【正期産児編】気胸は起きた瞬間が最も悪い
正期産児の呼吸障害:気胸とそれ以外の見分け方
新生児は分娩の状態にかかわらず一定の頻度で気胸や縦隔気腫といったエアリーク症候群が発生します。胎便吸引症候群や仮死児の方が起こりやすいわけですが、そういう要因の無い場合でも起こるのがエアリーク症候群です。新生児の第一啼泣では約60cmH2Oの圧力が気道にかかると言われています。人工呼吸を行うバッグには通常安全弁がついており40cmH2Oを超えないように設計されています。人工呼吸器のプレッシャーコントロールで吸気圧をどれくらいまであげるかというと通常20cmH2Oくらいまで、どんなに具合が悪い肺でも30cmH2Oを超えるような呼吸器設定にすることはまずありません。それを遥かに超える圧力が一気に気道にかかるわけですから空気が漏れても不思議ではありません。
成人における気胸と新生児の気胸では成因が違います。成人では肺表近くの嚢胞(ブレブ)の破綻により胸腔内に空気が漏出することで起こることが自然気胸の一般的な原因ですが、新生児では急激に高まる吸気時の胸腔内陰圧と気道内陽圧により破綻した肺胞周辺の間質組織に空気が漏出する間質性肺気腫(PIE)から縦隔、胸腔へと進展すると考えられています。
さて、気胸や縦隔気腫が起こったときに現れる呼吸苦の根本は何でしょうか。それは漏出した空気により虚脱し圧迫され拡張できない肺です。空気が漏出しても肺が虚脱していなければ呼吸障害は軽いものとなります。肺の虚脱の程度が大きければ当然一回換気量もきわめて少なくなりますので苦しくなるわけです。とすると、虚脱した肺を拡張させることができれば呼吸が楽になっていきますので、それが治療になるのは必定です。漏出した空気を除去する=胸腔穿刺、漏出した空気を吸収させる、CPAPや人工呼吸器による呼吸補助などが考えられるわけですが、私の一番のお勧めは「待つ」です。私を含め医療者は何かやらないと気が済まない人種も多いのですが、人生と同じで医療でも研修医指導でも我慢、じっと耐えて待つことも必要です。CPAPも人工呼吸器管理(陽圧管理)も気道内圧が高まりますので肺は拡張する一方、空気の漏出も増えてしまいます。特に気胸に対して人工呼吸器管理をする場合は胸腔穿刺による脱気が必要になることを前提に行うべきです。実はほとんどの気胸は陽圧さえかけなければ自発呼吸を繰り返すたびに徐々に虚脱した肺が拡張し、一回換気量が増えていくのです。多呼吸はしばらく残ることも多いですが、数日のうちに漏出した空気の吸収とともに自然と改善します。多呼吸が児の負担になっているように思われる場合には、昔と違い今はハイフローセラピーができますので、CPAPに比べて気道内圧を高めにくい(=治療による空気の漏出を起こしにくい)Nasal high flowを行うことで呼吸苦を軽減できます。
漏出した空気が多すぎる場合には、肺の拡張が得られるまでに時間がかかり苦しい時間も長くなりますので、思い切って胸腔穿刺をした方が良いですが、そのような場合にはレントゲンを撮れば相当の空気が漏出しており虚脱した肺の辺縁も確認できるはずです。その状態であれば肋間動脈さえ傷つけないように気をつければ胸腔穿刺で肺に当たることはまずなく、安心して穿刺することができます。逆に陽圧をかけておき、空気の漏出が増えたところで脱気した人がいたという話も聞いたことがあります。
【極論かましてよかですか】
気胸は気道に陽圧をかけず待てば改善する
陽圧での治療を行う場合は胸腔穿刺の心構えをしておく
酸素化不良の無い気胸に酸素投与をルーチンで行うやり方も大昔はされていました。まだ行っている施設でお勤めの場合は「気胸に酸素を投与するのはなぜ?」と聞いてみてください。もしちゃんと理由を説明できる人がいなければ、新生児医療を学ぶためには別の施設を考えた方がいいかもしれません。この治療法は窒素よりも酸素の方が体内での吸収速度が2倍ほど速いため(下図:酸素を1とした場合の窒素の拡散係数は0.53)、漏出した気体が速く吸収されるだろうと期待して行っていたものです。それでいうなら酸素の20倍吸収の早い二酸化炭素を使えばもっと速く吸収されるだろうと思いますが、現実的には極端な高CO2血症で色々弊害が起こることが容易に想像されるためそんな治療はできません。
