夜想
黒いコートを羽織り、フードを被った男が一人、夜道を歩いている。
聞こえてくる音は男が地面に降り積もった雪をを踏みしめる度に聞こえてくる音のみ。
その足取りは軽いものとは言い難いが、重いものでもない。
ただ時折、足を止めては顔を僅かに上げ、夜空を見上げる。
その様子は何をしているのか、周囲からは分からないだろう。そもそも、彼の他に人など居ないのだが。
いや、彼自身何をしているのか、と問われれば、答えられないのかもしれない。
ただ、一歩一歩、確かめるように丁寧に足を進めている。
夜道を歩き続けるうちに、その視界の端に白い明かりが見えてくる。
周囲の静けさに似つかわしくない、無粋な光。
それがどうにも疎ましく思えて、その光が視界に入らない方角へ行先を変えた。
吐く息は白く見えることだろうが、それすらも分からない程の暗闇。
ただ見えるのは、夜空にひっそりと浮かんでいる三日月。
これでいい。
青白く、僅かに明かりを灯しているその月へ向かって歩くように、ただ歩みを進める。
男が歩を進める度にその輪郭が霞んでいく。
雪を踏み締める音すら小さく、微かなものになっていく。
これでいい。
ただ無表情なまま、男はその姿を夜に溶かした。
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