日本語教員試験2024体験記(「ガス、火、ないセンセイ」編)
この記事は、「日本語教員試験体験記」の第14回です。
前回までの記事は、noteのマガジンにまとめていますので、合わせてお楽しみ下さい。
「日本語学校での業務には、授業の他に、生活指導などに関わる業務があります」を解釈する
日本語教育能力検定試験や日本語教員試験では、本文、問題文や選択肢に含まれる難解な表現を解釈して、具体的な事例に置き換えて比較しなければならない場合があります。知識があれば即答できる問題ではなく、「応用して解く」というか、もはや「国語問題的に解く」としか表現できない問題のことです。
司法書士試験の指導で有名な山本浩司先生は多くの著作の中で、「言葉の微分・積分」という概念を使って、試験問題の文言を分析する手法を紹介されています。微分積分は数学の言葉ですが、言葉の世界でいう「微分」は「こまかく、わける」ことで、「積分」とは、微分されたものを逆に再構成して、正解を求めるという営みです。私なりの解釈もありますので、比喩的にざっくりと捉えていただけると幸いです。
作文を書いたり、スピーチの準備をすることとします。伝えたいこと=メッセージは頭の中にもやもやとしている状態ですが、キーワードにして、紙に書き出すと、それがだんだんつながっていき、箇条書きに整理されたりして、最終的にメッセージの塊になっていきます。この、細かくわける作業が「微分」で、箇条書き等を文章やスピーチなどの形にもっていくのが「積分」ですね。抽象化と具体化、帰納と演繹、という、大学の現代文の試験に出てきそうな概念でも説明することができるかもしれません。
「〜という言語形式においては、〜という表現は用いられない。」という選択肢のみを読んで、誰が一瞬で理解できるでしょうか。「〜」には、「否定の言語形式」とか、「直接引用においては」というような抽象的な表現が入って問題に出されます。これを一旦飲み込んで、解釈して、具体例に変換しなければ正解の選択肢を検討することができません。要するに日本語教員試験の問題は、「例文を即座に作って検討、説明ができますか?」と問うているような気がします。
難解で抽象的な表現を具体的に考えて問題を解決し、再び一般化しておいてから、再び似たような事例に備える訓練をしろということでしょうか。私は試験中に「学生サポート」についての経験が頭によぎりました。日本語教師の「具体」って、生々しいもんなんだよなぁと。
「生活指導」を微分して、「学生サポート」という変数を得る
日本語教師が担当する「生活指導」業務は多岐にわたります。あいさつをしなさい、靴をきちんと下駄箱に入れなさい、遅刻欠席をしないように務めなさい、アルバイトを週に28時間超えてはいけない・・等、指導することは山盛りあります。親の気分で「躾」と言うと語弊がありますが、ある程度厳しく指導しておかないと、アルバイトに採用されず、生活も学業も成り立ちません。入国当初の生活指導は非常に重要な要素です。
留学生が入国してからしばらくたつと、生活も安定してきたかのように見えます。最初はお腹すいた顔をしながら学校に来ていたのが、アルバイトの給料を数回もらったころには、食事もグレードアップし、110円のジュースを毎日買うようになります。ところが、学費や寮の家賃の支払いの時期になると、やっぱり学生は困った顔になっていきます。「金銭トラブル」という程のものではないのですが、生きていくうえで重大な「困った」が、携帯電話・電気・ガスなどのライフラインのストップです。要するに、「お金がなくて払えなかった」又は「請求書を理解せずに放置した」ことが原因です。
一般的に学校のパンフレットには「留学生の生活サポート」を謳っていますが、学費を免除したり、生活費を貸し付けるわけではありません。あくまでも、悩みを聞いて事実を整理し、どうすれば解決できるかをアドバイスするのが「生活サポート」です。
「ガス、火、ないセンセイ。」という相談から始まる「生活サポート」
関西電力の場合は請求書(青)がまず届きます。これを支払わなかった場合は再度請求書(黄)が届きます。2ヶ月分の支払いが滞ると電気の供給が停止されます。最近は停止も再開もリモートで行われることが多いようです。手元のお金の都合でどうしても支払いが遅くなってしまうと、請求書が積み重なり何月分を払ってないかがわからなくなったり、払いに行こうとしても(セブンイレブン不可)の意味がわからず、レジで???となったりすることが、滞納放置の原因になりがちです。
