SNSにおける”人気商売”について考える
はじめまして。漫画原作者をやっている江藤と申します。
これは表題通り、”SNSにおける、すべての”人気商売”と呼ばれる人たちの本質”についてひとつの仮説を述べている記事です。ここではひとまずテレビや雑誌メディア等での活動は取り上げず、ほぼSNSに絞って考えてみています。
また承前として、これを考えるきっかけとなった、きくちゆうき氏の『100日後に死ぬワニ』のマネタイズ施策発表、その賛否両論について、ある程度知っている方向けの記事となります。ご了承ください。
いちおう簡単に説明すると、『100日後に死ぬワニ』という、擬人化されたワニが死ぬまでの100日間を毎日描いたマンガがTwitterで発表され先日最終回を迎えたのですが、直後(完結から約1時間後)に映画化・グッズ展開・追悼ショップ開店などの施策が作者アカウントではない公式アカウントから発表され、おそらくそれが余りにも性急に見えたため賛否両論を集めたものです(以下、便宜上”賛否両論”を”炎上”と呼びます)。詳しく知りたい方はご自分でお調べになっていただくとして、炎上したこと自体は「なぜ商業化の話が来たのか?」を考えれば自明である、と言うことができます。
以下で述べるのは「なぜ炎上したのか?」という理由について、そして「なぜ炎上”する”のか?」についてです。また、本件とは直接関係ありませんが、たびたび問題になるクリエイター・インフルエンサーによるステルスマーケティングの是非についても併せて述べます。
まず私は商業主義には責任があり、ステルスマーケティングはルール違反、という立場を採っているので、それが何故なのかについて私見と仮説を述べます。
結論から言うと、それは「SNSを主戦場にしているクリエイター・インフルエンサーには必ず水商売の側面があるから」です。もう少し正確に言えば、SNS上の人気商売には漏れなくすべて水商売の側面があります(”水商売”には職業差別のニュアンスがあるという意見もありますが、当然そのような意図はありませんので”メリケン粉商売”くらいのニュアンスで捉えていただければ幸いです)。
ここからはひとつの例え話として、SNS(『Twitter』、『Instagram』、『note』、『You Tube』etc)はキャバクラやホストクラブであり、人気商売で生計を立てている人たちはホストでありホステスだと考えてください。
順を追って説明します。
漫画家・鈴木みそ先生の著作のひとつに『おとなのしくみ』という、様々な”大人の世界のしくみ”を取材し、4ページの漫画で紹介していくという漫画があります。
その中の一遍に、”広告のしくみ”という、広告マンに実際に取材をして描かれたエピソードがありました。
作中、「広告漫画の原稿料は高い」ということに疑問を持っていた鈴木先生が「なぜですか?」と質問すると、取材に応じている広告マンの方はこう答えます。
「それは水商売だからですね」
このエピソードでは「意に染まない商品であっても宣伝する」ことと「好き嫌いに関わらずお客さまの相手をして楽しませなければならないこと」を同質に語っていました。だから広告案件の単価は高いというわけです。
非常に腑に落ちる表現であるとともに、これを思い出したとき、私は「SNS時代の人気商売は、多かれ少なかれその全てが水商売ではないか?」という仮説を立てました。
共通しているのは”夢を見せる仕事”という点にあります。
ホスト・ホステスなど水商売で働いている人たち(以下”キャスト”と呼びます)は、お客さまと気持ちよく会話をして、その対価を受け取っています。
つまり彼ら・彼女らは相手にとって「話しやすい、一緒にお酒を飲んでいて楽しい相手」という”夢”を見せているわけです。
キャストの話す内容や態度がすべて本音(=素)だと心の底から思っている人はいないでしょう。また、本音で接することが売りのキャストがいたとして、それが本当だったとしても、お金が発生している限り、それは”プロ”の”仕事”です。そのことにお客さまも納得しているからこそ、金銭の授受が成立しているわけです。
広告案件についても同じことが言えます。
たとえば広告漫画を描いてSNSに載せるということは、了承した時点でプロとしての金銭の授受が発生しています。
目的は広告した商品を買っていただくこと、言い換えれば”商品の満足度に”夢”を見せ、その結果として金銭を得ること”です。
こう書くと、”夢を見せる”ことが手段であるなら、#PRなどという但し書きを付けるのは興を削ぐ行為ではないか?とお思いになる方もいるでしょう。
なぜ、広告案件には#PRを付けないといけないのでしょうか。
それは、#PRという表記自体が、キャバクラ・ホストクラブにおける”納得の上で店舗に入ること”と同義の意味を持つからです。
それをせずに対価だけいただくというのは、プライベートと偽って会話をして「1万円になります」と騙し討ちをするのと同じです。
「お金をもらっているのは広告クライアントからであって、ユーザーから直接もらっているわけではない」と思うでしょうか?
