【新生児の生理学】一過性多呼吸?呼吸窮迫症候群?
本日の新患は、感染症による呼吸障害のため入院した正期産児。
真夜中に出生。出生時呻吟がみられていたが、20分ほどで呼吸は落ち着き産科病棟で付属児管理されていた。生後2時間で呼吸数60回台、4時間で70回台のため当直医に報告されたが、一過性多呼吸として経過観察となっていた。日勤帯の病棟担当医の診察時も多呼吸が続いていたが、一過性多呼吸として引き続き経過観察、日齢2に経皮ビリルビンの上昇が大きく採血をしたところWBC 20000、CRP2.9と炎症反応の上昇があり、感染症としてNICUで治療をすることになったという流れである。ちなみに日齢2も多呼吸は続いていた。
さて、この病歴を読んだ方でなにか気がつくことはあるだろうか?あるいは、この子の多呼吸の原因を考える上で、病歴の中で最も注目すべき部分はどこだろうか?
答えの前に新生児の生後の呼吸の適応過程についてまとめてみよう。胎内では肺の中は肺水で満たされている。肺は水浸しのスポンジのようなものだ。産道を通過するときに胸郭が圧迫され、肺水の約1/3は圧迫排出される(図1)。
出生後呼吸が始まると、肺に急激に吸い込んだ空気が流入してくる。スポンジを絞った手を緩めると絞られた水のかわりに空気が入ってくるイメージである。これが第一段階である。第二段階として、出生前後のストレス反応でアドレナリン/ノルアドレナリンが分泌されると、肺胞上皮細胞からのNa+と水分の能動的吸収が増す。これにより肺胞腔から上皮細胞、さらに肺間質へへ肺水の移動が促進される。第三段階として呼吸を繰り返すことによる肺水吸収が進む。吸気によって胸腔内が陰圧になり、肺胞腔から間質への肺水移動が促進される。スポンジをにぎにぎ繰り返すうちに水が抜けていくようなイメージである。生後2時間のうちに肺水の約80%以上はこの3つの段階を経て吸収される。帝王切開の場合や急速遂娩の場合には、第一段階である胸郭の圧迫が少なく、スポンジを絞らないまま生まれてくるため、肺水の吸収に時間がかかり呼吸障害が起こりやすい。
一過性多呼吸とは「肺水吸収遅延」による呼吸障害である。前述の通り肺水吸収は肺胞内の圧が高まり呼吸を繰り返すうちに徐々に進んでくるため、時間経過で改善してくるはずである。これが重要で、一過性多呼吸は出生時から呼吸障害が存在し、呼吸をしているうちに良くなっていくものである。生後呼吸状態安定していたのに後から多呼吸が出てくる場合や時間経過で改善してこない呼吸障害は一過性多呼吸ではないのだ。
一過性多呼吸とよく対比されるのが呼吸窮迫症候群(RDS)である。RDSは主に早産児の呼吸障害で肺胞サーファクタント欠乏が原因で起こる。肺をゴム風船だと思って頂けるとわかりやすいと思う。風船を口で膨らませるときには、膨らみ始めるまで力を込めて息を吹き込まないといけない。しかし、一旦風船が膨らむ始めると必要な力は少し軽くなる。膨らんだ風船から口を離すとゴムの弾力であっという間に風船はしぼんでつぶれてしまう。肺胞も同じで、虚脱した肺胞を広げるためには力が必要であるが、一旦肺胞が広がると必要な力は減少し、半径が大きな肺胞ほど同じ圧力で広がりやすいという性質を持つ。しかし気道内圧が下がると風船と同じように肺胞はつぶれて虚脱してしまう。それを解決するのが界面活性作用を持つ肺胞サーファクタントである。界面活性作用については石けん水を想像すればわかりやすい。石けん水でシャボン玉を作ることを考えてみよう。シャボン玉を作るときには風船の時のような力は必要ない。軽く吹くだけでキレイな球形に膨らみ、その形を保ったままの状態で存在することができる。これは石けん水が界面活性作用を持つから出来ることである。サーファクタントが十分ある肺胞は、広がるための力が減り、息を吐いて気道内圧が下がったときにも広がった状態を維持できるようになるのである。サーファクタントは在胎35週頃から急激に産生量が増え、正期産児ではRDSが起こらないほど十分に産生されている。
