本当に必要最低限の”物語制作”スターターキット

 今回の記事では、「アイデアとイメージだけはあるけどテクニックが何ひとつ分からない」という物語制作の初心者に対して「これだけ理解していれば絶対に大丈夫」と考えられる要素についてとその使い方、「なぜこれだけ理解していればいいのか」「では他の技術はいったい何のためにあるのか」について説明します。

 これまで私のnoteでは基本的に、ネット上で見つけることが比較的難しい中級者以上に向けた物語制作Tipsや、横文字でよく分からない概念的なキーワード(”テーマ”や”コンセプト”等)を可能な限り噛み砕いてお伝えすることを中心にしてきました。

 私が所属する漫画業界においては①独学②経験則③情報交換が基本であり、そのままプロになる人が圧倒的多数を占めています。プロの作家さんであっても、実制作のノウハウは割と広く共有されているものの、もっと抽象的な”概念”については既存作品から学び取った「私はこう捉えている」という認識で使用していることがほとんどです。

 ご本人にとってはそれで制作が出来ているためまったく問題ないのですが、デビュー前の私のように、その理解につまづき悩む中級者も多いのではないかと考えて記事を制作しています(ゆえに、私の解釈が他の作家さんの解釈と違っている場合があります)。

 逆に、初心者向けのTipsはネット上に比較的たくさん見付けることができますし、先人がまとめた優良な書籍も山のようにあります。私が改めてご紹介するのはおこがましいのですが、「初心者向けといいながら紹介されるテクニックが多すぎる。本当の”必要最低限”ってなに?」とお思いの初心者の方に向けて、”絞った解説”をすることには意義があるかも知れないと考え、この記事を作成しました。これから物語制作の海に漕ぎ出す方の一助になれば幸いです。

 それではまず、物語制作における本当に必要最低限のスターターキット、その数を確認しておきましょう。

①5W1H

 以上です。

 文字通り、以下の5つのWひとつのHです。

・Who(だれが)
・When(いつ)
・Where(どこで)
・What(なにを)
・Why(なぜ)
・How(どのように)

 これは一般的な物語を構築する上で絶対必須の要素で、またもっとも大切な要素となります。物語を書き始めた方が、書き上げた物語を他の人に見てもらったときに「面白い・面白くない」以前の問題として「分からない」と言われてしまうことのほとんどは、この5W1Hが明快に示されていないのが原因です。ですが逆に、これさえしっかり押さえていれば、誇張ではなく本当に誰でも物語を作ることができます

 各項目は日常生活でも普通に使われる言葉であるため、その意味を説明する必要はないと思います。ここでは実際の使い方と本当に大切な注意点、メディアごとの有利不利について説明します。

 まず、5W1Hは”物語全体””場面ごと”必ず設定する必要があります。以下の比較をご覧ください。

【”物語全体”の5W1H】
・Who(だれが)主人公
・When(いつ)時代設定
・Where(どこで)世界設定
・What(なにを)最終目的
・Why(なぜ)動機
・How(どのように)方法

【”場面ごと”の5W1H】
・Who(だれが)”場面に”いる人物
・When(いつ)”場面の”季節と日時
・Where(どこで)”場面で”使用する場所
・What(なにを)”場面で”展開される行動
・Why(なぜ)”場面に”おける理由
・How(どのように)”場面に”おける方法

 ここで注意していただきたいのは、本当に大切なのは”場面ごと”の設定の方だということです。物語制作初心者の方はまず”物語全体”の設定から考えるためそこが問題になることは少ないものの、往々にして読者の理解力を信用し過ぎているため、”場面ごとの設定”が甘くなりがちだからです。

 架空の物語というのはすべて作者(あなた)の妄想であるため、「言わなくても伝わる」ものはひとつも無いと考えてください。あなたが作中で語らなかったことは、この世界に存在しないことと同義になります。物語の目的は”伝える”ことであるため、作者の「言ったじゃん」と読者の「聞いてないよ」が発生した場合、基本的に作者の敗けです。

 物語制作に慣れてくると「あえて語らない」「間接的に語る」というテクニックが身に付いてきて、”すべてを直接的な描写に頼る”ということは少なくなる傾向にあります。ですが、制作を始めたばかりの方は「この場面を見た読者(観客)に後から質問したとき、5W1Hをすべて”説明”してもらうことはできるだろうか?」という疑念を常に抱いておくことが非常に大切です。

