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【11/12まで】街に降りてきた鬼〈かみ〉がふと現れるとき ー九鬼祭ー
地下鉄の駅で電車をボーっと待っているときに、視界の外れを動く存在に驚かされるときがある。視線をそちらにやると、まるまると太ったネズミがサササっと走りさっていくのを見つけ、「ああ、ネズミか」と安心する。
今の時期なら、外を歩いているときにふと感じるキンモクセイの香りに「あぁ」と癒される。
一方で、ゲリラ豪雨や降雪で身動きがとれないこともある。熊に襲われたというニュースも今年は多い。
高度に成熟した都会では、自然と都会は分断され、まるで完全にコントロールされているように感じるが、ふとした時に自然との境界の存在を感じることがある。
東京から6時間かけて向かう奈良
奈良県天川村洞川は、東京に住む僕にとっては、さっぱりどこだかわからない場所である。洞川は、どう読むのかすらわからなかった(ちなみに「どろがわ」と濁って読む)。
6時羽田発の飛行機で大阪へ。さらに阿倍野までバスで向かい、近鉄に乗り換えて橿原神宮前経由で下市口下車。乗り換え時間含めてここまでで5時間。下市口からはローカルバスに乗り換えて、さらに1時間でようやく洞川温泉に辿りつく。
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時計を見ると12時。6時間あれば台湾に行けるらしい。そんなことを考えながら、奈良の奥地に洞川温泉に2年ぶり降り立った。
2年前は、奥大和(奈良県南部)を舞台にしたアートフェスティバル「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」を見にきていた。
奈良県南部の吉野町、天川村、曽爾村の3エリアで開催されたアートフェスで、洞川温泉がある天川村エリアで展示していた作家のひとりに友人の金子未弥さんがいたこともあって遊びにきていたのだ。
それから2年、当時MIND TRAILの天川村エリアに参加し、洞川の地域に魅了された 9 人の芸術家が、洞川の人々との関わりを持ち続ける手段として自主企画芸術祭を立ち上げて再集合したのが「|九鬼祭《くかみまつり》」である。
「九鬼祭(くかみまつり)」
会期:2023年9月16日(土)〜11月12日(日)
会場:洞川温泉郷(奈良県吉野郡天川村洞川)
入場:無料
プロデューサー:谷川俊太郎
アーティスト : 上野千蔵、覚 和歌子、金子未弥、菊池宏子、木村充伯、国本泰英、菅野麻依子、林敬庸、山田悠
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参加アーティストのひとり、覚和歌子さんによるオリジナル・ストーリー『九鬼物語』をベースに企画されている。参加アーティストは、創作パートナーとして地元の人(一般人)とともに作品制作する地域協創型のユニークな芸術祭だ。
プロデューサーは、詩人の谷川俊太郎さん。谷川さんが9人のアーティストに一編の詩文を渡し、その詩文から得た発想をもとに制作をはじめるというのもこの芸術祭の特徴である。
なぜ「鬼」なのか。
7世紀後半に役行者(役小角)が大峯山に修験道の根本道場を開いて以降、洞川はその登山口にある宿場として修験者を迎えつづけた。
村には、開祖といえる役行者にまつわる伝承がいくつもあるなかに、彼の従者である鬼の夫婦の伝承がある。この鬼の夫婦の子孫ともいわれる洞川の人々にとって、鬼は身近な存在で、今もなお生活の中に語り継がれているという。
「鬼」の定義について考えると、民話に登場する「鬼」は、人外のキャラクターの属性が強くありますが、民俗学的には、人知を超えるもの、非日常性、異能、霊性、神性などを象徴しています。「ほかと違う単体」「アウトロー」などという意味で「鬼っ子」のようにも使われる言葉でもあり、また、人工でないものという意味合いからは、「鬼」の本質は自然、超自然のエネルギーそのものとも言えるでしょう。
覚さんはさらに「誰もが本当はもっていて封印している超常性は神性とも鬼性とも言い換えることができると思います。超常性=神性=鬼性 であるなら『かみ』と読み替えてもよいと思ったんです。さらに古文書にも鬼を『かみ』と読むことがあるのも、もうひとつの理由でした」と説明する。
