毒親からの脱出計画5
前回の記事では、転出と引っ越しについてお伝えした。
今回は、転入と支援措置、脱出についてお話ししたい。
支援措置申請の準備
私の場合、実は前回の転出のタイミングで転入先の役所へ電話をかけた。
というのも、転出手続きを行った役所から手続き後電話がかかってきた。
「転入先の役所に連絡を取り、支援措置を希望されている旨をお伝えしたところ、一度お電話をいただきたいとのことです。○○市から転入の○○さんとお伝えしています。そのようにお伝えいただければ、おつなぎしていただけるとのことです。」
あぁ。早く来たかったな。
もっと早く相談できていれば、こうして真摯に対応してくださる方もいたのだな。わざわざ転入先引き継いでくださったのか。
早速電話をかけてみる。
「〇月〇日に○○市から転入予定の○○です。支援措置の申請を希望しています。」
そう伝えると
「○○さん、○○市の方からお話は伺っています。支援措置の申請の前に、相談員(支援員等)への相談が必要になります。そちらへおつなぎいますので、相談のご予約をお取りいただいてもいいですか」
そんな説明があった。
なるほど、相談の予約が必要なのか。
案内のあった相談窓口へ電話をかけ、予約を取る。
幸いなことに、転入予定日に予約が取れた。
その日を逃すと少し先になってしまうところであった。
相談と転出
相談日当日。
少しの緊張はあったが、既に転出の手続きを済ませていたせいか、意外と穏やかな気持だった。
個室に案内され、相談が始まる。
「支援措置は誰に対して申請したいと思っていますか」
「親です」
「家族と家庭環境について質問しますね」
相談は質問に応えていく形で進んだ。
取り乱さなかったといえばウソになるが、相談員さんが肯定的であること、分籍や本籍地の変更などできなかったことを責められなかったため、ぽつぽつと言葉が出てきた。
30分~1時間程度の相談を得ると、そのまま転入手続きと支援措置の申請へ。
相談員さんは手続き場所まで付き添い、役所職員へ引き継いだ。
役所内でも情報が共有されており、担当者が決められているようであった。
一般的な転入手続気を済ませると、奥まった窓口に案内された。
そこで初めて支援措置の説明と申請紙の記入。
申請の際に悩んだのは、申請理由。
「配偶者からのDV」「ストーカー」「児童虐待」「そのほか」
この4つのどれに該当するのか。
配偶者ではないし、ストーカーとも違う、児童虐待の年齢ではないので、結局「そのほか」で提出。
支援措置自体は申出の後、確認等が行われ、その支援可否が1月後に通知される。(私が受けた説明では。自治体に要確認。)
ただ、その1か月のあいだ無防備かというとそうではない。
申出日から「仮支援」が有効となるのだ。
*役所に要確認が必要。必ず、書類を記入する際に転入日から措置を行ってほしいと伝える。
良かった。
ひとまず安心。
意外と役所での手続きは、転入者用にマニュアルができているせいか、すんなりと終了。
もうこれで戻れない。
悲しさも、つらさも、不安も、うれしさも、喜びもなかった。
ただその事実に落ち着いている自分がいた。
脱出までのカウントダウン
本当であればこのまま脱出してしまうのが良い。
ただ私には最後にどうしても会いたい人がいた。
その人に会うため、この日の時点では脱出せず、家に帰る。
夜遅く残り僅かの荷物をまとめ、カバンに詰めた。
残していくものは、思い出のものと、捨てられていいもの。
荷物棚の扉を開けるとからっぽで、良く気づかれなかったと思う。
それだけ自分のモノが少なかった。
最後に会いたかった人に出ていくことを話すと意外とあっさりとした反応だった。
出ていこうとしていることに気づいていたのかもしれない。
何を言っても止められないことをわかっていたのかもしれない。
最後に一目、一言交わせてよかった。
「いつもありがとね」
これで心残りはない。
朝目が覚めると、普段通りを心がける。
いつもと変わらない日常。でもこの日が最後。
朝家を出ると、ほっとした。
そこに後悔はなかった。
今回はここまで。
次回は脱出後のあれこれについて報告したい。