 ”説明”は”理解”の先にあるため、場面ごとの5W1Hを「これなら誰が見ても明快に”説明”できる」というくらいまで提示できていれば、あなたはすでに”初心者”のレベルを越えた”中級者”ということができるでしょう。

 また、5W1Hには世界観の種類、またメディアごとに有利と不利があります。世界観の種類でいうと、現実に近いほど有利で空想に近付くほど不利、メディアごとでいうと実写映像に近付くほど有利で、視覚情報が限られていくほど不利になります。

 実写作品をパッと見て5W1Hに疑問を抱く人はほとんどいませんが、アニメーション、漫画、小説の順に、5W1Hの伝え方をきちんと考えなければ意味不明な場面が生まれ、受け手の理解の妨げとなります。これは”妨げる可能性が高まる”というレベルではなく、”必ず”妨げられます(余談ですが、これが制作にかかる金銭的な有利不利になると、メディアごとの順番はきれいに逆転します)。

 ゲーム(物語を内包したもの)はやや特殊な位置にあるため、制作規模と種類によって、映像作品より上に来ることもあれば漫画よりも下に来ることもあります。

 物語制作とは、究極的にはこの5W1Hを埋めること、ただそれだけです。「埋めたらそれがそのまま物語になる」と言って100%間違いありません。

 騙されたと思って、”物語全体”の5W1Hを設定し、それをあなたが思う場面ごとに分けて、”場面ごと”の5W1Hを設定してみてください。それだけでもうすでに”物語”になっているはずです。また、あなたに大好きな物語があれば、それを5W1Hのレベルまで分解してみるのもお薦めです。そうすれば、あとはそれを「どう面白く見せるか」だけということがわかっていただけると思います。

 このように、私たちが普段目にする物語というのは、この5W1Hを、いかに”工夫して、斬新に、面白く伝えるか”という制作者の回答のひとつであり、常にその技巧とアイデアが試されています。繰り返しますが、本当に”ただそれだけ”なのです。そこに本来難しいことは何もありません。

 あなたにも、家族や友人知人に「今日こんなことがあってね」という日常の出来事を話すことがあると思います。そうした出来事を相手に理解してもらうためには自然と5W1Hを使うことになるため、実は日常的に誰もが”物語って”います(架空の物語と違うのは、話す相手に自分と共通の知識があれば5W1Hのうちいくつかを省いても伝わることです)。ですが、同じ5W1Hの物語であっても、その面白さは”語り口”によって雲泥の差が出てしまいます。

 物語論で語られるこの他の全ての技法は、その”語り口”を洗練するために開発・共有・継承された”枝葉の技術”です。そして、これを大きくまとめた言葉こそが”演出”と呼ばれるものです。

 ひと言にまとめると、”5W1H以外のすべては演出である”ということができます。

 よく”シナリオ術”とされる”起承転結”も”序破急”も”ビートシート”も、実際には”演出”という枠の中にある”物語る順番の演出”に過ぎませんし、だからこそ絶対のルールがないのです(結末から語る物語が世の中にありふれていることからもそれが理解できます)。

 私の専門分野である漫画においても、”基本”とされがちな”コマ割り”でさえ”演出”の枠の中に収まっています。

 では”演出”とは何でしょうか。それは”意図”という言葉に置き換えることができます。”物語をどう見せたいか”という”意図”です。

 以上をまとめると、私たちが目にする物語作品のすべては、”5W1Hを、作者の思う意図に沿って説明したもの”ということができます。

 このあたりの認識は本当に誤解されていることが多く、また、物語の本質を捉える上で非常に大切なのでぜひ覚えておいていただければ幸いです。

 以上の説明から、5W1Hさえ理解すれば、”物語が作れない”ということは実際には”有り得ない”ということができます。”物語”は誰でも作れます。

 そこから先、”面白い物語”を作る工夫をする段階になって初めて、これまであなたが見聞きしてきた物語の研究や研鑽、世の中に溢れるTipsを参考にした”演出”の出番です。

 以上、物語制作を始める上で本当に必要最低限なスターターキットとは何か、そしてそれが何故なのか、というお話でした。

 ぜひ5W1Hを理解していただき、まず”誰が聞いても理解できる物語”を、そこから技巧を駆使して”面白い物語”を制作していただければ幸いです。

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