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谷川さんからの詩文を受けとった初夏から特に暑かった2023年の夏を越え、ペアを組んだ鬼と住民が制作した作品はこの秋完成し、洞川温泉街に展示されている。
しかし、それは「アートフェスでござる」といわんばかりにこれ見よがしに主張しているのではなく、街の一角、商店の片隅、日常のふりをして紛れ込んでいるので厄介だ。いや、別に厄介なことはないか。鬼〈かみ〉は、社会との境界(アウトロー)にいるのなら、日常の境界にいるのがもっともらしくいい。
ふとした瞬間に現れる鬼〈かみ〉の存在は、都会や社会に現れる自然との境界線を感じる瞬間によく似ている。
9組の作品を紹介していこう。
魚籃橋|林 敬庸 × 岡田悦雄
「冷えた大地を地衣はぬくめるだろうか」
洞川地区のほぼ中央、大峰登山口にある龍泉寺は、役行者が八大竜王尊を祀り、修験道中興の祖聖宝によって再興されたとされる古刹である。1941年(昭和21)の大火で堂宇のほとんどが焼けてしまったが、境内に入ると感じる空気(気)の流れのようなものは、十分にその歴史を感じるものであるし、なにより龍泉寺が洞川地区の多くの機能の中心になっていることから、その存在を十分に感じとることができる。
龍泉寺の境内に大きな池がある。心字池とよばれる役行者ゆかりの池で、中央に浮かぶ島には小さなお堂が建つ。なかには魚籃(魚を入れる籠)を持った魚籃観音像が祀られている。
この島に真新しい橋が架かっているのには、すぐに気づくだろう。棟梁の林敬庸さんと、龍泉寺住職の岡田悦雄さんの共作である魚籃橋だ。
9月16日の九鬼祭の初日に開催されたオープニングセレモニーでは、岡田住職が経をあげ、それに合わせてほら貝のブォオォという音が響きわたるなか、渡り初め式が執りおこなわれた。とくに般若心経が唱えられる場面では、住職だけでなくその場にいた洞川地区の皆さんが一緒に唱え始めた瞬間は印象的だった。
修験者を見送る地域であるから当たり前のように般若心経は唱えられるそうで、当の皆さんはなんということもないようにしていたが、外から来た人間にとっては、圧倒的に強烈なグルーブ感で、1300年の時間の厚みで迫ってきたように感じた。
真新しい橋を、みな滑らないように気をつけながら渡っていた。
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風の結界−ふぉんだじえじえ|菅野麻依子 × 赤井正人
「風のはつらつはためくのは君」
洞川地区の南端にある洞川温泉センターの駐車場から斜面に向かって「めんめらの森」に通じる登り階段がある。
カーブをしながらめんめらの森に続いていく道の両脇に、私たちを迎えるようにかわいらしい木彫りの作品が置かれている。彫刻で表現をする菅野麻依子さんと、洞川在住のアーティストで木彫作家の赤井正人さん、さらにアシスタントの台南芸大の学生、リン・ホンイーさんも参加した作品だ。
両脇に狛犬のように向き合って並ぶのは風の結果で、道の途中に全部で五つの結界が設置されている。斜面下の登り口から3組目までの作品が菅野さん、4組目がリンさん、5組目が赤井さんである。
吹きあげる風を感じながら、それぞの作風の違いを感じてみるといい。
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鬼みくじ 〜 言葉の来るところ|覚 和歌子 × 増谷英樹 × 中山聡美
「種子は数えきれない果実は一つだけれど」
洞川温泉センターの駐車場の入り口のすぐ近くにある「ひらべん茶屋」がある。このお店の中山聡子さんがつくる「いもにじり」という地域の料理に魅せられた覚和歌子さんが、おみくじとセットにした「鬼みくじ」が売られている。
「いもにじり」は、ふかしたジャガイモをつぶして同量の白米と混ぜて握り、醤油バターで焼いたものである。覚さんはそれを洞川に伝わる伝承になぞらえ、鬼であった過去の記憶からの言葉として「鬼みくじ」として記し、中山聡美さんの手製づくり「いもにじり」の包みに仕込んである。
試しにおみくじをひかせてもらう。僕が引いた過去の鬼からのメッセージは「宇宙がどれだけ果てしなくてもわたしの心にはかなわない」だった。
おみくじは36種類あり、そのうち9種類は洞川の方言を混ぜたものだという。何を引くのか(どんな出会いががあるのか)楽しんでみるといいだろう。
ちなみに36種類の過去の鬼からのメッセージは、増谷英樹さんが住む増谷邸の格子窓に作品として掲げられている。
