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キリンと麒麟
そういえば、「きりん」は不思議な言葉じゃないだろうか。
動物園にいる長い首と脚をもつ動物も「きりん」だし、いかめしい顔つきのビールメーカーのシンボルも「きりん」だ。
ひとつの言葉で、異なる二つの動物を表す。どうしてこんなややこしいことになったのか?その理由が『キリン解剖記』に書かれている。
キリンの名前の由来となったのは、古代中国の神話に現れる伝説上の霊獣「麒麟」。ビールのラベルでお馴染みの、あの霊獣である。
中国神話の世界では、麒麟は「慈悲深い王が世の中を支配しているときに必ず姿を現す」と伝えられている。眉間にシワが寄った恐ろしげな見た目に反して、平和を好む穏やかな性格をもち、吉兆を現す神聖な生き物だ。
明(1368~1644年)の時代、アフリカに遠征した武将・鄭和は、ケニアからキリンを持ち帰り、お仕えしている永楽帝に「これが‟麒麟″と奏上し、キリンを献上したそうだ。つまり、「あなたさまの善政のおかげで麒麟が現れました」というゴマスリのようなものだったのだろう。
さまざまなゴマスリを見てきたけれど、ここまで壮大なゴマスリははじめてだ。初上陸の動物と伝説の動物のコラボレーションで上司をほめるってすごい!鄭和さんはきっと出世しただろう。
待てよ。いくら初めてみる生き物とはいえ、見た目が違いすぎる。「この子が麒麟か~」って皇帝は素直に納得するだろうか?
永楽帝は一見優しそうな肖像画が残っているけれど、騙されてはいけない。都を襲って甥っ子を引きずり下ろし、皇帝になった恐ろしい人だ。「なにそれ、嫌味?」と怒りをかい、かえって自分がすりつぶされるリスクはないのだろうか?
心配なので、鄭和さんの資料を見てみよう。
中国では、麒麟は瑞祥を告げる伝説的な動物であったが、古代の詩歌に詠われた架空の動物と見なされていたために、「麒麟」と同名の首の長い異様な動物は多くの人を驚かせた。キリンが明帝国にもたらされると、儒教で最も理想とされる伝説の時代が再現された証拠に違いないとして、永楽帝は大変に喜んだ。
ゴマスリ成功!永楽帝に喜んでもらえてよかった。
でも、まだ疑問が残る。鄭和さんはどうしてキリンと麒麟を結びつけたのか?アフリカ大陸に到着して、はじめてキリンを見て「そうだ、麒麟ってことにしよう」と思いつくだろうか?珍しい動物は他にもたくさんいたはずなのに。
鄭和艦隊が向かったアフリカの東海岸では、マリンディなど諸都市の支配者が明帝国への使節派遣に踏み切った。その時艦隊と一緒に明帝国を訪れたマリンディの使節は、キリン(麒麟)を貢物として中国にもたらした。キリンは、首の長い草食動物に対するソマリ語の呼び名であった。
ヒントはソマリ語にあるようだ。ソマリ語の「首の長い草食動物の総称」と中国語の「麒麟」の発音が似ていたということだろうか?さっそく発音を比べてみよう。
中国語「麒麟」→「Qilin」(チーリン)
ソマリ語「キリン」→「geri」(ゲリ)
うーん、似てる…かな?カタカナで書くとあまり似てないように見えるけど、中国語の「qi」は日本の「チー」とは異なる独特の響きがある。「ge」も実は「ジェ」だったり発音次第では似るのかもしれない。そもそもキリンで検索するのは正しいのか?「首の長い草食動物の総称」は「geri」ではない可能性もある。ソマリ語を話せる人、いかがですか?
やや疑問は残るものの、キリンが「麒麟」になったのは、発音が似ていたからということでいいと思う。中国は、キリンの名付け親になってさぞかし誇らしいだろうと思いきや、実は「キリン」呼びは定着しなかった。
日本や韓国では、首の長いあの動物のことを「キリン」と呼ぶが、麒麟発祥の地である中国では「長頸鹿(チャンチンルー)」と呼んでいる。
実は、中国で動物のキリンのことを「麒麟」と呼んだことがはっきりと確認できるのは、たった一度きりである。
長い頚の鹿…。鹿?まあ、いいか。そうだよ、その通りだよ。
ひとつの言葉で二つの動物を表すという、ややこしい状態を作り出した張本人が、見た目に則した新しい名前をつけていたなんて驚きだ。
ちなみに韓国語でキリンは「gilin」。日本と同様に確かに「キリン」呼びが定着している。
中国ではゴマスリ成功後すぐに「長頚鹿」で上書き保存されたのかもしれない。日本と韓国で定着した「キリン」呼びが、中国で定着しなかったのはなぜだろう?
これは推測になるけれど、やはりやややこしいからではないだろうか?
大河ドラマのタイトルで考えてみよう。『麒麟がくる』と紙に書いて人に見せる。それを見た日本人のほとんどはビールメーカーのシンボルを思い浮かべる。なぜなら、動物園にいるキリンを漢字で表記することはほとんどないからだ(あるとすれば漢字検定くらい)。
一方、漢字一筋の中国人はどうだろう?動物園にいる方なのか、いない方なのか、どちらが来るのかわからない。どっちが来てくれてもいいけど同じ漢字だと見分けられないので、新しい名前をつけて区別できるようにする必要があったのでないだろうか。
日本では漢字、ひらがな、カタカナを使ってうまい具合に「キリン」違いを防いでいる。「きりん」と「キリン」といえば動物園にいる方を、「麒麟」といえばいない方を思い浮かべる。ややこしい状態にあっても、視覚的に判断できるのは便利だ。韓国はどうだろう?ハングルがメインだけどお名前には漢字を使っているように見える。ハングルと漢字で「キリン」を使い分けているかもしれない。
「きりん」は不思議な言葉だ。どうしてこんなに夢中になれたのだろう?たった一つの言葉が、私の世界を広げてくれた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます(非常感謝!)
「キリン解剖記」はとってもおもしろいので、ぜひ読んでみてくださいね。