SNS上の”対価”とは、金銭だけに発生するのではありません。
広告を見る”時間”はどうでしょうか。
”RT”や”いいね”は誰が押すのでしょうか。
SNS時代にユーザーが支払う”対価”というのは、”時間”と”拡散”です。
彼らは(私も含めて)それを媒体ごとのやり方で金銭に替えて活動・生活しています。
非常に分かりやすい例としては「チャンネル登録・いいねボタンよろしく」を動画の最後に申し添えるプロYouTuberでしょう(You Tubeにおいては”閲覧数”と”いいね”の数がコンテンツの経済的評価にも直結します)。
普段から気軽にシェアしている身にとっては「ワンタップするだけなのに大げさな」と思うかも知れませんが、キャスト側の人間で拡散に価値がないと考えている人はひとりもいないでしょう。
現代においては”拡散されること”そのものが非常に重要かつ大きな価値を持ちます。
つまるところ広告案件とは、あなたが広告に対して”拡散”という価値を使用した結果として、あなたが”育ててきた”アカウントのフォロワーにもその広告を読んでもらう可能性が生まれること、それによってさらに”拡散”の波が広がること、最終的な結果として商品が売れることを期待されているお仕事です。
これではフリーライド(ただ乗り)と批判されても仕方がありません(この場合の批判は必ずしも”非難”ではありません)。
ただし、#PRと付いている場合は話が変わってきます。
#PR表記は「ここは今だけ企業が運営するキャバクラ・ホストクラブです。ご納得の上でご入店ください」という注意喚起と同じことだからです。
納得、同意を得た上で時間を使っていただく、また、シェアしていただくことで、はじめて対価を得ることがフェアに行われ、フリーライドではなく自発的なボランティアになるのです。
自作のコンテンツの宣伝に#PRと付けなくてもいいのは単に暗黙の了解によるもので、本質は同じです(フォロワーによる”応援したい”という自発的な気持ちで納得・同意を得ていると思われるため)。
これが、SNS上のステルスマーケティングはルール違反、という論拠になります。
ではステルスマーケティングでも何でもない『100日後に死ぬワニ』が性急なマネタイズ施策の結果、炎上したのはなぜでしょうか。
これもクリエイターをキャストと考えることですっきりと説明できます。
極端に抽象化して言えば、「”夢を見せる”ことに失敗したキャストがお客さまに刺された」のです。もう少し詳しく言えば、「最後まで上手に夢を見せきることができなかったキャストが刺された」のです。
この作品を挙げているのはタイムリーな一例としてであって、基本的にはSNS時代の人気商売はすべて同じです。
芸能人のスキャンダルもクリエイターの差別発言も言論人のダブルスタンダードも政治家の失言も、すべてです。
「SNSをやっていなくても炎上する人はどうなの?」という疑問もあるでしょう。
では、その人の関わっているコンテンツはどうでしょうか。
関わっている会社はアカウントを持っていないでしょうか。
SNS時代の”拡散”とは”価値のある力”であり、ファンが最も手軽に支払える”対価”なのです。そして”拡散”という行為の中には、コンテンツを見た人の”時間”=”薄まった命”をすでに含んでいることがほとんどです。それを”いただいている”という自覚のない、または失ったキャストは現状認識に齟齬がある危険な状態であると私は考えます。
”価値ある力”である”拡散”がマイナス面に傾いたとき、強烈なバッシングに形を変えてキャストとそれに関わるすべてに襲い掛かるからです。
(私も末席に含めた)人気商売で生きている人間は、アカウントを持っていてもいなくても、そこでの評価に全く関わらずに生きることはできないのです。
また、人気商売の方々が無償(に見える)コンテンツをアップし続けているのはそのほとんどが営業活動、販路拡大を目的としています。
付け加えるなら、自らのキャストとして武器、その商業的価値を量るためのマーケティングでもあります。
SNSというキャバクラ・ホストクラブにおいて、自身のフォロワーと、”フォロワーの持っているフォロワー”が力の源泉です。
それを支えているのは(一時的な話題性を除けば)、基本的にはキャストに対する”好感度”です。
