある子どもを「星の子」と呼んで敬いました。うたのところには、村の人がたくさん作物をお供えに来たので、ふたりは飢えずにすみました。うたに手をあわせる村人を見て、きんぼしは、ぼくの好きとは違うようだと思いました。

 きんぼしが十三になったころ、日照りが続き、馬や牛はばたばたと倒れ、水が枯れて畑や田んぼは干上がってしまいました。 ある晩、きんぼしとうたは村の集まりに呼ばれました。

「よく来てくれたね」
おさはそう言って笑いましたが、眉の下で細めた目を、きんぼしは、なんだか怖く感じました。おさは、うたの柔らかな手をなでさすると、「さあ、うた、とうとう星になるときがきたよ」と言いました。

十になったばかりのうたがきょとんとしていると、おさは村の言い伝えを語り始めました。

 村は五十年に一度ひどい干ばつに見舞われてきた。多くの人が飢え死にした夏の夜、山の神が村をたずねて来て言った。額にあざのある子どもはいないか。それは神の子の印。その子を返すなら雨を降らそうと村人に約束した。山に子どもを連れていくと、雨が降り、たくさんの村人が救われたという話でした。 

「山に行った子は帰って来なかったが、西の空に星がひとつ増えたという。きっと、幸せに暮らしたあと、お星さまになって、村を守ってくれているのだよ」
「ぼくたち今でもしあわせです」
きんぼしが立ちあがって言いました。山がどんなにいい所でも、うたは自分といた方がしあわせだと思ったからです。
「山にいけば、うたはもっと、もっとしあわせになる。村も救われる」

村人のきびしい目がきんぼしに注がれました。
「うたにしかできない貴い仕事だ。行ってくれるね」
「わたし、お星さま、大好きよ」
うたは小さな歯を見せて無邪気に笑いました。
村人たちもどっと笑いました。
「そうと決まれば旅支度だ。きんぼし、うたはまだ幼い。お前が山の神様のところへ届けなさい」

なんだか変だな、ときんぼしは思いました。星の子の話をしたとき、おさは目をつむりました。きんぼしは大人が嘘をつくとき目を合わせないのを知っていたのです。 

次の日の朝、ふたりは用意された真っ白な旅装束を着て、何日分もの食べ物が入ったつづらをきんぼしが背負い、村を出ました。しきたり通り、家々の戸はかたく締められ、見送る者はいませんでした。うたの手を引くきんぼしは、ずいぶんたくましく見えました。

 ふたりは干上がった川をさかのぼって、山へ向かいました。川底にはげんこつくらいの石がごろごろして何度も足をくじきそうになります。太陽が何度のぼったか数えきれなくなったころ、だんだん川幅が狭くなり、晴れた日には、遠くにそびえる山影が見えてきました。

やっとの思いで山のふもとに着いたころには裾は破れ、着物は土色になっていました。
「山の神はてっぺんにいるはずだ」
「雲で見えないわ」
きんぼしは唇をぐっと噛んで、小さな手をにぎると、先に立って登り始めました。

森のなかは、木が繁って昼間でも薄暗く、日が傾くと、鼻をつままれてもわからないほど真っ暗になります。きんぼしは、つづらから鹿の皮をなめしてつくったターフを取り出し、木の枝に吊るして一晩の宿をつくると、小さなランタンを灯しました。テントのなかに、ふたりの顔がぽっと照らしだされます。
「夏祭りのぼんぼりみたい」
疲れた顔をしていたうたに笑顔がもどって、きんぼしも嬉しいのでした。果物や干した肉で夕飯をすませると、きんぼしとうたはそれぞれ寝袋に潜り込みました。

ほうほうほうほうとふくろうが鳴いて、遠くでキューンという声がしました。
「きんぼし、こわい」
「だいじょうぶ。ぼくは起きているから、お眠り」
きんぼしは寝袋から腕をのばしてうたの手をにぎりました。あっという間にうたから寝息が聞こえてきて、きんぼしもいつしか眠ってしまいました。 

