色なき風と月の雲 14
あの家を出るときに荷物を少しでも減らす為、今まで対価として貰ってきたアクセサリーを売ることにした。
どれも安いものではないはずだが、中古となるととても安く買い取られてしまう。
〇〇が着用したもの、そう言ってネット上のフリマで売っている詐欺も横行している。そのほうが高く売れるのは分かる。
しかし本当に有名人が着用していたものでも、何も証明するものがないのであきらめた。
たとえ一度も身につけられていなかったとしても、開封済みの中古ということで価値が下がる。
まるで私のようだ。
男女の関係でなくとも、家を行き来し更に泊まっていたら─友達─なんて言ったところで信じてもらえないだろう。
しばらくは麗さんの─というレッテルを貼られ、そういう目でみられる。中古品のような扱いだ。
かろうじて残っていた貯金と、その中古品を売ったお金でしばらくは外に出なくても生きていける。
不幸中の幸いか、本名やコンサートスタッフをしていた事はバレていないみたいだった。事務所に呼ばれたあとすぐ辞めてはいたが、迷惑がかからなくてよかった。
ほら、それ目的で近づく人が増えるでしょ。私が責められるのは構わないが、他のスタッフやアーティスト達に迷惑かけてしまう。そこは避けられたので良かった。
忙しくも楽しかった日常から解き放たれ、ゆっくり推し活でもしようかと思っていた矢先、長年推していたグループの解散が発表された。
─7年のジンクス─打ち勝つことができなかった。覚悟はしていたけれど、このタイミングなのは悪いことが重なりすぎて抱えきれない。
キャパオーバーになりそうだった私は、SNSやネットを放り出した。
そしてただ只管無気力に生きているだけになった。
少し外の空気を吸おうと外に出て、久しぶりにあのカフェに向かった。
ネットに自分の顔写真が拡散されすぎて、顔を見られたくない。
帽子を目深にかぶりながらいつものカウンター席へ。
店長はいつものように迎え入れてくれた。
「はい、コーヒーとお菓子。今日は
早めに閉めるけど、ゆっくりしていきな」
私がどんな仕事をしているかは言っていなかったが、きっと察してくれたのだろう。
閉店後、他のスタッフは帰り、店には私と店長だけになった。
「久しぶり。元気、ではなさそうだね」
まともにご飯も食べておらず、外にも出ていなかったので痩せて筋肉も無くなっている。店長は私の帽子をそっと外し、よしよしと撫でてくれた。
久々に感じる人の温もりと優しさに、涙が溢れてきた。
すすり泣きながら色々と吐き出している間、店長はずっと相槌をうちながら隣で慰めてくれた。
そろそろ貯蓄も無くなりそうでどうしようか…とボロっと漏らすと
「じゃあさ、うちでバイトしない?」
なんて言ってる。
「顔見られたくないので…」
「大丈夫だよ、接客は他の人がするから、ドリンクとかフードならできるでしょ?他人の目が気になるなら、眼鏡やマスクしてもらって構わないし、何かあったら俺が代わるから」
今の私には選ぶ余裕なんて無いし、なにより事情を知ってくれている店長がいるなら安心、かな。
「やります。やらせてください」
あれからしばらく経った。
思っていたほど私の顔を知っている人はおらず、顔を見られることを気にせず徐々に接客もできるようになった。
優しい店長やスタッフ、常連さん達に囲まれ、質素に生活する分には不便の無い収入もあった。
家のベランダでは花や植物を育てたり、料理をしたり、ゆっくり小説を読んだりなど、あまりお金をかけない趣味を見つけたりして穏やかな日々を過ごしている。
騒動後、他にも様々な人のスクープにより私達の話題はあっという間に消えていった。熱心なファン以外はきっともう忘れているだろう。
時々、数少ない自分のファンのことを思い出してしまう。あの時、何も言わず突然アカウントを消してしまい、応援してくれていたのに申し訳ないことをしてしまったなと反省してしまう。
そんな頃、辞めたはずの事務所から連絡があった。─辞めます、と言って突然辞めたのに、事務所は活動休止にしておいてくれたらしい。
その間に様々な仕事の依頼があったそうだ。その大半は、話題になった人を面白おかしく扱うネットの番組だったりなど、ひとを小馬鹿にするようなものが多かったらしい。私のことを思って、そういった依頼はすべて突っぱねてくれていた。
そういった依頼が減ってきた頃、とあるデザイナーの方からの依頼が来たそうだ。
ファッションに詳しいわけでもない私でも知っている方で、そのファッションショーのモデルをしてもらいたいらしい。今までにない大きな仕事だ。もちろんやりたい。
二つ返事で、やると伝えた。ここで初めて、報道に感謝した。
ファッションショーでは、モデルより洋服が主役だ。洋服を美しく着られるよう、私はよく食べトレーニングをするようになった。
仕事のためだと思えば、頑張って鍛えることができた。
そして、痩せすぎていた身体は程よく見栄えの良い状態になった。
ショーの後、舞台で撮られた写真がSNSで話題となった。
頑張って作り上げたスタイルと、デザイナーさんの力作が世の人のハマったらしい。
以前とは違い、ポジティブな反応が多い。それをきっかけに、私はまた芸能の仕事を再開することになった。
誰かの物ではなく、美崎サラへの仕事だ。
良くも悪くも、こうやって何度も話題になれるなんて、とても光栄なことだと思う。
滅多には経験できないだろう。
活動再開に伴い、SNSも再始動させることになった。
新しくアカウントを作り直すと、かつてのファンの方々が〈おかえりなさい〉と、あたたかく迎え入れてくれた。
そして、あっという間にあの時のフォロワー数を超えた。
一部批判的な意見もあったりしたが、殆どが肯定的だった。本当に素晴らしいファンや環境に恵まれていることに感謝しかない。
空白の時間を埋めるように、たくさんの人と交流した。
SNSを使うと、嫌でも麗さんやRuby-boyzの話題が目に飛び込んでくる。過去のことを知ってか知らずか、おすすめによく出てくる。AIって意地悪なんだなと思ってみたり。
偶に出てくるなら良いものの、あまりにも頻度が高くてミュートした。
街に繰り出すと、売れているアイドルだから仕方がないのだろうが広告や音楽などが至るところにあり、目に入る。
見るたびに、あのときの誹謗中傷が頭の中を埋め尽くし、身体が震えてしまう。未だに忘れられていないのかと、自分の弱さを実感する。ちょっとまだ心の準備ができていない。まだ駄目だ。
そういったものを避けるかのように、私はひたすら毎日忙しく予定を埋めるようになった。
オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。
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