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藤原師輔と村上天皇[百人一首・百人秀歌の考察]

今回の記事は「百人一首・百人秀歌の考察1」の続編になる。百人一首の方だけに入っている後鳥羽院、順徳院は親子という明確な関係があるのに対して百人秀歌の方だけに入っている一条院皇后宮(定子)、権中納言国信(くにざね)、権中納言長方には一見何の関係もない。しかし、国信、長方の家系を定子と同じ時代にまで遡(さかのぼ)ってみると密接な関係にあることがわかる。彼ら二人は定子の死後揃って出家した藤原重家と源成信の家系の者たちだったのである。 (長方と撰者・定家の血縁関係が重家と成信の関係を

    • 「岩」と「思ふ」【百人一首・百人秀歌の考察】

      過去の記事で見てきたように、百人一首・百人秀歌のセットが中宮定子を重要人物のひとりにしていると思われることを考えると、定子について最も雄弁に語っている書物である『枕草子』との関連についても考えてみたくなる。『枕草子』の内容を仄めかすような歌があるかも。 『枕草子』の「殿などのおはしまさで後」で始まる段に書かれているエピソード。長い間、宮仕えを離れて自宅に引きこもっていた清少納言のもとに宮さま(中宮定子)から奇妙な手紙が来る。封筒の中には文字の書かれた山吹の花びらだけがあり、

      • 『君の名は。』のキービジュアルを深読みする

        映画『君の名は。』にはキービジュアルが複数あるが、今回扱うのは、その第2弾。細かく見ていくと興味深いので深読みしていく。 須賀神社の階段で瀧と三葉が見つめ合う。これだけを見るとラストシーンのようであるが、この絵が表わしているのは別のシーンの暗示であると考える。 この絵には変なところがある。それは光の当たり方。瀧の体は木の陰になっているが、瀧の後ろの建物には光が当たっている。一方、三葉の体には光が当たっているが、三葉の後ろの建物は陰になっている。これは、入れ替わりがあることを

        • ベートーヴェン:ピアノソナタ第31番 Op.110 第3楽章

          【噂のベーブンク】 ベートーヴェンのピアノソナタ第31番 Op.110第3楽章の最初のページに、イ音の連続があり、2個の音符を結ぶ弧線が引かれている(0:50-1:07)。これはタイか、同音のスラーか、それとも・・・ ドイツの音楽評論家・ヨーアヒム・カイザー著『ベートーヴェン 32のソナタと演奏家たち』(門馬直実・鈴木威 訳 1985年春秋社刊)には、「とかく噂さのあるベーブンク」と述べて、この弧線がベーブング・エフェクト(ベーブング奏法)を示唆しているという考えを示している。これは一度押した鍵盤を、上がりきらないうちにもう一度そっと押さえることによって詮音効果を生み出すという奏法らしい。現代のピアノでは効果を期待できないが、ベートーヴェンの時代のピアノでは出来たようだ。この「噂のベーブンク」はここだけでなく、125-126小節にも出てくる(6:57-7:08)。ここはピアニストによって解釈が分かれるところであり、聴き比べると面白いかもしれない。

        藤原師輔と村上天皇[百人一首・百人秀歌の考察]

        • 「岩」と「思ふ」【百人一首・百人秀歌の考察】

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        • ベートーヴェン:ピアノソナタ第31番 Op.110 第3楽章

          ベートーヴェン:ピアノソナタ第31番 Op.110 第3楽章

          Every Little Thing "jump"について

          来月17日にリリースから20年になるELTの『jump』。この「新しい愛の歌」はシングル曲としては初の、ヴォーカル・持田香織による作曲である。この曲に先立ってリリースされたアルバム『4FORCE』(フォース)で持田香織が2曲の作曲に挑戦しており、これが伏線になっていたともいえる。 曲調、歌い方、アレンジなど、それまでのELTの曲のイメージを一新する内容にファンの多くが違和感を覚えたようで、かなり物議を醸した。古いファンにはこの曲は新し過ぎたようだ。 当時この曲を聴いて気づ

          Every Little Thing "jump"について

          【深読み百人一首】隠された花山天皇

          百人一首の66番の歌に注目してみた。 「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」 これを詠んだのは、前(さきの)大僧正行尊。 この歌について考えていて閃いた。歌の語句の中に「花」があり、山桜の「山」がある。そしてこれを詠んだのは出家した僧侶である。ということで、藤原道兼(道長の兄)に騙されて出家させられ、天皇の地位を失った花山天皇が隠されているのではないか? 花山天皇は女好きとして知られている。天皇になるにあたっての即位式の席で気に入った女官を呼び