きんぼしが風の音でハッと目覚めると、うたはいなくなっていました。
「しまった!まだ寝袋の中はあたたかい。近くにいるはずだ」
きんぼしがテントを飛び出すと、大人をしのぐ背丈の狐がうたをくわえて引きずっていくところでした。八つの尾がある白い狐でした。
「痛い痛い。きんぼし助けて」
うたが泣き叫びました。
「うたを返せ」
きんぼしは、きつねに追いすがって、尻尾を引っ張りました。きつねが尾をはらうと、きんぼしは吹っ飛んで、木にたたきつけられてしまいました。何度たたきつけられてもきんぼしは諦めません。ついに、きつねはうたを口から離して言いました。
「しつこいやつめ。尻尾がいくつあっても足りないわい。お前も諦めきれないだろうけど、ゆずることはできないのだよ。巣で待つ子狐に、こいつを引き裂いて食べさせてやるのだから」

きつねの唇からのぞく青いはぐきには、黄色い牙がびっしり生えていました。
「それなら、ぼくの腕を一本あげる。ぼくの腕は大木を倒せるくらい太い。子狐はお腹いっぱいになるよ」
きんぼしは、左腕をぐいと前に出しちからこぶをつくって見せました。きつねはニイッと笑ったと思うと、きんぼしに襲い掛かり、腕を食いちぎって走り去りました。

「きんぼし、ごめん。ごめんね」
うたは泣きながら自分の着物を裂いてきんぼしの傷口に巻きました。きんぼしは、残った右手でうたの頭をなでて笑いました。
「手が二本あってよかったよ」 
きんぼしはつづらを背負おうとしましたが、しょいこがうまく担げず、重たいつづらは滑り落ちてしまいます。
「わたしも持つ」
いくらきんぼしが言い聞かせても、うたは荷物を分けろと言い張って一歩も動きません。
「じゃあ少しだけ」
きんぼしが荷物を袋に入れてうたの小さな肩に背負わせました。
「ありがとう、うた」
うたは、嬉しそうにうなずきました。うたを助けるつもりだったのに、なんだか逆のことになったなあときんぼしは思いました。

 ふたりはさらに川の跡を辿りながら、山のてっぺんを目指して進みました。月が何度沈んだか数えきれなくなったころ、川は高い崖に突き当たりました。崖の下には深い滝つぼがありましたが水は枯れ、ほーうほーうと風が鳴っています。
「さみしいところ」
うたは小さな声でつぶやきました。
「崖に水の流れた跡がある。のぼればもう着くかもしれないよ。少し休もう」
きんぼしが、敷物を用意していると、目の前が暗くなり、ばさばさっと羽の音がして、あっという間にうたは鷹にさらわれてしまいました。大人が両手をいっぱいに広げたよりはるかに大きいつばさです。
空に目を凝らすと、崖の上の巣にうたを連れ込むのが見えました。
「やあっ」
きんぼしは、崖から伸びた枝に縄を結び付けた石を放りました。引っかかった縄をたよりに片腕でからだをささえながら、やっと崖をよじのぼると、鷹がうたにくちばしをかけるところでした。うたはおそろしくて動けません。
「おお、おお、いい目だ」
鷹がするどい爪でうたの顔をつかむとうたは気を失ってしまいました。
「うたを離せ」
鷹はくるーっと首だけまわしてきんぼしを見ましたが、片方の目はつぶれていました。
「片目では正確に獲物を狙えない。だから、この目がほしいのだ。目を食らえば、見えなくなったわたしも光を取り戻すだろうから」
「うたの代わりに、ぼくの目玉をひとつあげよう。三つ先の村ののろしも見分ける良い目だぞ」鷹は、金色の目でじっときんぼしを見つめました。きんぼしがまばたきもせずににらみ返すと、鷹はばさっと襲い掛かり、するどい爪できんぼしを押さえつけると、右目をほじくって、飛び去りました。 

「きんぼし、目が…」
きんぼしが洞穴のようになった目に綿をつめていると、うたが、抱きついてきました。
「目はもうひとつあるから大丈夫さ。ほら、ね」きんぼしは残った目で、うたの揺れるひとみを覗き込むと、笑ってみせました。 

