完璧な花束
色の魔術師。
そうお客様からお褒めの言葉もいただいた。
私は個人事業主としてモノ作りクリエイター活動をしている。
色が織り成す世界は、例えば赤の色一つでも、その濃淡、明暗の微妙さで変わってしまう。
その微妙な色の組み合わせは一ミリ足りとも譲れない。私の中のパズルが100パーセント合わない限り、その作品は駄作となる。
誕生日を迎える母に、姉と共同で花を贈る計画を立てた。そして私が花担当となった。
ところが、これで10件目の花屋をはしごすることになるが、未だに私は花を手に入れられずにいる。
ケーキと、高級なお寿司を購入した後にも関わらず、花の購入にこだわりを捨てられない私は、時間だけが過ぎ去っていき、焦りを感じ始めていた。
オススメを頼りに訪れる花屋には、心ときめく花が見つからず、観葉植物か、ドライフラワーが主流だった。切り花も、母のイメージに合うものが一つもない。
どうやら夏には花の種類も限られているらしい。そう店主から聞き、焦った私は姉にLINEした。
『花が全然ない! どうしよう!』
『花屋なら花はあるでしょ。なんでもいいよ。あなたに任せる~』
姉からはそんな能天気な返信がきて、私は不愉快になった。
母の誕生日の週末は実家で集まり、皆で食事をする予定だった。
姉と姪っ子、娘二人と母。食卓は6人で囲む予定だ。それを彩る花束は、母のイメージに合う花束でなければ渡す意味がない。
車内はケーキと寿司が傷まないようにガンガンに冷房を効かせている。私はグーグル検索を頼りに、オススメの花屋の10件目を目指した。
車のフロントガラスは夏だというのに冬のように霜が張り、たまにワイパーを動かさねば視界が見えなくなった。
しばらくして長女が、
「冷房効きすぎ。寒い!」と文句を言い始めた。
「しかたないでしょ! 寿司とケーキのためよ! 花束が手に入れられるまでは仕方がないの!」
次女を連れて10件目の店内を見て回ったが、その店にある花はセレブが好きそうな気取った花しかなかった。それにドライフラワーが主流だ。
違う!!
母のイメージは、可憐で柔らかいピンクと白をベースとした花束だ。そうでなくては意味がない。
私のこだわりは、どうしても曲げられなかったのだ。
10件目の花屋も後にして、次女と二人肩を落としながら極寒の車へと乗り込むと、車内でケーキと寿司の番をしていた長女が手ぶらで帰って来た私たちを見て嘆いた。
「えー! また花買えなかったの!? なんでなの!? もう寒いよ~!」
「うるさい! ここまでがんばって来て諦めたなら今までの努力が水の泡になるの!」
10件目もハズレとなると私もイライラしてきた。
なぜこんなにも納得できる花がないの。
しかし諦めたくはない。
私は11件目の花屋へと車を走らせた。
グーグルナビの道案内も混乱しているようで、度々経路の変更をしてくる。時間のロスだ。私はグーグルナビに、「優柔不断!」と文句を言った。
やっと11件目の花屋に到着し、次女を連れて店内へと入る。
次女も色には厳しい私からのDNA を引き継いでいる。消極的だが、作品に対するイエスとノーははっきりと発言できるタイプだ。私は次女を右腕として、店内を見て回った。
閉店間近の店内は、切り花の数が圧倒的に少なく、私たちは暗く目を見合わせた。
「これじゃあ納得できる花束できないね……」
そう呟き、重いため息をついた。
しかし、実家へと帰るまでの道のり、遠回りをしてたどり着いた閉店間際の花屋。この11件目を逃したらもう花屋は無い。どうにかここで花束を手にいれるしかなかった。
私はダメ元で店主に訪ねた。
「あの、花ってここにあるので全てですか?」
「奥にもありますよ。花束をご希望ですか? 持ってきますね。ちなみにどんなイメージで考えられてますか?」
「ピンクと白の可愛い系でお願いしたいです」
店主は奥からかわいらしい花を出してくれた。
私は頭の中でそれらの花を使い、花束をイメージしてみた。
これならできる!
私はいくつかの花を指命し、ついに花束を作ってもらう決心をしたのだった。
次女と共に店内の花を見ながらも、カウンターで花束を作る店主の作品が気になって仕方がない。大丈夫か? 大丈夫なのか? と視線は未完成の花束に吸い寄せられる。私は何度目かのチラ見をした。
「かすみ草の水色も入れたらかわいいと思うんですが、いかがですか?」
店主は信じられないオススメをしてきた。
「水色、ですか? ……水色はありえないですね。絶対に入れないでください。かすみ草は白とピンクのみでお願いします」
疲れすぎていた私は、心の声をオブラートに包んで発することも出来なくなっていた。
水色を勧めてきた店主に、不信感だけが湧いてくる。ここで反対色の効果など必要ない。
花束ができてから不合格を出して買わずに帰るなんて非常識なことはできない。つまり、今作られている花束は、どんな結果になろうとも買って帰らねばならないのだ。
私は店内でそわそわと落ち着かなくなった。
さすがに水色のかすみ草はありえない。そんな色を入れられでもしたなら、私は水色を全て抜き取るつもりでいる。
そんなうるさい心の声が頭の中で繰り返された。
かといって素人の私がああだこうだと口出ししては、店主が伸び伸びと花束作りが出来なくなってしまう。
クリエイターは、制限のある中で作品を作り上げる技量も必要だが、ある程度の自由がなければ実力が発揮できないものだ。
私は、この圧力を私の中で押し込め、静かに待つ方がよりよい花束を手に入れられる道なのだと、自分に言い聞かせた。
「ねえ、花束の感じ、大丈夫?」
私は次女に、代わりに見てくれと小声で呟いた。
「たぶん大丈夫」
次女は小声で返した。
私は半分安心して、時が過ぎるのを待った。
「お待たせしました」
店主の声にカウンターへと視線をやった。
そこには素晴らしい花束が私を見つめていたのだった。
「うわ~!! かわいい!! イメージ通りです! 嬉しい! ありがとうございます!!」
私からの無言の圧力を跳ね返し、花束を作り上げた店主は、さすがはプロだ。
グーグル評価の高い花屋の検索に出てきたのも納得がいく作品だ。
色の魔術師であるこの私を、100パーセントの喜びで満たしてくれたのだから。
この花束は重すぎる。しかし母への思いが完璧に表現できた花束だ。
私は満足して完璧な花束を抱えると、極寒の社内へと乗り込んだ。
※妹が花束を買う時の様子を聞いた時、なんてこだわりの強い人間なのだろうと驚いた私は、記念に文章化したくなりました。これは妹の視点で書いております。