【正期産児編】一過性多呼吸からの二次性RDSはないと思え
今回は新生児一過性多呼吸(TTN)についてのお話です。TTNは肺水吸収遅延による呼吸障害とされています。まずは出生時に起こる肺の状態の変化について確認してみましょう。
肺水の排出・吸収には大きく分けて2つの重要な機序、そしてその中で3つの重要な要素があります。まず一つ目の機序は圧迫排出による肺水の除去です。肺は胎内では水に浸っているスポンジのような状態です(図1左)。スポンジを手で絞ることで中の水が絞り出されます(図1右)。狭い産道を通過する時、このスポンジのように水浸しの新生児の胸郭がギュッと絞られ、肺水の約1/2~1/3が排出されます。そして体が出てきて呼吸が始まると、スポンジを絞っていた手が緩むように胸郭が広がり一気に肺が広がり空気が入ってきます。
二つ目の機序は肺水の移動および吸収です。肺胞から間質、間質からリンパ管や毛細血管への移動により肺水は吸収されていきます。これには交感神経およびグルココルチコイドの影響と肺胞・間質・リンパ管および毛細血管それぞれの圧較差の影響があります。交感神経の活性化(アドレナリン/ノルアドレナリン)もグルココルチコイドも肺胞のII型上皮細胞からのNa+と水分の能動的吸収を促進させます。II型上皮細胞はサーファクタント産生をすることが有名ですが、それだけではないのですね。詳しく説明するとII型肺胞上皮細胞は肺胞側ではNaイオンの濃度勾配により受動的に吸収し、間質側ではNa-K ATPaseにより能動的にNaイオンを排出しています。カテコラミンのβ作用もグルココルチコイドもどちらもNaチャネルやNa-K ATPaseの発現と働きを促進して間質側へ肺水を吸収させます。そうすると、間質のNaイオン濃度が上昇し浸透圧が上がることでさらに間質への肺水の移動が促されます。リンパ管や毛細血管へは主に静水圧、膠質浸透圧により吸収されます。
また、自発呼吸は胸腔内圧が陰圧になることは皆さんご存じと思いますが、呼吸をするたびに胸腔内の陰圧で肺が拡張し、肺胞と間質の圧較差が大きくなりますので、肺胞内の肺水が間質へ引き込まれやすくなります。まとめますと、二つ目の機序に重要な要素は交感神経、グルココルチコイドといったストレス反応と自発呼吸の繰り返しということになります。これらの機序により肺水の80%は生後2時間以内に排泄・吸収されます。出生後の早期母子接触中の急変は生後2時間以内に集中しており、肺水吸収にかかる時間と関係があるように思われます。
一つ目の機序がうまくいかないのは帝王切開や急速遂娩のときです。帝王切開では産道通過に比べて胸郭の圧迫が少なくなります。帝王切開では肺水の吸収に24時間くらいかかりますので、経腟分娩の子に比べてより長い時間注意が必要です。急速遂娩では本来ゆっくり時間をかけて絞り出すように圧迫される胸郭が、短時間でするっと通り抜けてしまい排出される肺水が少なくなります。頭部が大きく体幹がやせているAsymmetricalな胎児発育遅延の場合にも胸郭の圧迫が減りTTNのリスクになりそうに思われますが、実際には発症率に明確な差はありません。時間をかけて産道を通過すれば肺水は十分に排出されるのだろうと思います。また胎児や新生児の呼吸器系は伸展性が高く、前屈や後屈など体位変化によるわずかな圧変化も肺液の排出につながります。出生後母に面会して戻ってきたら呼吸が少し落ち着いていることがあるのは、このことも影響しています。蘇生中に腹臥位にすることも肺水の移動を促すことになります。腹臥位の姿勢は1回換気量が増えPaO2にして5mmHgくらい上昇する効果があることが知られています。カンガルーケアをしてもらうと児は腹臥位・頭部挙上の姿勢で抱っこされた状態でいますので、呼吸が落ち着きやすいのです。研修中に蘇生処置の中で腹臥位にして呼吸が落ち着くのを待っていたら、NCPRにそんなことは書いてないとかエビデンスがないとか叱られたことがありますが、早産児で人工呼吸管理やCPAP管理している児を日常的に腹臥位でみいているにも関わらずそういう話が出るのは、このように新生児科医でさえ新生児の生理学を知らない場合や「エビデンスがない」=「効果がない(というエビデンスがある)」と思っている医師も少なくないということを意味しています。
二つ目の機序がうまくいかない場合は、一つは分娩ストレスがないか少ない場合です。特に選択的帝王切開が該当します。予定された帝王切開では陣痛が始まる前に生まれますので、交感神経の活性化や生体のストレス反応であるグルココルチコイドの分泌は出生後に始まることになります。準備体操なしでいきなり人生という長い距離のマラソンを走りだすようなものです。TTNのほかにも低血糖や低体温など適応障害のリスクが増える理由です。