大阪ガスの場合は、封筒で3ヶ月分の督促請求書が来ると、もうすぐ供給停止になるサインです。少なくとも、古い方の2ヶ月分を即支払わないと危険です。払わずに停止されると契約そのものが解除になって、再開するには「再契約」が必要になります。
「水道料金の滞納による停止はガスや電気よりも後」という経験則があります。地方自治体の水道局による請求ならば、概ね6ヶ月の滞納、実際には2ヶ月に1回の請求ですから、3回分の支払いを溜めると停止される感覚です。しかし、マンションの管理会社が一括で建て替えて、水道料金を個別に請求するパターンもありますから、一概には言えません。
「電気事業の自由化」ということで、最近では電気、ガス、さらには携帯電話やインターネット回線もセットにしたプランを売りにする業者が増えています。話を聞けば確かにお得なプランに聞こえるのですが、関西電力、大阪ガスなどのような老舗に比べれば、滞納時の対応はシビアです。
「●●エネルギー株式会社」というような聞き慣れない業者の場合すなわち、老舗の電気やガスの会社じゃない場合は、滞納で供給停止になると未納料金を全て支払っても「再契約」は不可という対応が多いです。そもそも払ってないのが悪いのですが、事業者にも大人の事情があるようで、払ったから再開しますとはならないことに私はびっくりしました。当初契約する際に、「日本語で契約の注意事項の告知を理解できない人とは契約できない」として、私がサポートに入って契約した供給契約もあります。オペレータの日本語は、「やさしい日本語」どころではなく、「〜という事態も起こり得ますことを予めご承知おきください。」というレベルです。日本語ネイティブでも、「はい、センセイ」というしかないほどの「難しい日本語」です。
市役所やゆうちょ銀行は外国人をサポートする方向に舵を切っていますが、電力・ガス・携帯電話・インターネットは厳しいです。「ご承知おきください」という日本語を使いこなせるのは、日本語学校を卒業して専門学校に入って、就職活動するころかなぁと、日本語教師の視点でぼぉっとしてしまいました。
高齢者が「かんたん携帯」みたいなのが欲しくて携帯電話のショップに行ったら、あれよあれよとまくしたてられ、「スマホ」だけでなく不必要なネット回線やタブレットまで契約させられた、という話があります。極端な悪質事例かもしれませんが、悪質かどうかを見極めることができないほど、客側はわかっていないのです。なぜなら、サービスのプランが複雑怪奇すぎるんです。さらに犯罪防止策として契約手続きも複雑になっています。すべてを理解して契約している人はいないのではないかと思うほど。本来、理解したから契約するものですけどね。あとで知らなかったと不服を言っても、サインや印鑑をしてしまったら、「最高裁の裁判長かて、そらぁ払わなあかんっていいまっせ(引用元:「ナニワ金融道)」と言われそうです。
このように、生活に関する契約をサポートするというのは大変なものです。本来は学生個人の責任でやるべきという建前もありますし、全ての学生の面倒を見きれない現実もあります。日本語学校の現場からすれば、「日本で生活を始めるサポートまでします」と言っていた学生の本国のエージェントがいざとなると何もしてくれないことに腹を立てながら、最後は誰かが引き受けなければならないという使命感でやるんです。
ここで問題になるのが、どこまで親身にサポートしていいのかという程度の問題です。学校の上役が「先生、そこまでやってあげなくていいですよ、友人にサポートさせたりして、なるべく自分でやらせてください。」という指示を出してくるかもしません。経営判断、運営方針としてはごもっともなのですが、電気・ガスだけでも事情が複雑で、日本人でも苦労する内容です。自分でやりなさいとぶん投げるのは、後々のトラブルのリスクが大きくなりそうで、心配でついサポートしてあげたくなるのが現場の担当者の心境ってもんです。
留学生の生活サポートは「スキャフォールディング+1」
「スキャフォールディング」というと、「足場架け」という概念で、日本語教員試験でも必須の知識です。第二外国語学習において、学習がギリギリできないところに助け舟をだして、自分でなんとか乗り越えさせるというような文脈で登場します。
