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漂泊する幻影

神奈川芸術劇場で「富安由真展ーー漂泊する幻影」を見てきた。

空間を体験する展示で、ミッケの世界に迷い込んだようだった。

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美術館ではなく劇場で催されたこの展示には、劇場ならではの仕掛けが溢れていた。

展示室に入るとまっくら。展示の一部分だけがスポットライトで照らされている。ふだんは自由に観る観客も、自然と明かりが灯る順番に鑑賞するようになる。

ライトがあたる位置が変わるたびに、ぞろぞろと人が移動する。

衣のすれる音。足音。

展示室一帯は劇場で、私たちも演出みたいだ。

鷲の隣に腰を下ろし、覗き込めば私も展示みたいだ。

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暗闇にうろたえていた私も時間とともに自由に動けるようになってくる。

だんだん細部が気になるようになる。動物と目が合うようになる。

光が当たっていないほとんど暗闇の展示を感じ取ってみたり、しゃがんで机の裏を眺めて見たり。

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木の切れ端。

汚れたレース。

水色の電話。

天井から落ちてくる空気はざらざらしている。

暗闇の中に浮かびあがるテーブルやランプ、ピアノはあたたかい。

遠い昔に自分だけ取り残されたかのようだ。

多分どこかの廃ホテルにいる。私は漂っている。

照らされている展示はゆっくりと光がなくなり闇になる。そして別の展示が浮かび上がる。

浮かんで沈んでまた浮かぶ。繰り返しのようでどこか最初と変わっている気もする。

だんだん曖昧になる自分と世界の境界。

確かにその空間は不確かなものが支配していた。


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うちわはいつのものだろうか。

ここにも夏はあったのだろうか。


私は喉が乾くまで展示室にいた。 


鑑賞後、お手洗いに行った。

個室には世界から切り離された時間が流れている。

そんな気がした。

個室を照らす光もまもなく消えてしまうのではないかと思った。


馬車道駅の隅に小さいピアノがあった。

このピアノもいずれは古の香りを纏うのだろうか。

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マリヤ・トウゴウ
いつもありがとうございます🤍