「そこに、君の死体が埋まっている」番外編②「そこに、誰の死体が埋まっていた」前編
自然豊かな田舎の町。唯一の小学校は私たちの次の代から一学年一クラスになり、この町の人口のほとんどが今ではほとんどが高齢者。そのうち、人口はどんどん減って、町自体がなくなっていくんだろうなと、子供ながらにふと考えたことがある。どこにでもある田舎。土地は広いから、大型ショッピングモールだけはあって、町外からやってくる人はいるけれど、そこまでの町。こんな町はどこにでもある。
けれど、そんなこの町の中に、唯一、一軒だけ次元の違う家があった。
先代の町長の家だ。まるで洋館のような、大きな庭つきの屋敷。白い椅子とテーブルが庭に置いてあって、停まっている車もどう見ても高級車。私がこの町を出てもう十五年以上経つけれど、最近またリフォームでもしたのか、より一層、田舎とは思えないほどこの家だけは綺麗だった。
母の話によれば、その村長の息子というのがこの町に唯一ある病院の院長、孫は副院長で、ひ孫が二人いるらしい。奥様と呼ばれている院長夫人————つまり、町長からすると嫁に当たる人は婦人会の会長。若奥様の方は、専業主婦らしい。家事が丁寧で、奥様はたいそう若奥様を気に入っているのだとか。何より、夫婦仲が非常によく、まるで絵に描いたような完璧な幸せな家庭だった。
ところが、その話を聞いた二年後、母の葬儀のために実家に戻ると、若奥様はいなくなっていた。理由は知らない。二人いる子供のうち、長女だけを連れて離婚したらしい。あれだけ仲の良かった夫婦に、一体何があったのか誰も正確なことは知らなかったけど、噂によれば若奥様の浮気説がもっとも有力な理由だった。私の母の葬儀だというのに、参列者のほとんどがこの町の人間であったことから、通夜の場でも話題はそのことで持ちきりだったし、その時はどうでも良かった。
だからまさか、その空いた若奥様の席に私が座るなんて、想像もしていなかった。
その後、東京で偶然出会った男が、まさかの副院長。大学の同窓会に使われた店が、私の働いていたレストランだったのがきっかけだった。顔合わせの時、料理研究家として動画配信とか、夕方の情報番組で料理コーナーを持っていた私のことを、姑は知っていて好感触だった。前の嫁が家を出て行って、久しぶりに自分でキッチンに経つようになった時、私のレシピを参考に作って見たらとても美味しかったらしい。
バツイチ、子持ち、両親と同居の普通なら最悪の条件だったけど、そんなものは気にならないくらい、彼も優しかったし、あの家も私には魅力的だった。
両親とも亡くなっていて、他に家族はもういないとはいえ、私の過去を知っているこの町に戻るというのは少しだけ不安だったけど、誰も私がこの町の出身だとは気づかなかった。町のことならなんでも知っていると豪語していた姑も、さすがに高校生の時に町外の高校に通っていた私のことまでは知らなかったみたい。まぁ、顔も体もいじったし、昔から嫌いだった自分の名前も変えたから、気づける方がすごいとも言えるんだけど……
夫は優しいし、姑と舅も私には好意的。同居しているとはいえ、距離感も良い意味でちょうどいい。問題があるとすれば、それは中学生の息子くらいだった。
「お母さん、僕、部屋の掃除は自分でやるから、勝手に入ってこないでね」
「ええ、わかったわ」
私がこの家に来た時、夫の息子である龍起くんが私に要求したのは、それだけだった。龍起くんの部屋に入ってはいけないことは、夫からも言われていたし、私だってあれくらいの年頃の時は親が自分の部屋に勝手に入られるのはすごく嫌だったから、理解できる。
夫によく似た顔で笑う龍起くんは、少し変わっている子ではあったけど、基本的にはいい子で、私との関係も普通の親子という感じだった。でも一度だけ、地雷を踏んでしまったことがある。
「龍起くんは、好きな人はいないの?」
偶然、龍起くんの同級生の男の子が、女の子と手を繋いで歩いているのを見かけて、ふと気になって聞いてしまった。親子のコミュニケーションのつもりだった。
「好きな人……? いるよ」
「へぇ、どんな子?」
「内緒」
「どうして?」
最初は恥ずかしいのかと思った。でも————
「誰にも取られたくないから。お母さんに話したら、お母さんも欲しがるかもしれない。あんなに可愛い人は、他にいないから。僕のだから。絶対に誰にも渡したくないんだ」
「私も欲しがる……? どういう意味……?」
「だって、お母さん、本当はお父さんよりもずっと子供の方が好きでしょう?」
「え……?」
「確かそういうの、ショタコンっていうんだっけ?」
驚いた。誰にも言っていなかったのに、龍起くんは言い当てた。私の本当のタイプを。確かに私は本当は少年が好きだ。ただ少年ならいいというわけじゃない。好みはある。残念ながら、龍起くんの顔はタイプじゃない。父親である夫もそう。それでも結婚したのは、将来的にはこの家が手に入るという欲望の方が強かったことを、見抜かれたような気がして……
「僕はお母さんのタイプじゃないだろうけど、■くんはお母さんのタイプかもしれないし」
名前はなんだったかよく聞き取れなかったけど、くんと言ったことは覚えている。■くんということは、その好きな相手は男の子なのだろう。私は、それ以上、深く聞くのをやめた。
これは、聞いてはいけないことだとわかっている。私も昔、そうだった。同性愛者に対して、世間の風当たりは昔より柔らかくなったとはいえ、他人に堂々と言えるものではない。まだ、とても勇気がいることだ。
それから一年くらいして、龍起くんは高校二年生になった。五月のはじめ、いつもよりとても上機嫌に見えた龍起くん。そのあまりの変わりように、「もしかして、彼女でもできたんじゃないか」と、姑が言い出した時、少し嫌な予感はした。もし龍起くんに恋人ができたとしても、それはきっと彼女ではないだろうと。
私と夫の間に子供はいない。早く子供を作れと姑が急かさないのは、龍起くんがいるからだ。立派な跡継ぎ。その龍起くんが、同性愛者であることを知ったら、私はどうなるだろうか。それまで優しい姑が、変わってしまうのではないかと、自分のことばかり考えていた。
だから、罰が当たったのかもしれない。
六月の初め、土曜日。
龍起くんは失踪した。