学生の相談に応じてサポートする場合、①「全部やってあげる」は教育上除外となるでしょう。②「放置して自分でやらせる」という手もありますが、他に支援を得られない場合、とんでもない事態になりかねません。折衷案として③「ちょっとだけ支援する」というのが現実策になります。しかし、どこまで支援していいかは、事案によって異なりますから、先生のサポートの量は「変数」であって、「定数」の処理ができません。ここまではできるかな、これはできないかな、と見抜きながら足場架けをして、少しずつできるようになるよう導かなければなりません。一律な対応をすればいいというものではないという意味で、教師側が「変数」ですね。
私の感覚としては、「足場架け」でも問題解決には不十分で、「+1」くらいのサービスをします。電話オペレータのやりとりをやってみせて、このようにやりとりするのか、という手本を見せるのはいいことと思っています。見たこともやったこともない手続きをするのですから、最初の導入は大切ですよね。仮にも私は「日本語教師」なので、自分の身分を明らかにしながら、対オペーレータで「やさしい日本語」と「ティーチャートーク」を使って、接客はこうやるのがいいんじゃないですか?と、提案する気持ちでやります。こっちとしてはアイテム(ネタ)の仕入れです。小難しい日本語を使ってユーザを惑わせてくるという「中ボス」に挑むロール・プレイング・ゲームの「勇者」の気分です。
「苦労した実体験」は日本語教師の業務に活かせる
クラッシェンの「学習・習得仮説」は、第二言語の習得モデルですが、学ぶこと、身につけることという意味で、一般的にも言えることがあります。学校で勉強したからといってすぐに現場で仕事ができるわけじゃないように、「学習」したことを実体験を通して「習得」につなげることが大切です。
留学生が「電気やガスを止められたのでどすればいいですか?」と相談に来て、「お金払えばいいじゃない。」「口座振替にすればいいじゃない。」「お金がなくならないように、普段から節約しなさい。」というアドバイスは、至極ごもっともですが、具体的な問題の解決にはなっていません。失業に困った市民が政治家に相談したら、「私が予算をつけた事業で、失業率が1パーセント改善したんだよ」と答えられたら、相談者としてはポカーンとしてしまいますよね。「私はどうするんすね?」というパターンです。
確かに忙しいときにもってこられるとうんざりする気分にもなりますが、「学生サポート体制」を謳っているからには、もう一歩進みたいところです。温かいシャワーを浴び、すっきり清潔な気分で勉強してほしい。お金の管理もしっかりするようにして欲しい。そして、難しい手続きも少しずつできるようになってほしい。「全ては日本語で解決する問題」ですから、日本語教師ほどうってつけの存在はないと思います。
日本語教育業界の現状を鑑みると、生活費に全く困らないほど経済的にめぐまれた日本語教師ばかりではないと思います。現実、給料が安いと思う先生も多いですし、経済的に苦労した経験を持つ方も少なくないでしょう。「社会人なんだからお金はきちんと」というのは理想であって、いつなにが起こるかわからないのが人生です。学生の一人暮らし時代だけでなくても、電気やガスを滞納して停止され、なんとかした実体験を持つということが、留学生にアドバイスする際に説得力を持って語れるのではないでしょうか。「教師の人生におけるあらゆる経験が具体的な日本語教育の現場に活かされる」という視点は今後も継続していきたいです。
まとめ
今回は「生活指導」という抽象的な文言を、「生活サポート」という具体例に限定し、日本語学校の教師が業務として行うべき「生活サポート」の程度はどれくらいか、ということについて考えました。具体的に考え解決した事例を一般化し他の学生の指導にも再利用するという構えは、日本語教師の働き方にとっても重要なことだと私は考えます。学生の問題を解決する方向にサポートしつつも、日本語教師の業務負担が増えないようなサポートテニックを蓄積する。このためには、電気やガスの例にとどまらず、ありとあらゆる経験を活かして臨まなければなりません。読者の皆様はどう思われたでしょうか。今回の記事が、特にこれから日本語教師を目指そうとお考えの方にとって、考える一つの材料となれば幸いです。
次の記事はこちらです。