岸くんは秋のにおいがする
ワレモコウが庭で揺れているのを眺めながら、いつの間にかもうこんな時期なのか、と感慨深くなる。
九月の終わり。夏の色は一気に身をひそめた。風が冷たくなって空をどこまでも鱗雲が覆っている、なんだか気分がノスタルジックに沈む。大きく息を吸い込めばかすかに風のにおいがして、これが岸くんの言う「夏のおわりのサヨナラのにおい」なのかな、とも思う。
正解は知らない。風がほんとうにサヨナラと言ってくれているのかどうかすら、定かではない。
ふと、読み返してしまうコラムがある。
18年6月号「STORY」の「超絶男子図鑑」というコーナーにて岸くんが特集された。非ジャニオタだったわたしはそのコーナーがなんたるかをその時はまだろくすっぽ知らず、安易な気持ちでページを捲り、一瞬で心臓が塵になったことを鮮明に覚えている。
そっこう閉じた。すぐさま閉じた。「ガムシャラ!」と「真夜中のプリンス」の一視聴者でしかなかったわたしは、岸くんがもつ本当の魅力やそこに付随するオタクのしんどさというものにちっとも免疫がなく、まるで見てはいけないものを見てしまったような、たとえば憧れのお兄さんがデートしている場面にたまたま遭遇してしまったような、なんだか照れ臭くてなんだか後ろめたい、そんなよくわからない独特の感情に、一瞬にして支配されたのだった。
結局、部屋の隅にしばらくそれを放置したまま、数日経って意を決し、やっと中を覗くまでに到達した。それもこわごわと。何もしていないくせに至極長い道のりだった。たかがファッション雑誌を覗く程度のこと、いたずら好きの一歳児にすらできる、なにがどこのチキン野郎だとじぶんに突っ込みたくなるようなへっぴり腰で、わたしはそのページを捲るに至ったのだ。
忘れもしない、286ページ。見開きの衝撃。
その先はしばらく語彙も記憶も五感も全てどこかへ飛び散って置き去りにされていたのでなんとも言えないのだけれど、冷静に見開き両面に写るふたりの岸くんと見つめあえるようになるころには、きちんとテキストも意味を理解しながら読めるようになっていた。テキストの文章も柔らかくて品があって好きだったし、なによりやっぱり岸くんのワードセンスがキラキラ光っていた。
ルックスの賞味期限について言及し、自身をミジンコに喩え、風磨くん、勝利、ながつと大好きな人たちの名前を次々と挙げていく。そして最後に「皆さんの夢を叶えるので、もっと僕を見つけてほしい。名前は岸優太です!」というひとことで彼は締めた。
ずるい。この言葉を読んだときの胸の高鳴りを、どう表現していいのかわからないくらいにずるい。岸くんってたったこれだけでこんなにもずるい人。
さて、そんな感じでわたしのゆるゆるしたオタク活動のはじまりにとんでもない差し水をしてくれた「STORY」の6月号であったが、衝撃はこれだけに留まらなかった。
これを見つけて軽率に読み始めたことを後悔した。わずか1/5にも満たない時点で卒倒しそうになり、こんなことでこの先わたしは岸くんのオタクを続けていって生きながらえることはできるのだろうかというアホ臭くも深刻な疑問が脳裏を掠めていた。それくらいわたしに与えた影響は大きかった。たかが裏話、されど裏話。ネットコラムだと思って甘く見ていると、軽く気道を見失ってしまう。
ここで唐突だが、裏話に関して、わたしが好きだった岸くんポイントを列挙してみようと思う。
ホテルのエントランスで車から降り立った岸さんは
(中略)
高層のホテルを見上げて
「うわぁ……」とひと言。
花粉症でかなりの鼻声です(笑)。
〝降り立った〟という表現に、王子さま、VIP、天使、神、この世に存在する、いやもはや幽玄的で超常的な存在の、ありとあらゆる高貴なものを想像してしまう。そしてそれにもかかわらず、高層ホテルを見つめ「うわぁ……」(鼻声Ver.)というひと言に落ち着いてしまうのがさっそくのギャップですでに可愛い。
それが鼻声だっていうのも、いい感じにオタクの期待を裏切ってくれるところこそやっぱり期待を裏切らない。
部屋に入り
「岸さんのデビューのお祝いで
連載史上最高に広いお部屋にしました!」
と言うと
「ええええ!!マジっすか!」
と言いながら突然立ち止まる岸さん。
何事かと驚くと
