沈黙
なんだろう、とつぜん、中学3年生の冬の「あの日」を思いだした。
その年のわたしは、高校の推薦入試を受験した。内申点はぎりぎり。試験内容は、作文と個人面接。作文は制限字数ぴったりに書けたし、面接は想定内の質問だった。緊張していたけど、答えられた。
数週間後の「あの日」、放課後の職員室、担任から結果を聞いた。不合格。同じ高校の推薦入試を、6人の同級生たちと受験して、落ちたのはわたしだけ。なんでだろう、どうしよう、情けない、が頭の中をぐるぐる回った。
教室へ戻ると、友だちが待っていた。わたしは小さな声で言った。
「落ちちゃった」
みんな、声をかけてくれたのだけど、そのときのわたしは、みんなからの声を受けとることができなかった。
「トイレ行ってくる」
その場から逃げた。ろう下を歩いていると、涙がたまってきた。トイレの個室に入って、しゃがみこむ。
今の自分が、そのときの自分に声をかけるとしたら、何て言うかな。
「推薦入試がだめでも、一般入試を受けられるよ」
「高校進学だけが唯一の道じゃないよ」
いろんなことが言えそうだけど、そのときのわたしにはどんな言葉も届かないだろう。不合格を大げさにとらえていたな。
トイレにこもっていると、突然、名前を呼ばれた。
「かよー、帰ろう」
もえちゃんの声だ。
小学校1年生から放課後、同じ学童保育所で過ごした。4年生で学童保育所を卒業し、中学校に入学してからも、一緒に過ごすことが多かった。しっかり者で、面倒見がいい。もえちゃんと出会えて、わたしは運がいい。ドラえもんに出会えたのび太くんのように。
「先に帰ってて」
とわたし。
「一緒に帰ろう」
ともえちゃん。
「・・・」
「カバン、持ってきたよ」
「・・・」
トイレの個室の扉を開ける。出入り口にカバンを持って立っている、もえちゃん。カバンを受け取り、2階から下駄箱へ。わたしはもえちゃんのあとをついていく。上ばきを靴にはきかえ、昇降口を出る。横並びに歩く。ランニング中の部員たちが、わたしたちの横を走り抜けていく。校門を出て、別々の道を行くまで、ふたりとも、一言も話さない。沈黙に救われる。いつもの駐車場の出口のところで、もえちゃんと別れて、そこからひとりとぼとぼ歩き、家にたどり着いた。
ああ、わたしは、「あの日」の沈黙を思いだしたのだな。