          【深読み百人一首】隠された花山天皇

          百人一首・百人秀歌の考察4

          百人一首・百人秀歌の歌人の選択の特徴のひとつに、親子のペアが多いということがある。百人一首の場合は、天智天皇-持統天皇という天皇の親子ペアで始まり、後鳥羽院-順徳院という同じく天皇の親子ペアで終わっている。優れた歌人や歌を選んでいたらたまたまそうなったのか、あるいは意図してそのような選び方をしたのか。表にまとめてみた。(名前の後の数字はそれぞれの歌番号) 百人秀歌の方には後鳥羽院と順徳院がいないので親子ペアがひとつ減るが、一条院皇后宮(中宮定子)がいることで儀同三司母との親

          百人一首・百人秀歌の考察4

          フォーレ:夜想曲第9番 Op.97

          フォーレの夜想曲(ノクテュルヌ)は全部で13曲。初めの8曲のうち6曲は長調だが、第9番から後はすべて短調である。 フィールドによって始められたノクターンはショパンによって発展させられ、フォーレのこの曲によって遠くに連れ去られた感がある。

          フォーレ:夜想曲第9番 Op.97

          フォーレ:夜想曲第9番 Op.97

          百人一首・百人秀歌の考察3

          考察2で触れた「1:6」の法則をいま一度振り返っておく。 【春の植物】梅1首:桜6首(百人一首。百人秀歌は7首) 梅は紀貫之の詠んだ「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」。桜は咲く桜3首(百人秀歌はプラス1首)「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」「もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし」「高砂の尾上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ」(「山桜咲き初めしより久方の雲居に見ゆる滝の白糸」[百人秀歌])と、散る桜3首(散る桜はい

          百人一首・百人秀歌の考察3

          百人一首・百人秀歌の考察2

          百人一首を考察するきっかけになったのが『絢爛たる暗号 百人一首の謎を解く』(織田正吉 著)である。『百人秀歌』の存在を知ったのもこの書からである。著者・織田氏は百人一首には似た語句を持つ歌があまりに多いことに疑問を持ったのがきっかけで解析を始められたという。歌どうしの関連する語句を合わせながら並べると18×18のマスに収まるという。選歌の傾向や語句の偏りから、百人一首は後鳥羽院と式子内親王への思いを秘めたものではないかという推論がなされている。選歌の傾向で興味深いのが、彩のあ

          百人一首・百人秀歌の考察2

          百人一首・百人秀歌の考察1

          昭和の時代になって『百人秀歌』という、[小倉]百人一首とほぼ同じ内容の和歌集が発見された。「京極黄門撰」と書かれていて、これはこの歌集の撰者が藤原定家であることを表わしている。百人一首はその内容から、定家の撰であることが疑問視されてきたが、この『百人秀歌』の発見により、百人一首が定家の撰であることが動かしがたいものとなった。 一般的な見解では、『百人秀歌』は原本で、これを改訂したものが『百人一首』であるということになっているようだ。一方、『百人秀歌』と『百人一首』は同時に成

          百人一首・百人秀歌の考察1

          【ネタバレ】映画『HELLO WORLD』考察的二次創作

          考察を含んだ二次創作です。現実世界の設定にかなりの無理がありますがどうかご了承ください。 (本文は映画『HELLO WORLD』の大いなるネタバレと『[映] アムリタ』および『2』(野﨑まど著)のささやかなネタバレを含みます。) 2027年7月3日、朝霧橋で雷に打たれたのは・・・ 『HELLO WORLD』の考察は、堅書直実が雷に打たれて脳死になった2027年脳死説、と一行瑠璃がそうなった2037年脳死説の二つが主流であるという。 橋の上で、二人一緒にいて、雷が落ちる。この状

          【ネタバレ】映画『HELLO WORLD』考察的二次創作

          アルカン:(独奏ピアノによる)協奏曲第1楽章

          シャルル=ヴァランタン・アルカン(1813-1888)作曲の「すべての短調による12の練習曲 Op.39」から、第8曲。練習曲にしては破格の規模。「協奏曲」のひとつの楽章としてもこんなに長いものは知らない。2013年にアルカン生誕200年を迎えた時はCDや楽譜がリリースされたりして一部で盛り上がりを見せたものの、すぐに下火となった。あまり有名でなくともロマン派ピアノ曲の金字塔として推したい。

          アルカン:(独奏ピアノによる)協奏曲第1楽章

          アルカン:(独奏ピアノによる)協奏曲第1楽章