サーファクタントが不足しているときの呼吸の適応経過を考えてみよう。まず60cmH2Oもの圧がかかる第一啼泣により肺胞が広がる。しかし、呼気時に気道内圧が下がると肺胞が虚脱してしまう。呼吸を繰り返す度に肺胞は虚脱と拡張を繰り返し、低換気量、酸素化不良となる。RDSでは一旦肺が広がるが、呼吸を繰り返す度に呼吸状態が悪化していくのである。つまり、生後呼吸は一時的に良いが徐々に悪化してくるのである。一過性多呼吸の経過とよく比較してみてほしい。一過性多呼吸はだんだん良くなるが、RDSはだんだん悪くなるのである。
もう一つ、新生児の生理的な呼吸の適応の順番を把握しておくことも重要である。新生児の生後の呼吸は陥没呼吸→呻吟・呼気延長→多呼吸→正常な呼吸の順に改善していく。この順序に従っているときには生理的な適応の途中であるが、これが逆向きに移行したとき、あるいは改善に時間がかかりすぎるときには病的である。つまり正常な呼吸から多呼吸であったり多呼吸から呻吟や陥没呼吸に移行したときは異常なのである。
陥没呼吸は肺のコンプライアンスが低く、吸気時に肺全体が広がりにくいときにみられる。吸気時には胸腔内圧は陰圧になるが、胸郭は広がろうとするのに肺はそれについてこられず胸郭の辺縁で柔らかい部分、特に肋骨弓下が凹んでしまうのである。
呻吟は呼気時に肺胞が虚脱してしまう段階にみられる、呼気を延長させ声帯を絞りうなるような声を出すことで呼気に伴う気道内圧の急激な低下を防ぎ、呼気終末気道内圧(PEEP)を保つ呼吸様式である。生得的にこのような呼吸を人間は身につけているのである。呻吟をしている=PEEPを保つことが必要ということなので、啼泣や気管挿管直後に呼気終末気道内圧が下がることで肺胞の虚脱が進み呼吸が悪化しやすい。泣かせず、腹臥位にしてそっとしておくと生理的な適応の最中であれば改善してきやすい。
多呼吸は呼気時の肺胞虚脱が減ったがまだ1回換気量が少ない状態である。少ない換気量を呼吸回数でカバーする呼吸様式である。肺のコンプライアンスが改善し1回換気量が増加してくるとそれに合わせて呼吸回数は正常化する。以上が生理的な呼吸の適応である。一過性多呼吸はこの流れに沿うが、RDSはこの流れが逆転することになる。
蛇足だが、新生児症例のプレゼンを聞いているときに、「呻吟と多呼吸があり入院した」という表現をしばしば耳にするが、呻吟と多呼吸を同時に行うことは出来ない。実際やってみれば呼気延長をさせながら呼吸数を増やすことはとても難しい事がわかるだろう。そのため、呼気延長が必要な呼吸状態では呼吸数は増やすことは出来ず、更に呼吸状態が悪化した場合には低換気+呼吸数減少あるいは無呼吸を起こしてくることになる。
ということで、「この子の多呼吸の原因を考える上で、病歴の中で最も注目すべき部分はどこだろうか?」に対する答えは、「落ち着いていた呼吸が、生後2時間で呼吸数60回台、4時間で70回台」の部分であり、生後安定していた呼吸が2-4時間で悪化したという経過である。この病歴だけで一過性多呼吸は否定されRDSの経過だとわかる。そして羊水混濁のない正期産児でこの経過の時には十中八九感染症なのである。
新生児の感染症でなぜRDSと同じ経過の呼吸障害が起こるのかについてはまた別の機会に。