酸素を使うにしても新生児はSOD活性が未熟なため高濃度酸素環境で発生する活性酸素の影響が大きいことがわかっており、活性酸素による神経細胞を含む細胞傷害、脆弱な胎児赤血球の溶血による黄疸の増強などの懸念があります。ですので気胸にルーチンで酸素投与をすることは個人的にお勧めしません。酸素投与が気胸を治すわけではなく時間が気胸を治すのですから、酸素投与してもしなくても漏出部位が塞がって治ります。酸素の過剰投与がどのくらい将来に影響を及ぼすかを考えたときに「影響なんてそんな出るはずないでしょう」、というのが大方の人の印象だと思います。しかし新生児の医療は「予防医学」であり、本来何事も無く健康に育つはずの児に、医療者の行為で起こらなくてもいいはずのことが起こってしまってはマズいのです。必要な酸素は投与するが、不要な酸素は制限するということが新生児医療で重要視されているのは、こういう背景があるからです。週数の早い早産児であっても正期産児であっても、その子の生きる能力の足を医療者が引っ張ってはいけないのです。そういう意味では周産期医療は妊娠中、妊娠前も含んで考えなければならない、ヒトの一生を左右しうる究極の「予防医学」ということになります。そしてその結果は数年後の小児科外来に発達の問題として浮かび上がってくるかもしれないのです。
【極論かましてよかですか】
周産期医療は救急医療、集中治療を含む急性期の医療であり、成育医療、在宅医療、家族支援、緩和医療を含む慢性期の医療であり、かつ究極の予防医学でもある
(こんなあらゆる要素を含む医療分野は周産期だけ、と自画自賛)
それでは正期産児の気胸でみられる典型的な経過の一例を挙げてみましょう。
【症例】在胎40週1日、3100g、Apgar score 1分8点、5分9点、経膣分娩で出生した児。羊水混濁なし。特に新生児蘇生処置は要さずSpO2も90%以上にすぐに上昇し、元気に泣いていた。ふとみると陥没呼吸をしており、SpO2は80%台に下がっていた。Mask CPAPを開始したが、陥没呼吸やSpO2の低下がなかなか改善せず、酸素投与をしながらNICUに入院した。入院後レントゲンを撮影したところ右の気胸と縦隔の左方偏位があり、胸腔穿刺を行い脱気したところSpO2が上昇し、多呼吸はしばらく続いたが徐々に改善していった。
この症例は出生後呼吸が安定したはずの児に急に陥没呼吸出現した、という経過です。生まれで元気なこどもも急に具合悪くなることがあるので目を離してはいけません。目を離しているときは耳を離してはいけません。声やモニターの音を常に聞いておくのが急変の早期発見のカギです。前回書いたとおり、新生児の呼吸は陥没呼吸、呻吟、多呼吸、正常な呼吸の順に適応しますので、正常な呼吸が陥没呼吸に逆転したのは「病的」ということになります。感染症や呼吸窮迫症候群は呼吸のたびに徐々に悪化するという特徴が有りますが、気胸の場合は空気が漏出し一気に肺が虚脱したところが最も呼吸状態としては悪いところになります。激しく啼泣して気胸になってしまったのでしょう。ここで気胸かも、と判断できていれば酸素投与かあるいはただ待つのどちらかで徐々に呼吸が安定したと思いますが、CPAPを行ったために気胸が悪化しなかなか改善しなかったのです。実際、CPAPで蘇生していてなかなか改善しないと呼ばれることがしばしばあります。その場合、最初に出す指示は「CPAPをやめて、酸素投与だけにして、腹臥位にしてみてください」です。そうすると分娩室に到着する頃には呼吸や酸素化がだいたい良くなっています。NCPR2020での安定化の流れは明示されていませんが、暗に「児の状態から考えて必要な呼吸補助を行いなさい」と病態の判断を蘇生者に要求しています。実はこれ、非常にシンプルで児の状態にあった治療をしなさい、というごく当たり前のことを言っているだけなのですが、蘇生中に適切に判断するのは普段から児の呼吸と病態を意識しながら見ていないと中級者でも適切にできない難しいことだと思います。NCPRのCPAPの弊害やビヨンド・ザ・NCPRについてはまた別の機会に。
【極論かましてよかですか】
気胸では呼吸が悪くなる瞬間が存在する(出生時点のこともあり)
気胸だと思ったら陽圧はかけず待つ(酸素投与は可)
CPAPはやっても良いが、改善しない場合は気胸を疑え