もう一つは自発呼吸が弱い場合です。大きく息を吸い胸郭を膨らませることが肺水吸収促進の要素でした。仮死等で筋緊張が低下した状態で生まれた場合、胸郭の運動が小さくなりますので、その分肺にかかる陰圧も小さくなります。そのため肺水吸収に時間がかかることになります。こういう筋緊張の低下した仮死児では筋緊張が回復するまで換気量がなかなか上がりません。このようなときに血液ガスを見てみるとpCO2が70や80mmHg台であることは珍しくはないのですが、数値を見たからといって慌てる必要はありません。時間がかかるだけであって、いずれ換気量が改善してpCO2も低下していきます。児の呼吸の様子をじっと見ていれば改善傾向にあるかどうかは簡単にわかります。児の呼吸を自分で真似してみると、今どのような肺の状態なのか、改善しつつあるかどうかを体感できますので、今度試してみてください。これに関しても研修中にこんな経験がありました。院外出生でTTNの状態の仮死児をお迎えに行ったときに、現地でとった血液ガスでpCO2が70台だったんですね。連れて帰った時には呼吸はすっかり落ち着いていたのですが、翌朝のカンファレンスでなんで挿管しないんだ、とpCO2が70mmHg以上は挿管して連れて来いという根拠もない謎の理屈で槍玉にあげられました。必要最小限の侵襲で連れてきて、しかも予想通りよくなってるのに叱られるという理不尽さと、それに対して誰もまともに反論できない状況にその病院を辞めました。これは患者ではなく検査値を治療している最たる例です。この医師は呼吸の適応過程にある仮死児のpCO2と早産児の抜管後のpCO2とが全く別物だということを考えたことがないのかもしれません。
さて、TTNの病態は肺水吸収遅延でした。そして肺水は呼吸を繰り返すたびに吸収が進んでいくということを解説してきました。ということはTTNは時間とともに呼吸が良くならなければならないはずです。時間がかかっていても生理的な適応過程の順に従っている場合にはTTNとしてもよいかもしれませんが、時間とともに呼吸が悪くなる経過があるのであればTTN以外を考えなければなりません。あくまでもTTNは除外診断だからです。軽症の呼吸障害をみるとTTNと考える癖をつけてしまうと、そこで思考停止してしまい本来の疾患を考えることをしなくなってしまいますので、TTNの経過に合わない場合には原因をまず考えてみると、より新生児のことが理解できるようになります。
教科書には一過性多呼吸の改善には2-3日かかることがあると記載されていますが、実際にTTNと診断されているものの中には相当数の軽症RDSが含まれていると思われます。長野県に来たばかりの頃、一過性多呼吸が長引いたものはTTNからの二次性RDSと診断することが日常的でカルチャーショックを受けたのですが、理屈を考えるとTTNがRDSを起こす理由がありません。そもそも最初からRDSだったと考えるのが自然です。RDSはサーファクタントの欠乏か消費亢進で起こります。吸収遅延された肺水がもしサーファクタントを阻害するのであれば、生まれた子は出生時にすでにサーファクタントの働きが阻害されているはずで、全員RDSになっていなければおかしいことになります。肺胞の開閉で肺胞壁が傷むからだ、という説明を受けましたが、サーファクタントが十分分泌されている正期産児では肺胞がいったん開いてしまえばそう簡単には虚脱しません。肺胞の開閉が頻繁に起こるとするとそもそも最初からサーファクタントの働きが弱いと考えられます。結局誰も明確にTTNが二次性RDS、すなわちサーファクタントの機能障害を起こす理由を説明できませんでした。
RDSは肺胞伸展刺激が起こってから48-72時間で内因性のサーファクタント分泌が一気に亢進しますので、2-3日で改善する時期が必ず訪れます。正期産児がRDSを起こさないかというとそんなことはありません。胎児期の高インスリン血症、男児、週数違いでは正期産児でもRDSを起こします。インスリンもアンドロゲンもどちらもサーファクタント分泌を抑制する方向に働きます。推定週数と出生時の児の成熟度に乖離があることはしばしば経験します。これは最終月経からでもCRL補正からの推定週数でも関係なく起こり、産婦人科の先生の腕の問題ではありません。胎内でどのくらい成熟して生まれるかによるものです。今まで見てきた正期産でRDSの経過をたどった児は、まず妊娠後半で体重増加のよい高インスリン血症が疑われる場合や、出生時の成熟度判定で35-36週の未熟性のある児であったり、何かしらRDSを起こす理由がありました。Later pretermで呼吸の改善に数日間かかるものは軽症RDSであってTTNとすべきではありませんし、早産児であってもTTNなのであれば翌日には呼吸が落ち着いていなければなりません。正常お産を含めてこれまで数千人の新生児を見てきましたが、成熟度にも問題なく、血性羊水の吸引や感染、MAS含めて他に理由を見つけられないRDSの経過をたどった児は実に2回しか見たことがありません。出生時に成熟度判定ができるということは実はとても大事な臨床能力で、成熟度判定を繰り返し行ってるうちに児の様子を見るだけでかなりの精度で週数推定ができる能力が身に付きます。週数推定ができるようになるとその児がどのような経過をたどるのかを予想しながら見ることができます。例えば呼吸障害のため挿管しなければならなかった正期産児の成熟度判定が35週だったとすると、48‐72時間待たないと肺のコンプライアンスが改善しませんので翌日には通常抜管できません。そういう子は呼吸をじっと見ていると吸気時間も短めで胸郭の動きが硬い様子から肺のコンプライアンスの低さがわかります。モニターや経過記録表の数字だけでは呼吸の状態は判断できません。視診がとても大事です。出生時点で週数判定ができると、未熟性のある子はRDSを起こすかもしれないという頭で蘇生ができるようになります。私はDubowitz法でずっとやってきましたが、New Ballard法でもエッセンスは同じなのでよいと思います。
【極論かましてよかですか】
時間とともに改善しないTTNはない。改善しなければ(軽症)RDSだと思え。TTNからの二次性RDSはない。
直感的な成熟度判定能力を身につけろ
児を見て、児の呼吸に自分の呼吸を合わせて児の呼吸を感じ取れ