なんとか崖を登りきると急に開けた草原に出ました。ひゅうひゅうと乾いた風が金色の草原を吹きわたっていました。きつねの牙や鷹の爪でできんぼしの着物は破れ、からだ中が傷ついて、もう早くは歩けません。先を歩いているうたは、きんぼしが遅れると立ち止まって、追いつくとまた少し先を歩きました。
「うた、山のてっぺんは見えるかい」
片目になって遠くがかすむようになったきんぼしは、うたにたずねました。
「うん、前よりよく見える。この草原を越えたらきっと」 
答えながら、背の丈ほどもある草の中を進んでいたうたが、きゃっと声をあげて急に見えなくなりました。きんぼしが草をかき分けると、うたの足をくわえた灰色の狼がうなり声をあげました。狼のからだは馬車ほどもありました。真っ黒なひづめが地面をかくと、土がえぐれ、草がぱっと飛び散ります。その足は三本しかありませんでした。「こいつは、ワナで砕けた足のかわりにもらっていく」
きんぼしは、狼を引き留めるため、ぐいっと踏んばり、声を上げました。
「ぼくの足を一本あげよう。ハヤブサより早く走れる足だ。きっとお前の役に立つよ」
狼はぎらぎらと眼を血走らせて、きんぼしをにらみました。
「いいんだな。風のように駈けることも二度とできなくなるのだぞ」
きんぼしが頷くと狼は右足のひざから下を食いちぎり、「もう行け!」とうたに言いました。 

きんぼしを見たうたは、だまってつづらを背負いました。もう一粒も涙をこぼしませんでした。きんぼしは、落ちていた枝を拾ってナイフで皮をはぎ、杖代わりにしました。うたは、きんぼしを支えながら歩いてくれましたが、ついに力尽きて倒れてしまいました。うたの頬は、草の葉で傷だらけになっていました。
きんぼしは、杖を地面に突き立て、空に向かって叫びました。
「山の神さま聞こえますか。あなたのそばまで来たけれど、もう一歩も動けません。こんなところへうたを連れてこいだなんて、あんまりです。ひどすぎます」 

すると、奇妙な風が吹き始めました。杖のこっちと向こう側とで風が反対に吹いているのです。生暖かい風はどんどん強くなり渦巻になって、ふたりを吹き飛ばし、巻き込まれた川底の石がばらばらとからだに降りかかりました。 
「きんぼし、よくやった」
竜巻の中心にいたのは山の神でした。山の神は、狐と鷹と狼を合わせたよりも大きくて、白い布をからだに巻き、ずきんをかぶっていました。そして、うたに歩み寄ると、軽々と抱き上げました。「お前はここまででよい。ひとりで帰れ」
山の神がそう言うときんぼしは急に眠くなりました。
「星の子よ。よく来てくれた。辛いことも苦しいことも、もうお終いだ」
「お願い、きんぼしを助けて。置いていかないで」
「おおお、いい心だ。ぴかぴか光って震えている。なーに、星になればすぐに会えるさ」
「まってくれ」
うたの叫ぶ声で我に返ったきんぼしが見ると、山の神の手や腕は灰色のかたい毛でおおわれて、うたの鼻先にするどい爪が伸びてきました。
「うた、逃げろ!」
山の神は、振り返ると、ずきんの下で、ニイイイイっと青い唇をつりあげました。
「今度は何をくれるんだい」
きんぼしは、山の神から離れながら、耳を片方ナイフでそいで後ろに投げました。
「もっとだ」
山の神は、うたを抱えたまま、きんぼしを追いかけて来ました。
「いいぞ」
きんぼしは残った耳もそいで投げ捨てました。
「もっと、もっとだ」
耳を食らいながら山の神はさらに追って来ます。
「おそろしい。あればあるほど、ほしくなるんだ」 

「きんぼし、逃げて!」
ばさっ

山の神の着物がはだけて、茶色いつばさが飛び出すと、ゆっくり羽ばたいて、飛びかかろうとしました。耳を失ったきんぼしにうたの声は届きませんでしたが、うたが山の神の真っ赤な目を両手で隠すのが見えました。 山の神は首を降ると、うたを突き飛ばしました。
 きんぼしは、やっと杖までたどり着くと、ぐいと引き抜いて、迫ってくる山の神めがけて力いっぱい投げました。

ズン!

胸を貫かれた山の神はどうっと後ろに倒れました。すると、たちまち、傷口から水が勢いよく噴き出してきたのです。 しぶきが雨のように降りかかって、きんぼしの頬を濡らしました。 

「ああ、父さんの声が聞こえる」 

きんぼしは、ぼろぼろの体を引きずりながら、うたの近くまで行き、抱き寄せました。叩きつけられたうたは、ぐったりと動きません。川は水かさを増して、どうどうとふたりに迫ってきます。
きんぼしはつづらに、うたを入れて、そっと流れにのせてやりました。つづらは、川を下ってやがて見えなくなりました。
***
それから、きんぼしがどうなったのか、誰も知りません。声が枯れるまで語り続けたうたも、もういません。川だけが変わらず、きらきらと光って今日も流れていきます。

(おしまい)

前作

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