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波と表面|国本泰英 × 小野田阿紗
「名付けようとする前にまず抱きしめる」
洞川温泉のバス停から、山上川に架かる持影橋を渡った道は左にグイっとカーブして洞川温泉街のメインストリート「すずかけの道」になる。旅籠風情がある旅館や商店は、情緒たっぷりで、昭和にタイムスリップしたような錯覚を覚える。
20数軒の宿屋と10数件の商店が両サイドに立ち並んだゆるやかな上り坂をキョロキョロと軒先を覗き込みながら歩いていると、右手に一軒家の建物が現れる。商店でも旅館でもない、個人宅なのだろうか。あまりに個性がない建物なので気にせず通り過ぎてしまう人もいるだろう。
しかし注意深く見ていると何か変なことに気づく。そう、ガラスに波紋のような絵が描かれているのだ。
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人を題材に自分の体験や記憶、記録などを取り入れて作品を制作していくアーティストの国本泰英さんと、シェアオフィス西友の小野田阿紗さんの作品である。
この線は、天川村の地図の等高線だという。確かによく見ると数字や地図記号を見つけることができる。この等高線を使った作品は、2021年「MIND TRAIL」で制作した作品「奥の稜線」と、洞川の山に登った経験から生まれたものだという。国本さんの作品解説が詳しいので引用したい。
山々から放たれた「蒸気」が洞川のまちをゆっくりと包み込んでいく。きっと長い間繰り返されてきたこの現象を、苔生した倒木の森に比喩したのが、2021年「MIND TRAIL」で制作した作品「奥の稜線」だ。 しかし、谷川俊太郎さんの詩は見透かすように「まだ早い。焦らなくていい。」とささやきかけてくる。そう受け取った私は、もう一度「蒸気」の揺れるあの眺めを思い出しながら“抱きしめる”方法を探し始めた。
今年、初めて洞川の山に登った。道中、木立の間から刺す朝の光に、木、苔、石、土など、辺りを囲む住人たちは「蒸気」で応じる。その光景を傍らに歩を進めるうち、今度は自分からも同じものが立ち上がってきた。どうやら私たち自身も“あの眺め”を形作る一員だったらしい。
創作パートナーの小野田さんは対話の中で、空気は水分を「波」のように震わせながら肌に触れてくる。そうやってわたしは自分が立っている場所を認識するのだと教えてくれた。私にとってその言葉は、“あの眺め”をより理解するための手引きのように思えた。
よし、その方法で“抱きしめ”てみよう。そう思って描いた「波」は、洞川の山々を示す等高線である。(国本泰英)
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泥は未来の器をはらんでいる|山田 悠 × 山﨑千里
「泥は未来の器をはらんでいる」
昭和の温泉街に必ずといっていいほどあった娯楽施設に射的場がある。洞川温泉街にも以前あったというが、今は残念ながら閉鎖さている。
射的場だった建物のなかを展示場に選んだのが山田悠さんだ。山田さんは、洞川の土から粘土をつくり、その粘土でパートナーの山﨑千里さんのほか、洞川の女の人たち28名に、山に似た形をつくってもらった参加型の作品である。
ふたりは、谷川俊太郎さんから授かった詩文から女の人の持つエネルギーや生命力を泥で表現したいと考えたという。女性が集まった作品制作の現場は、話せないような話で盛り上がったという。その賑やかな時間は、生き生きとした土の形から笑い声とともに聞こえてくるように感じる。
なお作品は、焼成することなく展示されており、日々水分が抜けて乾燥してきながら九鬼祭の期間を過ごす。つまり作品は日々変化し、日々完成を繰り返し(また未完成であり続ける)ているのだ。さらに祭が終わった後には、土に戻す予定だという。
すべての生命が土に還っていくように、この作品も循環の一部に位置づけたいと山田さんは考えている。
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見たことのない山の空気をひとくち|金子未弥 × 大西佐美雄 × 大西正子 × さすけ
しずかに噛みしめる美味しくなっていく
