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イタリアにおける劇場ピアニストの役割


劇場ピアニストをあらわす言葉

オペラ公演を行う上で欠かせない「コレペティトール」あるいは「コレペティトア」という職業を耳にしたことがあるでしょうか。

Korrepetitor (コレペティートル)はドイツ語、
Corépétiteur(コレペティトア)はフランス語で
どちらも男性形単数の言葉です。

「復習する人」という意味の言葉に「〜と共に」という意味の接頭語「ko-」「co-」が付いており、つまり「共に復習する人」、すなわち歌手やダンサーの稽古で伴奏をするピアニストということになります。

日本では、上記の役割を担うピアニストを一般的にコレペティートルと呼ぶので、ここでもそのように表記してみます。

Maestro collaboratoreはコレペティなのか?

イタリア語でコレペティートルはMaestro collaboratore(マエストロ コッラボラトーレ)と訳されます。

マエストロは日本でも認識されている言葉ですが、指揮者を指すと思われている方が多いと思います。

イタリア語では指揮者はもちろん、音楽家、音楽関係の教授に対して敬意を示す言葉として使われています。また、ある分野に特化した専門家をあらわすこともあります。

音楽院で教鞭を執っている先生方はもちろんマエストロですし、音楽家として活動している限りマエストロと呼ばれ得る立ち位置になります。

著名なソリストも、オーケストラの中で演奏されている方も立派なマエストロです。

collaboratore は共同作業をする、という意味ですので
maestro collaboratore は共同作業をするマエストロ、という意味にあたります。

そうすると、共に復習する人≒共同作業をするなのか?という疑問が湧きます。

Maestro sostituito (代わりのマエストロ)➡︎副指揮?


Maestro collaboratoreの代わりに、Maestro sostituitoという言葉が使われることがあります。

この場合マエストロ(指揮者?)に代わるマエストロという意味になります。稽古で指揮者が不在の場合に指揮をするのもmaestro sostituito(collaboratore)の役割になります。

ただしマエストロは指揮者とも限らないので、どこかで欠員が出た時に代わりに働かなければならない。「なんでも屋」とも呼ばれるゆえんはここにあります。

つまり、今日のmaestro collaboratoreはオペラ稽古ピアニストに加えて、副指揮者を担います。それ以外にもボーカルコーチ、プロンプター、舞台上オーケストラの指揮者、合唱伴奏者、バレエ伴奏者も任されることもあります。

また、歌手が稽古や本番に臨める状態にするために練習に付き合い、辛抱強くレッスンをしていくなどの役割もあります。稽古の際にミスがあったり、改善点があるとすぐに歌手に伝えなければなりません。

そういった意味でも出演者と「共同作業をする」マエストロなのです。

こうなると、日本で認識されている”コレペティートル”よりは”副指揮”に近い職業ではないでしょうか?

イタリアにおけるmaestro collaboratoreの役割



スカラ座1986/87シーズンのフィガロの結婚のポスターより

オペラ公演のフライヤーを参照していただくと、maestro にも多くの種類が存在することが分かるかと思います。

maestro collaboratore di sala 稽古ピアニスト、maestro rammentatore プロンプター、maestro delle luci 照明係、maestro del  coro 合唱指揮者、maestri collaboratori al coro 合唱稽古ピアニスト、maestro al cembalo チェンバロ奏者、maestri collaboratori di palcoscenico 舞台上でキューを出す舞台監督

少なくとも私が所属しているスカラ座では、これら 全て、ピアノが弾ける、稽古ピアニストを志して劇場に勤め始めたであろうmaestro collaboratoreの仕事なのです。

箱入り前までの膨大な裏方仕事

スカラ座では、実際に劇場に入ってリハーサルをするまで、稽古場で簡易的な舞台装置を使った演技付きの稽古を約3週間、朝から晩までピアノ伴奏でしていきます。

その際に本指揮者が不在であれば指揮をするのも、プロンプターをするのも、稽古中にピアノを弾くのも、もちろんmaestro collaboratoreのお仕事です。

加えて、演出家が求めるタイミングで演者を舞台上に送り出すため、あるいは演出家が求めるタイミングで舞台装置を動かす、衣装替えをするために、音楽を聴きながら楽譜を見てメモを取り、スタッフ全員に共有するなどもしていきます。

実際に劇場に入らなければ分からない照明に関しても、演出家や必要であれば指揮者と相談しながら決めていきます。

個人的には、コレペティートルとmaestro collaboratore が同じ役割であるとは到底思えません。

どんな人がmaestro collaboratoreになるのか


将来的に指揮者として活躍することを目指して、まずは指揮者のアシスタントとしてmaestro collaboratoreから劇場で働かれる方もいらっしゃいますが、この仕事をする以上、表舞台に立つことはまずありません。

もともと舞台袖でキュー出しをしていた方が、今は舞台上の小編成オーケストラの指揮をされたりもしますし、どこにチャンスがあるのかはわかりません。

現在活躍されている稽古ピアニストの中でも、キュー出しや上記の裏方仕事を経験している方がほとんどです。

しかし、
「稽古ピアニストとして、スカラ座のオーケストラピットで愛するオペラを奏でながら、ピアノで自分の音を鳴り響かせたい」

それを叶えることができるのは、一握りのベテランのみです。

彼らは何十年も勤務していらっしゃり、その地位を失うことはよっぽどのことがない限り無いと思います。

ただ、あくまでも指揮者のもとでピアノを弾くことのなりますので、自分が弾きたいように弾くのではなく、指揮者のアイディアを忠実に再現することが求められます。

そのポジションが空くことを今か今かと待ち望みながら、音楽とは関係のない裏方仕事を続けられる人がmaestro collaboratoreを続けられるのだろうと思います。

あるいは、たとえ自分が音楽に関わることができなくても、
オペラの初演が行われたり、歴史に名を残している音楽家、巨匠が生きたこの劇場に携わることができることに幸せを感じられるのであれば、辛抱強く続けられるのではないでしょうか?

私はこのお仕事を”コレペティートル”と呼ぶことに違和感を感じます。

イタリア以外の他の国では、どのように呼ばれ、その呼称がどのようなお仕事をカバーしているのか、気になっているところです。

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