「ここ、土足でいいんすか??」
彼の謙虚さが眩しいのは、その謙虚の表現が決まりきった形ばかりの謙遜ではなくて、彼独特の、彼にしかできない表現だからこそだと思っていて(だってなんの濁りもなく〝ここ土足でいいんすか?〟なんて言える超絶男子はきっとこの世に岸優太しかいない)、だからこそそれは表面上取り繕われた偽善的な謙虚さではなく、彼が心から、嘘偽りない本意として、まっさらに慎んだ態度として現してくれるのだろうな、と感じるところにある。
リビングルームに「よろしくお願いしますっ」
と現れた岸さんは
なぜか白いバスローブ姿。
「あの、岸さん、シャツにお着替えを……」
「あ、なるほどなるほど」
「(中略)大人セクシーがテーマなのでボタンを外していただけますか?」
と声をかけ、中をのぞかせていただくと
胸元に手をやられ、なぜか大まじめに
バスローブのボタンを探す岸さん。
お茶目にも程がありました。
無邪気。可愛い。目にいれても痛くないくらい可愛いのに、それをこの目にできないことが至極悔しくてたまらない。
ベッドに横たわった岸さんに
「年上女性と朝を迎えたイメージで」と告げると
無言でコクン。
無言で。コクン。〝無言でコクン〟。
このたったわずか六文字の破壊力。目を閉じてこの文章を反芻すれば、シーツのなかに埋もれた美しい骨格の岸くんが、コクンと頷いている、そのようすが容易に想像できる。
岸さんは笑うことも
ふざけることも
照れることもなく
一定の真顔で
「俺、写真の効率低いんで」
「ピンでこういう撮影なんで結果残さないと!」
とあくまで真剣モードオンリー。
かっこで注釈されてしまう〝写真の効率〟という表現がやっぱりわたしの大好きな岸くんのワードセンスであるし、それをまた一切のおふざけなしに真摯にまっすぐひたむきに言ってのける岸くんには尊敬しか生まれない。
まだデビューが発表されてからまもなくだというのに、この人はどんな仕事に対してもただの「岸優太」ではなく「King&Princeの岸優太」として向き合っているのだな、と感じることができて、このやりとりを残してくださったのはすごく嬉しかった。
撮影が終わり「素敵でした!」
と申し上げると
「なるべく裏切らないよう、頑張ったつもりです」
とひと言。
ここ、ともすればさらりと見逃してしまいそうなすごく些細なひとことではあるのだけど、とても惹かれる。自分を大きく見せすぎるわけでなく、逆に卑下するわけでもなく、ただ等身大でありのままの、それでいてなぜかいつも客観的な岸くんの発言だなあって安心する。
インタビューでは京本さんからもらったブルゾンをもう着込んでいらしたので
「中には何を着ていらっしゃるんですか?」と聞くと
「聞いちゃいけないヤツです。ただのVネックのシャツです」
聞いちゃいけない、って言っておきながら、ちゃんと真摯に答える岸くんが岸くん。
この裏話はもう一年半ほど前のことになる。このとき22歳だった彼も、もうすぐ24歳を迎える。そりゃそうだよな、と思う。早い。圧倒的に早かった。あっという間だ。それでもわたしなんかよりずっと猛スピードで駆けていくような毎日にしがみつかなければならない彼には、もっともっと早い刹那みたいなものだったのかな、と思う。
ただでさえ人間的に厚みが増していく時期なのに、人生の転機が、それもほとんどの人間には起こり得ないような大きな転機が彼にはあって、それを謙虚に、実直に、芯にあるものを失うことなくひたむきに走り抜けてきた彼には感謝と尊敬しかありません。22歳のあなたのまっすぐな目を、23歳のあなたのがむしゃらな表情を、そしてこれからは24歳のあなたの笑顔を、言葉を、がんばりを、見続けることができるわたしはきっときっとものすごく幸せだなと思うのです。
あなたの残り少ない23歳の日々に、どうか限りない幸福がありますように。
そしてわたしはきっと来年も、再来年も、秋風に揺れるワレモコウを見ては同じことを祈るんだろうな、と思った。夏が大好きな岸くんの、でもやっぱり秋うまれらしい郷愁を持ち合わせた柔らかさを、じわりじわりと思い浮かべながら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?