洞川温泉街で唯一の自家焙煎の豆で淹れたコーヒーを飲めるのが「佐助珈琲」である。大西佐美雄さんと正子さん夫妻が切り盛りする店は、質の良いオーディオや、飾られた使い込まれたカメラ類から、こだわることにこだわりたいという姿勢が伝わってくる。店とは好きを集めた空間だというのことをつくづくと感じさせられておもしろい。
友人で、今回の洞川行きを誘ってくれたアーティストの金子未弥さんに話を聞くと、店主の佐美雄さんは、大峯山の山頂にある大峯山寺で、数年前まで御朱印を書いていたのだいう。
人の歴史は、たった一度会っただけではわからないが、佐美雄さんの「好き」を集めた佐助から、修験動の何かを感じとることは難しかった。金子さんも、たわいもない会話のなかで佐美雄さんから大峯山の話を聞いて驚いたことだろう。
そのときにはじめて店内に掲げてある御朱印の意味を知った金子さんは、女人禁制で入ることができず、ある種のファンタジックで異次元の存在だった大峯山と現実が繋がったという。
そこで金子さんは、「自家焙煎珈琲佐助」のオリジナル御朱印を制作し、佐美雄さんに御朱印を書いてもらうことで作品の完成にした。
なお御朱印は、金子さんがデザインし、林棟梁が制作したもの。佐美雄さんが淹れたコーヒーを飲んでから「御朱印ください」というと、佐美雄さんが御朱印を書いてくれる。
金子さんとは仲がいいので「未弥さん、なにもしてないじゃないですか」と冗談をいって笑った。確かに作品は御朱印の印だけではあるが、文字を書き終わったあと印を押した瞬間に、修験道の大峯山と現実の世界がつながる。そんなファンタジーな一瞬を生みだす装置の役目でもあるのだ。
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なお金子さんは、佐助の隣の家のガラス窓に「洞川大絵図」を描いている。街の繋がり・ネットワークを描いた大作で、祭を象徴する作品である。決してなにもしていないよりもむしろ、大きく大事な作品を残している。
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輝く鉱石とわたしどちらが|木村充伯 × 大西文子
「輝く鉱石とわたしどちらが」
洞川地域は、大峯山を登る修験者を迎える宿場としての歴史は古い一方で、温泉が湧いたのは1970年と新しい(といっても50年前のことだが)。温泉街は、まさに昭和のレジャーブームの最中に生まれた昭和レトロな温泉街といえる。
そんな洞川温泉の宿屋の中で、一番最初に温泉を引いたのがすずかけの道の中腹で、龍泉寺の正面に向かう参道橋のたもとに建つ「あたらしや旅館」である。
池のある前庭は夜になるとライトアップされて、趣ある温泉街の風情を演出している。九鬼祭の期間中はこの前庭の池に木村充伯さんと、あたらしや旅館女将の大西文子さんが共同制作した作品が展示されている。
谷川さんの詩文にある「鉱石(いし)」から、何百年もの間動かない鉱石と、行き交う旅人(あるいは人間)から、動かないものに憧れる人間と動きまわることに憧れる鉱石のお互いの存在を、輝く鉱石を擬人化させることでひとつの存在にした。
とうぜん鉱石はただそこにあるだけで、鉱石に意思(いしにいし)があるなんてことを考えること自体が人間らしさなわけだが、鬼(かみ)の存在もまた似たようなものであり、擬人化した輝く鉱石は、鬼の姿そのものなのかもしれない。そんなことを光を見つめながら考える。
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ひとみる山|上野千蔵 × 京谷友明
「一から始めない好きから始める」
「一から始めない好きから始める」という谷川さんの詩文から上野千蔵さんは、「分けるのではなく、心奪われるものと重なり合う」というメッセージを受けとったという。
そのメッセージは、大峯山をはじめとする洞川の山々をそれまでと違ったものに見せた。生き物の生と死重なる山に、人の足跡だけでなく獣の足跡も重なり(むしろ獣の足跡に人の足跡が重なる)。今見えているものだけではない、数千年、数万年……数億年の重なりあっているともいえるだろう。
上野さんは「人は無数の命と記憶が幾重にも重るモンタージュだと思います。過去と今、見るものと見られるもの、視えるものと視えないもの。 そんなあわいに一つの線を引くのではなく、互いに重なり合いたい。だから山伏たちは無言で山を歩き続けるのではないだろうか」という考えにいたった。
制作のパートナーは、「とも兄」と呼ばれてたくさんの人に慕われる京谷友明さんだった。じつは、僕が洞川に泊まった際利用させてもらったのが、京谷さんが営む「民宿 とも」だった。