あえてドライな言い方をすれば、”好感度”を「見ている人にとっての都合の良さ」と言い換えても構いません。
自撮りやイラストをアップしてくれるから、面白い漫画を載せてくれるから、気の利いた、または趣味の合うツイートをしてくれるから。
ここまで来れば、何度も出てきたキャストが見せている”夢”とは何か?ということの答えも見えてきます。それは”期待されているメリット”です。”振る舞い””機能”と言ってもいいでしょう。
意図の有無に関わらず、人気商売のプロはSNS上でキャストとして期待されているメリットを能力を使って披露し、それを見てもらう事によって”成果”を得ています。
あえて意地悪な別の言い方をすれば、監視されているとも言えます。
フォロワーの数を”人気”ではなく”自分に向けられている銃口の数”と表現する人もいます。おかしな真似をしたら撃つ、という可能性が各個人によって威力の大小に関わらず存在する。これは否定できない事実と思われます。
だからこそ、職業人=プロとしての誠実さが求められます。
だからこそ”同意”が必要で、だからこそ、応援してくれた人たちを裏切っては(裏切られたと思われては)いけないのです。大前提として職業倫理として、もうひとつは単純に悪手だからです。
なるほど、一部の人が指摘するように「自撮りも漫画も動画もタダで見ているなら文句を言うのはおかしい」という意見には一理あるように思えます。
しかし、金銭でなくとも”時間”とそれを含んだ”拡散”という”対価”を受け取った結果として成功する以上、”裏切った(と思われた)ときに刺されるリスクを負うのは当然”という言い方もできます。
現代というのはとっくの昔に、そのリスクを引き受ける覚悟がなければ人気商売を続けることなどできない時代に入っていると、私は思っています(おそらくこれを最前線で肌身に感じているのは、アカウントBANされた場合の再起が大変なプロYouTuberの皆さんでしょう)。
『100日後に死ぬワニ』がなぜ炎上したのかについて、”「なぜ商業化の話が来たのか」を考えれば自明である”、と述べたのも以上の理由によります。
ではどうすれば良かったのかというと、単純に公式(商業)アカウントではなく、作者さん自身のアカウントで、ご自身の言葉で”時間”を使って読んでくださった方、”拡散”してくださった方への謝意を伝えた上で、ご自身の言葉でマネタイズ展開の報告をなさっていれば炎上は防げた、それどころか多くの人は心から拍手喝采していたと思います(少なくとも私はそうしたでしょう)。おそらくこれは順番の問題です。
なぜ謝意を伝えるのが先か?
それは”拡散”なくして成功はなかったからです。
我々は”拡散”という”対価”を得ないと成功できないフェーズにいます。
「成功は自分だけの力ではありません。みなさんのおかげです」という言葉における”みなさん”の範囲が、”拡散してくれた人全員”にまで及んでいるからです。その気持を踏みにじ(ったと思われ)れば、”対価”を支払っている人たちの”成果”を無視した行動と見做され、時には非難されます。
これは理不尽なことでしょうか。
私は必ずしもそうは思っていません。
”評価経済社会”という言葉が発明されてずいぶん経つこのSNS時代においては、キャストを育てる最も大きな力を持っているのは(その大小に関わらず)”拡散力を持っているファン”だからです。
最も大きな力を持っている=最大の功労者たちの意向を無視すれば、叩かれるリスクは常に付きまといます。その代わり、誠実に”夢”を見せ続けることができれば、個人であっても大成功するチャンスもまた、以前とは比較にならないほど大きくなりました。
SNS以前から、元々人気商売というのはそういうものでした。それがいっそう可視化されるようになった、直接的になった、そしてもう元の時代には戻れないということです。SNSで個人による成功の可能性が大きくなった結果として、リスクもまた増大したのでしょう(特に、”対価”を支払っているわけでもないのに炎上が起これば便乗して叩く、いわゆる”延焼”と言われる二次災害は時代が生んだマイナスのフリーライドと言えます)。
そしてもちろん、私自身も零細ながらSNS時代の”キャスト”のひとりとして、誠実な職業人であること、その結果としての評価を引き受ける立場にいます。
あなたの貴重な”時間”をいただいて、お読みいただきありがとうございました。