京谷さんは山に詳しく修験道にも見識がある。教えを受けながら上野さんは、大峰山を一人で歩いたという。
「その道中、何かに心を奪われる時、僕が山をみてるのか、山が僕をみてるのか曖昧になる時があります。そんな景色を写し、多重に重ね合わせることで、心と山が重なり合う景色を現しました」
上野さんの作品は、その景色を描いたものだ。いや、描いたというのは意味が違うかもしれない。「重ねて起こしたものだ」とでもいえるだろうか。
左右に並んだ2枚の絵は、大峯山を歩いたときに映した写真を複数枚重ね合わせてできたもの。両者は組み合わせは同じだが、明部だけを重ねたものと、暗部だけを重ねたものになっている。
ひじょうに不思議な対の作品を目を凝らしてみていると、ふと何かの景色が見えるときがある。上野さんが見た景色に重なりあい、魂だけが大峯山に重りあうような感覚を得たのは不思議な体験だった。
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いつかこの瞬間を名付ける日まで|菊池宏子 × 松谷美登里 × 松谷光尚
名前は変わるのに実物はそっとそこにそのまま
すずかけの道を歩いていると、大きな万華鏡のようなのぞき箱を空に向けて覗き込んでいる、ちょっと異様な人たちに遭遇するかもしれない。
覗きこんだ先に見えるのは、ウェディングドレスを着た女性とその父親らしき人が一緒にいる場面や、女性の和装姿、提灯を持って楽しそうにする2人の子どもなど、日常の風景のようだ。
アーティストの菊池宏子さんと、松谷清造本舗の松谷美登里さん、美登里さんの夫の光尚さんの3人の共作で、この箱のなかに見えたのは、洞川に生まれ育って結婚した美登里さんと光尚さん夫妻の写真で、それを刺繍で映しているのである。
菊池さんは、松谷さん夫妻と写真を通じて対話を繰り返したという。その対話のなかで美登里さんと光尚さんですら忘れてしまっていた瞬間があり、それはどこか封印されていた感情のようでもあったそうだ。
さらに菊池さんは「参加者一人ひとりが共創することで作品が完成する」ともいう。確かにどうして僕は、箱の中に見えた刺繍の絵柄を「日常の風景」と感じたのだろうか。「それぞれの解釈で自らと対峙する機会になることを願っているんです」と菊池さんは話してくれた。
ちなみにこののぞき箱は、美登里さんが嫁いだ松谷清造本舗と、実家である更谷酒店に置かれている。
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九鬼祭の初日の9月16日、まだ残暑が厳しい日に訪れてから、あっという間に1カ月半がたった。もっと早くこのレポート記事を書きあげて、9組の鬼たちが街のなかにこっそりと現れた九鬼祭を知ってほしかったのだが、もう10月も終わろうとしている。
会期は11月12日の日曜まで。少しずつ木々も色づいているころだろうか。逆に、今の時期のほうがいいかもしれない。というのは、かなりの言いわけか。
展示作品も、このまま街のなかに残されることになったともいう。冬になって雪が積もり、春の雪解けとともに新しい生命が誕生する。そんな季節にみる鬼たちの足跡もまた、生命の喜びに照らされて、グッと新鮮に見えるのではないだろうか。
なんども書いているが、九鬼祭は、訪れた人が洞川温泉街を歩いているときに「ちょっとした違和感」から物語が始まる、異世界に続く入り口の存在を感じるイベントだ。その入り口は、じつは日常生活のいたるところにあったりする。
あなたのパートナーがじつは「鬼〈かみ、アーティスト〉」かもしれないし、むしろあなたが「鬼〈かみ、アーティスト〉」なのかもしれない。その存在は、いったい誰が決めるのか。
そんなことを考えていると、谷川さんの詩文がいくつか思いだされた。
「名前はかわるのに実物はずっとそこにそのまま」
「名付けようとするまえにまず抱きしめる」
いつだって鬼〈かみ、アーティスト〉は、すぐそこにいる。それは、その存在を決めつけずにいることで、自然と立ち現れてくるもののことなのだろう。
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取材協力:九鬼祭実行委員会、大峯山洞川温泉観光協会
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